ジュース代に負けた少女
グレネーダーによって殺された妖使いの少女の家には、こんな朝早くからも警察と報道陣が群れを作っていた。
ここ最近他の話題がないからなぁ。仕方ないんだけどさ。
もうすぐ学校の時間だし、道のりの余裕はないけれど、翼の奴に文句を言う。
でもって二百円もするジンジャエールの代金と労働賃金と親父の涙を返してもらおう。
ええと、翼は……と、いたいた。
少女を妖使いと通報したおばさんと会話している。
私は翼に一言ズビシッと言ってやるべく二人に近づいてゆく。
途端に漂ってくる臭い。
妖使い特有の臭いで、たぶん翼のテケテケ……と、混ざってて良くわかんないけども一つ、変わった臭い。
あ、香水だこれ。どぎついなぁ。
付けすぎだよ。鼻がバカになりそう。
「ちょっといい?」
二人に向かって話かける。
最初に気づいたのはおばさんの方。
なにこのバカ娘は? みたいな顔をしている。
「お、高梨じゃねぇか。どした?」
「どしたもないでしょ。昨日金払わずでてったじゃん」
「あ? ああ、そういやツケにしとくの忘れてたな……ってまさか払ったのか?」
「払わされたわよ、肉体労働込みで」
「そりゃわりぃ。でもよ、俺の名前でツケときゃよかったんじゃねぇか?」
「他人の名前でツケができるかっ。良い子ちゃんですよボクはっ」
「ちょいと、刑事さん、私の調書を取るんでしょ、そんな『バカ』娘相手に
しないでくださいな」
なにこのおばさん。バカの部分強調してくれたし……
「あ、ちょい待っててくださいよ、こっち先カタつけっから」
「カタッて、アンタねぇ……」
「おだまり小娘がっ! 刑事さんには私が、あの憎ったらしい出雲美果の話をしてるんだよっ! 刑事さんの仕事を邪魔するんなら告訴しちまうよっ!!」
なにか癪に障ったんだろうか? 突然おばさんが怒声を上げた。
あ、危ない。翼とは別な意味でアブナイ人だ。
「あ~、なんだ。放課後にでもまた来てくれや高梨」
「あーうん。そうする……」
おばさんの怒声に勢いを削がれた私たちは、仕方なく自分のするべきことをすることにした。
翼に同情を覚えながら、のろのろと学校に向かう私だった。
私の学校、鮠縄付属中学は、生徒数960人程度の小さな学校だ。
クラスも一年につき八クラスくらいしかない。
少子化などで近くの学校が潰れてここに生徒が密集するようになってすらこの人数なのだ。
付属というのも、少子化対策のために小学校から高校までをエスカレーター式に詰め込んで鮠縄大学に来てもらおうという、高港市の政策によるものである。
生徒側としては大した試験もなく高校、大学と行けるので、ありがたい限りだ。
学園の風紀はほぼ自由。
不順異性交遊さえしなければ、女性、男性同士の清い? 付き合いでも許容してる。
PTAが騒いでも、校長の鶴の一声で問題解決。いい学校である。
正門をくぐれば校庭があり、校舎はトラックの一部に沿うようにして一節折れ曲がってる。
ゆうなれば【く】の字型の校舎。
でもってその後ろ側にそびえたつ山。
いやまぁ、山というより小高い丘とでも言った方がいいんだけど、銀杏の木が沢山生えてるし、校舎より高いので、裏山と呼ばれている。
私の教室は校庭側に窓があるから銀杏並木の山歩道を見ることができないんだけど、廊下にでさえすれば窓から飛びだすだけで枯れ草に覆われた斜面に着地することができる。
そこから学校を抜けだしてデートしたりしてる学生を良く見かける。
まぁ、監視カメラが至るとこに取り付けてあるからタバコ吸ってたりする奴がいれば即退学だし、不順異性交遊などやろうものなら、確実に北海道と沖縄の姉妹校に引き裂かれて転校させられる。
生徒間ではこれを恋人流しと呼んでたりする。
どうでもいい話だね、これ。
「有伽ちゃん、今日暇ぁ? お茶しなぁい?」
気の抜けたまま授業を受け、放課後。
いつもより緩慢な動きで帰り支度をしていると、真奈香がナンパしてきた。
少しオットリとした物腰と言動でクラスの男子に大人気。
そんな彼女、上下真奈香は、初めて一緒になった入学式後の自己紹介で、
「私は上下真奈香でぇす。初めて見たときから運命を感じましたぁ。有伽ちゃん、結婚してくださぁい」
と真顔で言ってのけた不思議世界の住人だ。
いや、むしろ百合な世界の住人か。
髪は腰元までのストレートヘア、前髪が長く目が常に髪に隠れていて、こちらからは真奈香の目線が見えない。
本当に前が見えているのか心配になってしまうくらいだ。
顔立ちはまさにお人形。私なんかよりよっぽど可愛い。
体つきは線が細いため華奢に見える。
背も小さいのでパッとみ小学生と間違えても不思議はない。
気立ても良く、料理も上手い。
私が気落ちしてたりすると敏感に感じ取って慰めてくれたり、相談ごとにもよく乗ってくれる。
こんな人間国宝もびっくりの大和撫子な娘が彼女になってくれるなら、世の中の男どもは幸せいっぱいになれることだろう。
でも、残念なことに彼女が好きになった人物は、女性だった。っていうか私だった。
私が男だったら間違いなく結婚前提で付き合いますよ。
ええ、そりゃあもう、ものっそ可愛いですから。
でも、女の子なんですよ私も。
確かに友達付き合いじゃボクッ娘してますけどね、さすがに新しい世界への扉を開ける勇気はございません。
ええ、ありませんですとも。
というわけで、お友達から始めましょという遠まわしな言い方で、何とか答えを保留することに成功した。……したのかなぁ?
でもなぁ。スキを見つけては過剰なスキンシップ取ってくるから困ったもんだ。
そんな真奈香なんだけど、相性がいいのか腐れ縁なのか、別に嫌って訳でもなく、友達からバカップルと呼ばれるくらい仲が良かったりする。
きっと真奈香の雰囲気が、壊れた家族を持つ私には優しい母親の雰囲気みたいで安らぐんだと思う。
そういう意味では私にとって真奈香はたぶん恋人以上の存在だ。
とはいえ、今日の放課後は先約済み。
「昨日に引き続いて悪いけどごめん、今日はパス」
両手を合わせてごめんなさいのポーズ。
「えぇっ!? なんでぇ~」
大げさによろける真奈香。
それでも仕草は可愛らしい。
まるであの犬買ってと子供に言われたお父さんを見つめるチワワのようだ。どんな仕草も可愛く見えてしまう。
「先約があってさ、悪いね真奈ちゃん」
「うぇ~ん、よっち~、有伽ちゃんに振られたぁ~」
と近くにいた友達に抱きついた。
ってよっち~まで有ちゃんヒドイッ鬼やぁ! とか悪乗りしてくるし。
「警察様に会いに行かんといかんのですよ」
「なんやのん。有ちゃん捕まったん? ああ、それで昨日逃げたんね」
「ええ~有伽ちゃん私以外を婦女暴行~?」
なんてことを。と真奈香が背後に倒れて行く。
それをよっちーが受け止めた。
ちなみに、ここまでが彼女たちの持ちネタである。
「するかいっ! ジュース代を返してもらうだけだよ」
「ポリ公にジュース奢るて……それはそれで有ちゃんアンタ何者なんよ?」
「何者でもないってば、ただの良い子ちゃんですよボクはっ!」
とまぁ理由を話しはしたものの、私も行く~と駄々こねる真奈香。
そんな邪魔ものを押し退け、よっち~に後のこと全部まかせ、急ぎ出雲美果……だっけ? の家に向かう私だった。