隠れ家
三嘉凪支部長の心当りのある隠れ家は、高港市という港中心で栄えている活気のある都市の近郊にある、こじんまりとしたホテルだった。
どうも信頼に足る知り合いの経営する場所で、到着早々経営者らしき人とどこかへ行ってしまった。
私と鈴が物珍しさできょろきょろしていると、ようやく三嘉凪支部長が戻ってくる。
どうやら話が通ったらしく、部屋を貸してくれるそうだ。
そればかりか、必要なものはなんでも電話注文で受け付けてくれるらしい。つまり、一生ここの部屋の中で暮らせるというものだった。
「まぁさすがにずっとここにいるわけにもいかんが……しばらくは外出は控えてくれ」
三嘉凪支部長の言葉に、二人して頷く。まぁ、鈴はチェックイン直後にゲーム機広げて遊びだしたし数日の間は文句一つ言うことはないだろう。
「それと、もう、グレネーダーに縛られることもなくなったのでな、聞きたいことがあればなんでも答えるぞ。今後の身の振り方も考えるべきだろうしな」
「はい……そうですね」
気のない返事で返す。
私はベットに寝転がり、四肢……三肢をだらりと大きく広げた。
「どのくらいで腕は元通りかな?」
「一週間もあればいいだろう。丁度12月24日だな。サンタクロースのプレゼントが左腕というのもなんだか虚しい話だが」
「さんたくろーすは25日じゃなかった三嘉凪?」
「……そうとも言うな。鈴君はお利口さんだねぇ」
「あああッ!? 髪を撫でるなぁッ! うあぁッまた死んだッ!?」
テレビ画面では鈴の使っていたキャラが綺麗にアッパーカットを受けて散って逝った。
「結局さ、ラボってなんだったの? なんで……こんな風になっちゃたんだろ」
額に右腕を乗せながら、一人、呟くように口にする。
「弱音か斑鳩?」
答えはすぐに返ってきた。でも、答えなんて要らない。
ただの独り言だったんだから。
「ラボってのは狂った科学者どもの巣さ。妖使いの研究なんて宣言してはいるが、実際に行っているのは薬漬け、手術、臓器を抜いても生きているかとか、この力はどうやって体内で生成されているのかとか。頭を切り開いて脳に直接電極埋め込むなんてまだマシな部類だ。奴らは悪魔だよ。そして、奴らのそんな研究成果のおかげでグレネーダーが機能できている。私の姉貴がいた頃はまだマシだったんだがな」
「いた頃……って、三嘉凪のお姉さまは今はいないの?」
ゲームをしながら鈴が尋ねる。思わず入れられた疑問に、三嘉凪支部長はコクリと答えて話を続ける。
「いや、いることにはいるさ。岩戸……一人部屋に引きこもってるがな」
「引きこもり?」
「かなり昔のことさ。初めてグレネーダーが東京に創設され、私の姉が総司令に任命された。正義感に熱くラボの不正も許さないほどの堅物だったから、ラボも今までみたいに監視者を送ったりはできなかった。でもな、ある事件が起こった」
「事件?」
「ああ。ある民家で一家心中未遂が起こったのさ。親父さんが会社をリストラされたみたいでね。でも、それだけなら警察の仕事だ。問題は壁にめり込んだ父親と、強力なプレス機にでもかけられたように全身の骨が砕けた少女の死体……」
思わず身体を起こしてしまう。
「うおッ!? なんだ急に?」
私の寝ていたベットに腰かけていた三嘉凪支部長が慌てて立ち上がる。
「話、その話の続きはっ!?」
「あ? ああ。それで、普通の人間にしては不可解だってことで私の姉貴が出張ったは良かったが……」
言い淀み、でもしばらくして話を再開する。
「当時一番怪しいとされた、唯一生存したその家の長女が矢面に立たされるのを庇おうとしてな。あまりにも庇ったもんだから自分自身が世論に集中的に攻撃されて、プライドもなんもかもズタボロ。最後の支えだった月読の阿呆も役に立たなくて、俺も……あの頃は疎遠状態だったしな。岩戸に隠れちまったってわけよ」
私……だ。庇われた少女。
私の家に起こったことだ。その女の人にも会っている。
「ん? どうした斑鳩? 顔が青いぞ?」
「お姉さま? やっぱり腕、痛むんじゃ……」
「え? あ、う、うん。そうだね。入鹿は先に休むよ。うん、お休み」
お風呂も入らずパジャマにすら着替えずに、布団を被って寝たフリを決め込む。
ちらりと覗くと、鈴と三嘉凪隊長が顔を見合わせていたが、すぐに納得いかない顔で頷きあって話を再開する。
「ま、とにかく姉貴が居なくなった上層部にラボの人間が食い込むのは造作もなかったってことさ。で、勝手に妖使い用に作られた憲法からなにから、自分たちの都合のいいように改正して、できたものが……ほれ、あのクラス分けさ。S、AAA……って奴な。あれは別に妖使いの強さを表しているわけじゃない。本当はラボの人間にとって珍しい実験体かどうかってことを基準にしているのさ。まぁ、滅多に研究材料にできないからこそ強力だってことにもなるわけだがな。そうして抹消と称して殺した妖使いをサンプルとして回収し、研究を重ねるって寸法だ」
「それで、私は最重要機密ってところ?」
「それは少し違う。鈴君はラボで生まれた唯一無二の合成妖使いだからな。鵺と呼ばれてはいるが、実際にはクラッター。言い方は悪いが複雑な混合物でしかない。つまり、研究材料としては一級品だが代えの効くものである以上生かしておく必要は全くない妖使い……というのが奴らの認識だ」
「そう……か。私はもうすでに人でも妖使いでもない、ただの不要な化け物……」
「それでも、斑鳩はお前を妹と呼んでいるぞ。必要とされているんだな。ふふ、いい姉じゃないか」
「んっふっふ。いいでしょ。ほしいったってお姉さまはあげないからね」
「はっはっは、欲しいものは力づくで奪い取るのが私の流儀だ。どうしても欲しくなったら無理矢理掻っ攫っていくさ。例え、誰を敵に回してもな。それだけの価値があるならだがな」
三嘉凪隊長の言葉が私の心に鋭く突き刺さった。
欲しいなら、誰を敵に回しても? それは……
「生憎、私は斑鳩君より鈴君派だぁぁぁッ! 大人しく我が物となるがいいッ! わっはっは~ッ!」
「うえッ!? うわ、ちょ、白い歯見せながら笑顔で寄るなッ、寄んないでよッ!」
「良いではないかッ、良いではないかッ」
「来んな馬鹿ッ」
なにか強烈な鈍い音がゴツッと聞こえた。
なにかがドサリと倒れる音と、ゲーム機を投げてしまったらしい鈴の悲痛の叫びが聞こえてきた。




