逃走を阻む者
「いいか、斑鳩君。見つかっても迎撃しようなどとは思うな。特に白瀧君が相手だと面倒だ」
「どうしてですか?」
走りながら三嘉凪支部長に問いかける。
「あいつの妖能力は過去を変える。しかも自分に対する事象はほぼ何度でも自由に変えられる。つまり、絶命、もしくは気絶するほどの一撃で倒さん限り私たちの攻撃は【なかったこと】にされる」
敵に回ると物凄く厄介だね。でも、副隊長と戦うなんて……
「お姉さま。前、誰かいますッ」
鈴の声に我に返る。
目の前の暗がりには二人の人影、背丈から副隊長ではなさそうだ。
「誰?」
私は二人に問いかける。
「誰……とはご挨拶ですね。まさか本当に真っ直ぐこちらへ来るとは思いませんでした」
そこにいたのは小林隊員、眼鏡に手をあて、顔を俯けていた。
「どういう理由かは分からないけど、斑鳩さん。三嘉凪さん。お二人とも抹消対象に指定されています」
ついで街灯の元に歩いて姿を現す黛隊員。
「黛君、小林君か。ここにいるのは二人だけか?」
「ええ。隊長と新人は斑鳩さんの家に向かっています」
……隊長か。
私は過ぎ去った未来を思い出す。
三嘉凪支部長の後任として支部長に上がった小金川隊長。そして、副隊長が隊長へ……
新人はきっと志倉翼。
同じだ。三嘉凪支部長が生きているという以外、全く変わり映えのない未来。
私は……未来を変えることに失敗したのだろうか?
いや、まだだ。まだ、私も三嘉凪支部長も生きている。
「さて、僕たちの初めての相手が元仲間というのはショックではありますが……」
「斑鳩さん、せめて腕一本くらいは貰います」
二人とも、入隊以来コレといった戦績はない。
初めての野衾も私が捕まえたし、鵺に至っては寒空の中で探していただけだ。
だから、二人の実力なんて私に分かるわけがなかった。
対して、私はジャッキー君を見せているし、空を飛ぶという能力は副隊長の報告から想像くらいは付いているだろうし、小林隊員のことだ、既にいろいろ調べているかもしれない。
私は後ろの二人を庇うように前にでる。
「鈴と三嘉凪支部長は見逃してください」
「僕たちとしてもそうしたいところなのですが、抹消体を無傷で逃がすわけにはね」
確か、小林隊員は金鬼。物理攻撃にはほぼ無敵。
心臓を狙ってもまず無意味だろう。
黛隊員は餓鬼。黛隊員になら勝てるかもしれないが、何をしてくるかわからないという点では彼女の能力も脅威になりかねない。
でも、二人とも接近戦にしか特化してはいないはず。
なら、まだなんとかなるかもしれない。
「ところで斑鳩君、天狗の軟膏は持っているかい? 小金川さんと一緒にいたなら君も貰ってるはずだけど」
眼鏡を直しながら、小林隊員が聞いてくる。
あまりにも突然のことに対応が遅れる。
「え、ええ。持ってるけど?」
言いながら鈴を見る。
鈴が懐から薬ビンを取りだして見せた。
「よかった。それなら十分よ。ちょっと痛いけど我慢してね斑鳩さん」
「正直、女性にこんなことをしたくはないのですが、お願いしますから動かないでくださいね」
と、彼らから注意を逸らしていた私の左腕が掴まれる。
いつの間にこっちに!?
私がなにかするよりはやく、小林隊員は力を加えて来た。
「いかんッ! 斑鳩ッ!」
三嘉凪支部長がなにかに気付いた。
でも、それに体が反応するより早く……ボギンッという音が体の中から響いた。
「あ? があああああああああああッ!?」
自分のものとは思えない悲鳴、襲ってくる痛み。小林隊員が腕を捻る。
何かがぶつりと断絶する。
痛みの元は左腕。なのに、その左腕が見当たらない。
「すみませんね。これはもらっていきます」
仰け反る体。痛みに声が出ない。
駆け寄ってくる鈴。
背を向けて歩きだす小林隊員。
「お姉さまッ、お姉さまッ!?」
「鈴君、斑鳩君に天狗の軟膏を、血を止められる」
妙に冷静な三嘉凪支部長の声。
鈴が慌てて私に軟膏を塗ってくれる。
すぐに痛みが引いていくのが感じられた。
痛みが引いていくと、一つの疑問が浮かんできた。
私たちを消そうとしているはずなのに、どうして……あの二人は私たちを攻撃してこない?
私は顔を上げる。痛みのせいで涙と鼻水塗れで恥ずかしい顔になっていたけど、気になどしてられない。
二人は街灯に照らされた場所で、私の回復を待っていた。なんとか痛みを我慢して立ち上がる。
見下ろすように視線を向けて来ているけど、その視線に侮蔑は全く見られない。むしろ、すまなそうな顔をしているように見える。
「お姉さまによくもッ!」
怒りに満ちた表情でスカートから飛び出る蛇。
二人に飛び掛ろうとする鈴を私は片手で制し、二人に向って口を開いた。
「どうして……」
「なにが、どうしてです?」
「どうして入鹿たちを抹消しないの? さっきは確実にチャンスだったのに……」
「簡単ですよ。僕たちはあなたたちを抹消なんてしたくない。グレネーダーに必要な三つの条件です。それから察して、あなたたちは抹消するに値しないことは僕たち自身がよく分かっている」
「ふ、ふざけないでッ! それならどうしてお姉さまのッ」
「偽装工作。私たちだってなんの切り札も無しにあんたたち逃がそうとか思わないし。いい? これから言うことよく聞いてね斑鳩さん」
切り離された私の左腕に食いつき、黛隊員が向き直る。
「あ、あんた、なにを!? そ、それお姉さまの」
「そう。斑鳩入鹿を私が食べた。残っているのはこの私の唾液がついた左腕。他は私が食べちゃった」
「だからあなたたちは既に存在しない。という方法を取ろうと思うのですが、いかがでしょうか」
どうもなにも……無理矢理過ぎない?
「確かにね、上層部とかいうところを納得させられるかどうかは分からない。だからお願い。私たちはこの方法で斑鳩さんたちが既にいないって報告するから、あなたたちは二度とこの国原支部に近づかないこと。これ絶対よ。顔も変えて。今後グレネーダーに見つかってもダメ。整形くらいで済むなら安いもんでしょ。どうせその薬の効力で左腕は元通りだし。多分だけど」
「そ、そんなの、許せるわけ……」
「大丈夫だよ、鈴。ちょっと痛いけど、これで三人揃って生き延びられるから。妹を守れるんだから。入鹿は黛隊員と小林隊員に感謝です」
「私たちもね、グレネーダーに大切な三つのこと、実践してみたわ。でね、どんなに考えても、小林君の言うとおり、斑鳩さんが自分から犯罪起こすようには見えないのよ。だから、私たちの能力でできうる最良の選択を取ることにしたの」
「ま、せめて幸せに生きてください。二人なら幸せになれるでしょうし」
ん? 待て、小林隊員、今変なこと口走った……
ああ、そうか、まだ小林隊員は私が好きな人が副隊長だって知らなかったんだっけ。
「まぁ、斑鳩さんの思い人とは会えなくなりますが、それだけはどうにもなりそうにないです。諦めてって……無理ですよね」
「ううん、ありがと黛隊員。あの人が無事なら、入鹿は別に……」
浮かない顔だったのだろうか? 黛隊員の顔に陰りが差す。
「悪いね、これも仕事だから」
「分かってる。それじゃあ、黛隊員、小林隊員。短い間だったけど、お元気で」
「また、会えるといいね。今度は、女友達として」
「捕まらないでくださいよ、僕たちまで抹消されかねませんから」
言葉だけを交わし合い、私達三人は駅に向った。
二人の友人は、とても優しい人たちだった。
名前: 黛 真由
特性: 冷静沈着大食漢
妖名: 餓鬼
【欲】: ひたすら食べる
能力: 【捕食能力】
消化器官が強化され、食べたモノを即座に消化できる。
【脂肪燃焼】
妖能力発現時の肉体を維持。
決して太る事もなければ痩せることもない。
【常時飢餓】
どれだけ食べても食欲が満たされなくなる。
【連帯意識】
餓鬼能力を持つ他の個体が食事にありつくと、
その現場を理解する事が出来る。
(食事がない時、近くの仲間の元に貰いに行くための能力)
【経口摂取毒無効】
食べる行為で摂取するものは毒であれ、
食べられないモノであれなんでも分解できる。
(黛ではないが、飛行機を食べつくした餓鬼使いも出現)
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。
(食料探索のため、餓鬼使いの範囲は広いが、
食事中はほとんど認識しない。空腹時に最大出力)




