変化した未来
「お姉さま、お姉さま」
気が付けば、副隊長の隣に座り、鈴が真横から迫ってきていた。
これ……昨日の告白の場面?
「御免、入鹿は重大な用があるのですッ!」
立ち上がって、呆気に取られる皆を残して家をでる。
告白タイムだったのに……三嘉凪支部長、これで助からなかったら怨みますからッ!
でも、思ってみればそうだった。
予定が入っていたのに、まるでそこから幸運にでも為ったように、デートの約束が取り付けられた。私に幸せが舞い込んだ。
急げ、多分時間はあんましない。
ヘマをやってる暇もない。私の幸運にかける。
でも、死の運命を簡単に変えられるのだろうか?
いや、彼は変えた。あの少年、志倉翼はしっかりと変えてみせたはずらしい。
なら、私だって変えてやる。
辛い過去はもう沢山。
妹を守るためにも、三嘉凪支部長には生きていてもらう。
グレネーダー支部到着。
カードを使って支部内へ、内周部への許可なんて取っていられない。
厳重にロックされた場所を通るのは間抜けのすること。
作戦会議室を開き、防弾性の窓を叩き割る。
一度入った支部長室。そこに賭ける。
空を翔けて、一つの窓めがけて蹴り壊す。
案の定だった。
そこにいたのは三嘉凪支部長、そして志倉翼と……小金川隊長。
今が丁度新人試験。
私たちは試験、実技、面接を受けて入隊した。
でも、もう一つの入隊試験、副指揮官以上の人物が二人の時、彼らのだした課題をクリアすることで上層部に入隊許可の申請が出来るようになる。
その試験の真っ最中。
「斑鳩君!? なぜここにッ!」
「後ろを向いちゃダメッ!」
私に振り向こうとした三嘉凪支部長に待ったをかける。
なにかを察した支部長が顔を前に戻す。
ちぃッと誰かの舌打ちが聞こえた。
「斑鳩、悪いが今試験中だ。だから……」
「黙りなさいッ! 三嘉凪支部長は殺させないッ!」
私は三嘉凪支部長を庇うように部屋に入る。
「どういうことだ斑鳩君」
「彼の、志倉翼の妖能力を聞かされていますか? 三嘉凪支部長」
「うむ? テケテケだったな。幽体を操ることが出来るはずだが?」
「そうです、相手の背後に出現させ、振り向いた相手を【自動】で切り裂く幽体です」
なにッ!? とようやく自分の失敗に気付いた三嘉凪支部長。
きっと、詳しい力までは報告されていなかったんだ。
だから、事故。
能力を報告されていたにも関わらず振り向き、首を刎ねられて死亡。
でも、それは、明らかな殺意の元に仕組まれた事故。
私は小金川隊長を睨みつけた。
「三嘉凪支部長が死んだ未来。なぜかただの係の指揮官であるあなたが支部長になりました。課長とか副支部長とかすっ飛ばしての異例の昇進です。そして鵺抹消の再指令が上層部から通達。これ、どう考えてもおかしいですよね?」
未来……と呟いて三嘉凪支部長は全てを察する。
同時に小金川隊長も気付いた。
「なるほど、白瀧の力で過去に戻ってやり直しか……ご苦労なことだ」
「残念ね」
「そうでもない。どうせ未来は変わらんからな」
疾走する小金川隊長。
「斑鳩ッ! 逃げるぞ!」
「え、どうして……」
戸惑いを浮かべた私を抱え、三嘉凪支部長が窓から飛び降りる。
「お前は今、グレネーダーを敵に回した。だから逃げるッ!」
「グレネーダーを敵にって、入鹿は……」
「正確にはグレネーダー上層部にまで食い込んでいるラボだ。それを敵に回した」
音を立てて着地した三嘉凪支部長は、痛みすらないのかすぐに走り出す。
私の壊した窓から作戦会議室に押し入り、ドアを蹴破って入り口を目指す。
「お前の家に向かう。支度を終えたらすぐに発つぞ」
「ち、ちょっと待ってください、どうしてそんな……」
「いいか、斑鳩。グレネーダーは正義の味方でもなんでもない。ただラボという名の薄汚い研究家どもの隠れ蓑だ。抹消と称しているが殆どの抹消体は施設に収容され、川辺鈴のような最悪の待遇を受けている。秘密を知れば例え相手が誰でも消しにやって来る。それがラボだ」
「で、でも、三嘉凪支部長は……」
「俺はこれでも上層部最高総指令官の弟だからな。容易に消されはせん。俺を消そうとする奴はある程度首の飛ぶ覚悟のある奴か、小金川のように俺の隙を探っている根っこまでラボの手先のどちらかだ。表立って消せば嫌が応でも姉貴が動く。だから俺を殺すには事故に見せかけるくらいしかない。今回の様にな」
グレネーダー支部を飛び出た私は、三嘉凪支部長に降ろしてもらい、彼の隣を併走して走る。
「グレネーダーに目を付けられて……これからどうするんです?」
「仕方はないが、とりあえず高飛びだ。身の隠せる場所に逃げる」
「あるんですか、そんなの!?」
「さてな、姉貴に口添えできりゃなんとでも為るだろうが、正直、連絡がつかんだろう。取りあえずの避難場所には心当たりがある。その辺りで一度落ち着いて作戦を練ろうと思う」
走りながらの会話。そのままいくつか話をして、ようやく安住荘に辿り着く。
家に走りつくと、不安そうな鈴が顔を出した。
「お、お姉さま、一体なにが……」
「鈴?」
「皆さんに電話がかかってきて、支部長さんとお姉さまが抹消対象に指定されたって。皆さん半信半疑で作戦会議室に向かうって……」
「さすがにここに全員いたとは小金川も気付かなかったようだな。彼らに待ち伏せされていたら逃げられなかっただろう」
「そんな、副隊長が私たちをなんて……」
「いや、奴は職務に忠実だよ。たとえ自分の知り合いや親でも躊躇いなく殺す。そうしなければ奴の願いでグレネーダーに入った幼馴染に危害が及ぶからな。だから、副指揮官に任命された」
毒づく三嘉凪支部長が鈴に向き直る。
「川辺鈴、支度をしろ。斑鳩入鹿、時間が惜しい」
「分かってますよッ! あ、そうだカード。おじいちゃんの形見はもっとかないと。鈴、そこの通帳はあんたが持っといて、使い方は教えたでしょ」
鈴に指示を飛ばして、必要なものをカバンに詰め込む。
最後の荷物を詰め込んで、ふと、薬ビンの横の写真立てが目に留まる。
「折鹿、一緒に行こっか」
カバンの中に写真を入れて、さらに思案。
「鈴、これ持って。天狗の軟膏だって。入鹿は敵からの施しを受ける気になれないからあげる」
鈴に薬ビンを渡し、三人で家をでる。もう、立ち寄ることはないだろうけれど、カギを閉めておく。
「なんだ、そのゲーム機を持っていくのか」
「ここに来てからの思い出の品ですから。あなたの形見です」
「いや、勝手に亡き者にされても困るんだが」
いえ、すでに一度亡き者になってます三嘉凪支部長。
「いいじゃないですか、私も折鹿の形見の絵本持ってますし」
笑いながら答えると、渋い顔で三嘉凪支部長が唸りをあげた。
残念だけど絵本全てを持って行ける余裕はない。
人魚姫だけは持っていこう。
安住荘をでて、駅に向かう。
持って行く物を選別するのにちょっと時間かかったけど、副隊長たちが戻ってくるまでまだ時間があるはずだ。




