幸福の裏で
翌朝のことだった。
珍しく七時前に起き、鈴に留守番を頼んで家をでる。
それから支部へ付くまでの道中、一度も事故らしい事故は起きなかった。
ツイている。今日は物凄くツイている。
でもそれは即ち……
私は確信にも似たなにかを感じた。
私の妖はダーキニー。
空の遊歩者にして、死を……看取る者。
つまり、親しい人の死が分かってしまう。
それのシグナルが、これ。
普段ツイていない自分が、死んだ人の分のツキを奪い取ったかのようにしばらく莫迦ヅキになるのである。
普段のツイていない行為は、他人を死から遠ざけようとしてしまうからなのだろうか?
その分の不幸を自身で受ける。
なぜ、こんな能力があるのかは分からない。
でも、肉親を失って、預けられた祖父母の死に際も、こんな感じでツイていた。
朝起きて、学校への支度をしていると、祖父が宝くじが当たったと喜んでいた。
総額、なんと最高額の三億円。
しかも二十枚以上買った宝くじ全てが印刷ミスだったのか同じ数字。
早速祖母を引き連れて銀行へ換金、胡散臭がりながらも銀行員は了承し、スムーズな手続きで全額を銀行に預けた帰り道、列車の脱線。
妖の力のおかげで私だけは助かった。
そして、祖父の遺産となった六十億が私の元に転がり込む。
それから私は一人、安住荘に居を構え、知り合いの死に際に幸福を得て一兆以上に預金を膨らませては、今までのように電信柱にぶつかったりの日々を過ごしていた。
だから、それは警鐘。
いや、すでにもう、誰かが死んでいるのかもしれない。
漠然と嫌な予感を抱えつつ、作戦会議室のドアを開く。
「今日は早かったですね」
小林隊員に迎えられ、席に着く。
「うん……そうだね」
落ち着かない。まさか、誰か、ここに来る前に……?
「どうしたのです? 悩み事ですか?」
「あのさ、ちょっと嫌な事が起こりそうで……」
「?」
「妖能力の感みたいなものって言ったら分かる?」
「ええ、あなたの能力はダーキニーでしたね……まさか」
小林隊員はすぐに思い至ったらしい。一瞬で血相を変えた。
「誰か、近いうちに死ぬ。ううん、既に死んでるかもしれない」
ドアが開く。
暗い雰囲気の中、室内に足を踏み入れ、どうしてこんなに暗い雰囲気なのかと牛丼を食べながら首を捻る黛隊員。
「あ、おはよう。黛隊員」
「ええ。でも……なんですか? この三十分で巨大餃子食べ切れたらタダ。に挑戦して後一口でタイムアップになったような後ろめたい雰囲気は」
例えようが食べ物よりなのはこの際気にしないでおく。
取りあえず、今のところ黛隊員と小林隊員は無事らしい。
続いて小金川隊長が上機嫌で入ってくる。
八時になった。副隊長はまだ来ない。
沈痛な面持ちで、私と小林隊員が定例報告の開始を待つ。
ドアが開く。
「すまん、寝坊した」
少しもすまなそうな態度を取らずやってくる副隊長。
良かった。副隊長も無事だ。
今のところはまだ誰も死ぬ気配はない。
もしかしたらたまたま運が良かっただけで、気のせいかもしれないし。
私は小林隊員を見る、遠慮がちに笑みを見せると、小声で気のせいだったみたいだな。と同じように遠慮がちの笑みで返してきた。
「では定例報告を始める。白瀧」
「うむ、たいした報告はないな。道中黛がいろいろと食べていたくらいか。あとは……新人の資料を見せてもらった。志倉翼。妖能力はテケテケか」
「ああ、明日から彼も隊員としてここに来てもらう手はずになっている」
黛隊員は牛丼弁当を机において、小金川隊長の後に続く。
「私からは特にはありません。しいて言えば熱川屋の鉄板焼きが美味しかったというところでしょうか」
だから、食べ物の紹介はもういいって……あれ? 昨日はそんなとこ行く余裕はなかったはずだけど?
「僕からは……そうですね。昨日も斑鳩君のドジッぷりが冴え渡っていたと言っておくべきでしょうか。いや、楽しかったですよ、見ていて飽きませんでした」
確かにドジは認めますけど、後半はそんなドジッぷりなんてやってませんよ!?
「斑鳩、お前の報告は?」
「え、あ、はい。今日は何事もなく七時前に起床して、平穏無事に辿り着きました」
言った瞬間、全員が驚きの声を上げた。
黛隊員なんか、口にしようとしていた牛丼を箸ごと落とすし。
「奇跡だ……雪、いや、槍が降るかも知れん」
いや、それはいくらなんでも言いすぎです。
「ま、まあいい、次は……俺だな」
驚きを収め切れていない小金川隊長がゴホンと咳をする。
「斑鳩の奇跡程ではないが、良い知らせだ。俺と白瀧のクラスが上がる。俺が支部長、白瀧が指揮官だ。空いた副指揮官は白瀧が決めてくれ。これからもよろしく頼む」
奇跡じゃないですよぉ……って、は? 今、彼はなにを言った? 自分の位が上がる? 支部長に?
副隊長が隊長? それじゃぁ……三嘉凪支部長は?
「小金川、支部長はどうした? まさかアレが転属というわけでもなかろう?」
私の疑問を副隊長が口にする。
「三嘉凪支部長は昨夜、新人テストの事故で死亡された。どうやら資料を見ていなかったらしく自動的な妖能力に成す術がなかったようだ。新人君には過失はなかったから罪には問われんよ。はっはっは」
落ち込んだように顔を伏せる小金川隊長……
だが、次の瞬間、意気揚々と言ってのける。
その眼は、何か異様な光を湛えていた。
「それと、上層部から通達があった。再度の鵺抹消の指令だ」
ありえない。なぜ、この人は……これほど嬉しそうなんだ?
一方的な通達の後、事後処理がどうのと小金川隊長が部屋から出て行く。残された私たちはどうするべきか、副隊長を軸に苦い顔で集まった。
「斑鳩君、君の予感……当たったな」
「そう……だね。物凄く嫌な方向にだけど」
「さて、どうするか。まさか昨日のうちに状況がこうも覆るとはな」
「ラボ……関係しているのでしょうか」
「確実だろう」
なんとなく、どういう理由で、誰が三嘉凪支部長を闇に葬ったかを理解していた。
場所もなんとなく想像が付く。
後は時間……でも、それはどうにかなるんじゃないだろうか?
昨日、私にツキが出始めたのは、たぶん……
「副隊長。入鹿が戻ります」
「なに?」
私は知っている。今の結末を回避する方法。
いや、少なくとも改善する方法。
「入鹿を過去に、戻してください」
三嘉凪支部長は鈴を救おうとしてくれた。
借りを作ったままなのに、死なれるなんて冗談じゃない。
それに、まだ昨日の仕返しをしていないッ!
「本気か? なにが起こったかすらわからん。危険であるし一度しか直せんぞ」
「ええ、覚悟してます。でも、妹を助けようとしてくれた借りを返したいんです」
「いいのか?」
「どのみち、この未来じゃ鈴を殺さなくちゃいけませんから。入鹿は二度も妹を殺したくないから」
そうだ。もう妹を失う悲しみだけは……
「もう一度だけ言う。過去に戻れるのは一生に一度きり。それ以上は戻ることは叶わないぞ。それでも……行くか?」
私はコクリと頷いた。
「妹は、折鹿はいいのか?」
「それは……例え妹を助けられても、入鹿自身が覚えてしまってますから。あの子の最後を……だから、いいんです。生きてる折鹿にどう接すればいいのか分かりませんし」
自分の過ちを消しても、この手が覚えている。だから、勝手かもしれないけど、折鹿、あなたを助けることは、しない。
副隊長は手袋を取り、手を差し伸べる。
「願え斑鳩入鹿。己の悔やみ、残した思い。そして行動しろ。さすれば一度。未来は姿を変えるだろう」
私は副隊長の手を握り、願う。
三嘉凪支部長を助ける。過去をもう一度だけやり直す。
強く、強く願う。
一瞬、世界がぶれた。そんな、気がした……




