狂い出した歯車
そして翌日。
「お……遅れました」
すでに疲労はピークに達し、作戦会議室のドアを開けるなり、私は力尽きるように倒れこんだ。
「ぎゅむ……」
倒れこんだ私をいつものようにドアが挟み込む。
今日は無理……抜け出す力も残っとりません。
数分後、なんとか助けだされた私は、魂の抜け切ったままに椅子に座っていた。
「あぁと、まぁ、全員揃ったんで定例報告するぞ。で、なんで今日もあなたがいるんですか? 他の係や課の新人研修もあるんでしょう支部長」
「気にするな小金川君。ただの趣味だ」
「まぁ、いいですけどね。ええと、俺は黛と町中を捜索していた。が、残念ながら鵺らしい人物はいなかった」
当然だ。その頃鵺は三嘉凪支部長とゲームの真っ最中。
フフフ、ゲーム……ゲームなんだよ。
自分で思い至ったゲームという言葉でフラッシュバックする昨日の対戦。
私たちの力は互角だった。
一方が勝てば次の試合でもう片方が勝つ。
結果、ようやく決着の付いた午前6時。
睡眠欲求によるダブルノックダウンという結末で幕を閉じた。
「私も僧栄と同じだ。魂の抜け切った小林を引きずりまわし、【来やり】周辺を探索していた」
【来やり】といえばあれだよね。副隊長の幼馴染さんが働いてるとこ。
「一つ良い報告だ。小林が復活した」
おおッ、それは確かに、ってことは私の横で小林隊員がいつもどおり元気になっているんだろうなぁ、私には確かめるために首を横に向ける力すら残ってないけど。
「では、黛、食事しながら話すのは止めろよ。今日からは始末書書かせるからな」
「了解です。といっても、指揮官と共に捜索していましたが成果はなにもありませんでしたよ。昼食に食べた他人丼が美味しかったくらいかな? 記憶に残ってるのは。後は……指揮官の裸踊りを見ながら団子を食べたくらいですか」
小金川隊長が頭を抱えた。
「もういい……次、小林」
「白瀧副指揮官と共に【来やり】周辺、というよりは主に【来やり】内部の捜索をしました。常塚さんの手料理で息を吹き返しましたね。副指揮官、本当にありがとうございました」
「いや、礼はいらん」
どうやら、常塚さんの料理で小林隊員は復活できたようだ。私も食べ行こうかな?
「では斑鳩……は昨日の小林みたいになっているな。支部長、またですか」
呆れた口調で小金川隊長が三嘉凪支部長を睨みつける。
「いや、待て、私が斑鳩君と別れたのは昨夜のこの会議室だ。小金川君も白瀧君も見ているだろう?」
「そういえば。ではどうしてあのような?」
「斑鳩君、いつもの報告だ。昨日退勤してからここに来るまでになにがあっ
た?」
私の番だ。報告。
私のハプニングを全て話さないと……フフフ。もう、最高ですよ。
最高に……最悪な朝でした。
「報告……します……」
ゆっくりと息を落ち着け、私はその出来事を白状する。
「昨日、妹とゲームで対戦。翌朝6時。二人揃って永眠。7時起床。ですが気が付いたら八時三十五分、今日も全力疾走で家をでました」
この報告で三嘉凪支部長が頭を抱えた。
どうやらゲーム機を私の家に置いてきたことを悔んでいるらしい。
「道中で出雲美果と再会。手を振った瞬間、目の前の電柱と激突。付近一帯への停電への謝罪。電力会社には一応報告だけ入れておきました。後で請求書を送るそうです」
小金川隊長と副隊長も頭を抱え込んだ。
「以降、横合いから来た走行中の車と衝突、大破した車の持ち主に謝罪。救急車を呼ばれて病院に搬送されかけましたがなんとか逃げ切りました。ただ、逃走中に鴉の大群に襲われて犬の大群に襲われて、それから……」
「もういい。聞いてるだけで頭痛がしてきた」
「とにかく、無事に着いてくれたことに感謝しておく」
皮肉交じりに副隊長が告げる。
もう、なんとでも言ってください。反論する気力もありません。
「では、気を取り直して、今日の方針を……」
「待て、小金川。その前に俺から報告することがある」
せっかく私のせいで沈んだ空気を払拭しようとした小金川隊長の言葉に割り込んで、三嘉凪支部長が口を開いた。
「昨日、斑鳩と捜索中、鵺と接触した」
……え?
ちょっと、なにを?
疲れが一気に吹き飛んだ。私は三嘉凪支部長に注目する。
「本気ですか? では抹消を……」
「いや、抹消は取り消しだ。既に上層部からもそう指令が来た」
この報告に、小金川隊長が立ち上がる。
「バカなッ! ラボからの任務だぞッ! それを上層部が取り消すなど……」
激昂するように告げてハッと辺りを見回す。
新人たちを見て、慌てて口をつぐんだ。
「と、とにかく、その報告は信じられません。直接確認させていただきますが、よろしいですね」
「構わんよ。それから白瀧君、君に少し話したいことがある。後で支部長室に来てくれるか。できればミーティング終了後すぐにでもだ」
「了解しました」
「では私の用はそれだけだ。小金川隊長、じゃなくて指揮官、後を頼む」
小金川隊長の背中をバァンと叩いて、笑いながら部屋を出て行く三嘉凪支部長。
小金川隊長はその後姿を睨みつけながら、
「本日の……方針を発表する。斑鳩と小林が探査。白瀧と黛で探査。双方は、とりあえず俺が鵺の捜索の中止を確認するまでは鵺を探すこと。俺は支部長と新人試験を行う」
怒気を孕んだ口調でそう告げた。
小林隊員と、かぁ。
定例会議が終了すると同時に、小金川隊長と副隊長が部屋を出て行く。
結果、新人三人が部屋に残ることになる。
「斑鳩君、一つ聞かせてもらっていいか」
黛隊員が人目を気にせずドラ焼きをパクつきだしたのをきっかけに、小林隊員が私に聞いた。
「なに?」
「鵺と会ったんだよな、昨日」
「え、えと……うん、まぁ」
一緒に住んでるからほぼ毎日会ってるね。
「どうして支部長もだけど、無事なんだ?」
無事? そりゃあ無事だろう。当の鵺様と支部長様は対戦型格闘ゲームでデッドヒートしてたんだから。しかも支部長の圧勝だし。
「奴は抹消体だろう? 危険人物だろ? ならばなぜ戦ったはずの君たちに傷がない? 不意打ちで倒したわけじゃない。戦って逃がしたわけでもない。支部長は遭遇したとしか言わなかった。なぜだ?」
「それは……」
どう言えば、いいんだろう?
この人は変に鋭い。下手な言い訳は確実に通用しないだろうし、本当のことを言えばどうなるか。
私は確実に抹消体を匿っていることが露呈するはずだ。
確かに三嘉凪支部長は抹消対象から鵺を外すと言ってはくれたけど。
「素直に言った方がいいよ斑鳩さん」
ポッキーを食べ始めていた黛隊員がボソリと答える。
「昨日ね、私、小金川さんに言われたことがあるんだけど……」
二袋目のポッキーを開いて、黛隊員が私を見る。
「斑鳩さんを監視しろって」
監視? 私を?
「ほら、支部長さんに遊園地で鵺を見てないか言われてたでしょ。あの時の返答がおかしかったから、接触しているんじゃないかって疑ってるみたい」
グレネーダーの人たちは妙に勘が鋭い。やっぱこういう現場ではそういった感というものが養われるんだろうか?
でも、それならなおさら、私は鈴のことを言うわけには……
「でね、私にこう聞いてきたの。斑鳩さんの周りに、知らない人物がいなかったかって。私があの遊園地に来たとき、あなたと知り合いみたいな人物が三人いた。小金川さんは野衾のことで手一杯で周りを見てなかったみたいだけどね。あ、大丈夫。小金川さんへの報告は二人しか言ってないよ。出雲美果とその彼氏さん。あ、従兄妹だっけ? でも、もう一人。さも当然のようにあの後、ここまで付いてきてたよね。白瀧さんには妹さんだって報告してたけど、私も一緒に帰ってたでしょ。彼女は……本当は誰?」
黛隊員は確信を持っている。話方で分かった。
今のは疑問じゃない、決まった答えを求めている確認の聞き方だ。
分かっているのに、何時までも逃げようとしても意味がない。
かえって不審に思われるだけだ。
二人とも、私の口が開かれるのを待っている。
私はため息を吐いて観念する。
でも……先に開いたのは部屋の入り口のドアだった。
「全員、付いて来い。今から鵺に会う」
毅然とした口調でやってきたのは副隊長。
私たちは襟元を正して黙したままにそれに従う。
でも、鵺に会う? 捜索するではない。鵺に、会うと断定していた。
つまり、鵺の居場所を知っている。三嘉凪支部長から聞いた?
どうして? 鈴の存在を知るのは少数の方がいいはずなのに?
私は三人の仲間を見る。
二つの疑惑の視線。副隊長はただ前を見て歩いている。
守……らなきゃ。
たとえ、誰が敵に回ったとしても、副隊長が……好きなの人が敵になったとしても。
私の妹は……もう、壊させないっ。誰にも、私にだって。




