三嘉凪 VS 鈴
「で、どこを捜索するんですか?」
廊下にでた私は、早速追いついた三嘉凪支部長に尋ねる。
「そうだな、まずは……資料室から鵺に関する資料を持ってきてくれ、私は支部長室にいる」
は? あ、それでいいんですか。
どうも外にはでないらしい。
……ん? 待て、私資料室なんて知らないんですけど!?
慌てて聞こうとしたものの、すでに三嘉凪支部長の姿はどこへやら。
仕方がないので一部屋一部屋見ていくことに。
館内総て回って見つからないので、副隊長に聞いてようやく見つけた資料室。警察署側の中にある資料室だった。合同で使ってるらしい。
先に言って欲しかったよ。
「み、三嘉凪支部長……」
内周部への入室許可をもらい、三嘉凪支部長と別れて三時間後、ようやく合流に成功した。
「おお、ご苦労さん、んじゃ拝見させてもらうかな」
私から手渡された資料にパッと目を通し、
「うん、まぁ、こんなものか」
と、一見しただけで脇に無造作に放り投げて別の資料を見始める。
なに……この仕打ちは? 私の苦労意味なしですか?
「ええと……」
「そういえば斑鳩……」
資料を丁寧に読み返し始めながら、さも、今思いだしたとでもいうように聞いてくる。
「なんですか?」
「白瀧に聞いたんだが……妹がいるんだって?」
「え、はい、まぁいますけど」
「名前は?」
「折鹿です折るに鹿でお・る・か」
何気なく答えた私に、三嘉凪支部長は顔を上げた。
「いやいや、そいつは死んだ昔の妹さんだろう?」
笑いながら、でも、一瞬にして目つきが変わる。
「今の妹さんの名前だよ、斑鳩入鹿」
「……え?」
予想していなかったわけじゃなかった。鈴の存在がグレネーダーにばれることは。
でも、早すぎる。
もう少し、せめて彼女を安全な場所に移せるだけの時間が欲しかったのに……
「それは……」
答えに悩む。偽りを言うべきか、本当のことを打ち明けるべきか。
「なぜ悩む? 自分の妹だろ?」
「…………」
「興味本位や同情で抹消対象を庇おうというのなら止めておけ。次はお前が狩られるぞ」
冷めた声。言葉が私の胸に突き刺さる。
「……嫌です」
反射的に、口に出ていた。
「ほう……嫌か?」
意外そうに口にする。
「彼女は入鹿を頼ってきました。普通の暮らしがしたいと願いました。興味本位でも同情でもありません。彼女は……妹です。正真正銘、入鹿の妹、折鹿ですッ!」
自分でも馬鹿なことを言っていると思う。
彼女は抹消体。いわば私の敵でしかない。
それを庇う。ほんとに愚かとしか思えない。
それでも、彼女を殺すのは、抹消対象にしておくのは……
「害はないと、本当に言い切れるか? お前よりも強いかも知れんぞ?」
「……はい。もし被害をだそうとしても、入鹿の命に賭けても止めます」
「騙されているとは思わないのか?」
「彼女は入鹿を信じました。入鹿も信じます」
「……鵺は人を殺している」
「ラボの職員なら知っています。それ以外で殺したというなら考えを変えますが、鵺は逃走中に接触した護送係を重症まで追い込んだにも拘わらず殺さずに見逃しています」
三嘉凪支部長はじぃっと私の瞳を見つめ、不意に笑みを浮かべた。
「妹さんを大事にな。私も手を尽くしてみよう」
「……三嘉凪支部長?」
「どうした?」
「え……と、いいんですか?」
「なんとも言えん。が、努力はしてみよう。第一、上層部からとはいえ、依頼からして不可解だったからな。匿名希望で鵺を殺してくれ。しかも情報だけで顔写真も特徴も書かれていない。名前だけで探し当てるなんぞ奇跡に近い。ま、そういうことだ。実害ないならほうっときゃいい。私の流儀だ。それから、妹の折鹿さんによろしくな」
「あ……はいッ! よろしく伝えますッ!」
信じて良いのか分からない。でも、やっぱり心が躍ってしまう。
「よし、んじゃあ、鵺捜索でも始めるか」
と、席を立つ三嘉凪支部長。
いや、さっきの会話からすれば別にこのクソ寒い中、見つからないものを捜索しなくても……ああ、イジメですね。
これが私への部下イジメなんですね。
「で、三嘉凪支部長?」
私はもう、どうしていいのか分からなかった。
「なんだ? おし! また私の勝ちだ!」
「うぐッ!? まだです! 次こそは私がッ!」
確かに鵺捜索に行く。そう言っていた。
言ってはいたが……
「どうして入鹿の家に上がりこんでるんですかッ! しかもなんだか良く分からないゲーム機まで持ち込んでッ! 鈴もッ! 格ゲーで普通に遊んでんじゃな~いッ!」
そう、三嘉凪支部長は捜査に出かけ、電気店でゲーム機とソフトを注文。
領収書を受け取り、どこへ向かうのかと思いきや、着いた先は私の住んでる安住荘。
で、なぜか私の住居に無断侵入。ってかなんで鍵空いてるかな……
でもって警戒する鈴を見るなり、「妹君、対戦しよう!」と白い歯を光らせ親指立てて誘ったのである。
二人の対戦は思いのほかデットヒート。
ただし勝者は必ず三嘉凪支部長。
すでに数十回は対戦を繰り返しているが、鈴は一度も勝てていないようだ。
それはそのはず。三嘉凪支部長は相手をコーナーに追い詰めてひたすら弱蹴り。反撃すら許さない。
ゲーム自体もそういう仕様だから逃れることができない鈴は負けるしかなかった。
「硬いこというな斑鳩君。っと、やるな妹君」
「そうですお姉さま。むぁッ! また負けたッ!?」
「で、でも、今は仕事中で……」
「はっはっはぁ~また私の勝ちだぁッ!」
もう、立ち上がってまでふんぞり返る三嘉凪支部長。
近所迷惑になりかねない笑い声は止めて欲しかった。
「さって、気前良く百連勝したところで、そろそろ時間もいいし、帰るか斑鳩君」
いや、待て、騒ぐだけ騒いで帰るのかあんた?
ツッコミたい。あの頭を叩けたら……
ダメ。あれは支部長だ。罷り間違っても上司なのだ。
叩いたら始末書が。くぅぅ……
「お、おのれ三嘉凪っ! 次会ったら再戦ですッ! 今度こそ私がッ!」
「おう、いつでも来い! ……いや、まぁ暇があったら顔をだそう」
最後だけ言葉を濁し、三嘉凪支部長は帰っていく。っと、私もまだ退勤してないや。
「それじゃ、鈴、もっかい行ってくるね」
「行ってらっしゃいお姉さま」
すでに意識はゲームに向いて、鈴の気のない返事だけが私に向かってきた。
なんだか釈然としないままに私は三嘉凪支部長の後を追う。
安住荘の門前で、三嘉凪支部長は私を待っていた。
「三嘉凪支部長?」
「おお、やっと来たか斑鳩君」
「なんなんですか今日は? まさか勤務中の遊び方を学べとかじゃないですよね」
三嘉凪支部長は無言で歩きだす。
「斑鳩君……グレネーダーとして大切なことはなんだと思う?」
しばらく無言で歩いていた三嘉凪支部長が不意に聞いてきた。
「グレネーダーとして大切なことですか? どんな相手にも逃げないこと、ですかね?」
「私は三つを前提としている。一つは君の言ったとおり、敵であるならば例え何者であれ臆することなく立ち向かえ。二つ目は自分の信念を貫き通せ。例えどんなに理不尽な指令であってもだ。自分の出来うる最高の努力で皆が助かる方へと改善すること。三つ……」
私に振り返り、真剣な目を向ける。
「判断を下す前に自分で見て、知って、考えろ。抹消対象は本当に抹消されるべき人格なのか? 状況は? そいつの持つ思考、過去。川辺鈴はその点において抹消されるには不適格と私は見る」
三嘉凪支部長……もしかして鈴の人格を調べるために私の家に?
「基本精神は子供。初めて見る相手には敵意を、ただし、一度気を許せばべったりと懐くタイプだ。好奇心は旺盛。物事に熱くなりやすいが、カッとなって殺人などという危険なほどでなく一応の理性は持っている。危機意識は殆どなく……まぁこれは君を頼っているせいで安心しているのかも知れん。とにかく、私が見るに、忍耐力が高く、よほど追い詰められなければ殺人などしないタイプの人間だ。屈辱もより自分を高めるための糧として努力するタイプのな」
人物観察。何気なく接していたように見えて、三嘉凪支部長は鈴が危険人物かどうかを自分自身の目で確かめに来ていたのだ。ちょっと感心した。
「どうかな斑鳩君? 遊びも大切だろう?」
整った白い歯を見せてニィッと笑う三嘉凪支部長。
今までの三嘉凪支部長への人物評価が百八十度反転しました。
さすがは支部長クラス。人を見る目を持っている。
「ところで、妹君が熱中してたんで置いてきてしまったんだが、あのゲーム機。上層部への代金請求はお前の名前でだしとくな」
前言撤回。お恨みします三嘉凪支部長。私始末書確定じゃないですか!
もう、たった三日で何枚書いたと思ってるんですか。
「ま、代金立て替えてくれることを祈っててくれ、でなかったら始末書の上にあの金額返してもらうからな」
うぐっ。殴りたい。いや、もう、むしろ一思いに心臓を……
「斑鳩……」
苗字だけで呼ばれる。威厳があるというか、妙に萎縮してしまう。
「小金川に気をつけろ。ラボ……妖能力研究所と繋がっている」
それは思いもよらないものだった。
「どういう……ことですか?」
「詳しく知る必要はない。知ってしまえば後に引けなくなる。お前はグレネーダーを敵に回したいか?」
「滅相もない。嫌ですよ正義のヒーロー戦隊を敵に回すなんて」
激しく首を振ると、三嘉凪支部長は豪快に笑ってみせた。
「正義のヒーローな。本当にそうだったなら、どんなにいいか……」
最後の呟きは、なぜだろう。漠然と、私の頭の中に深く刻み付けられた。
家に帰ると、鈴はまだゲームに熱中していた。
「あんましゲームしてると目が痛くなるよ鈴」
冷蔵庫を空けてペットボトルを取りだす。
いつものように蓋を取って一気飲み!
「っぷはぁ~……堪りませんなぁ~」
オヤジ臭い台詞だなぁ~と自己嫌悪しながら、ペットボトルを冷蔵庫に仕舞って、リビングルームへ、
「しっかし、飽きないのかねぇ」
本棚から絵本を取りだし読み始める。
絵本は好きだ。折鹿を身近に感じれるし。
「お姉さまも一度知ったら病み付きになります。これの中毒は物凄いものがあるんですからッ!」
もはやテレビはニュースを見ることすら出来ない状態になってしまったようだ。
「お姉さま、ぶつくさいってないでやってみたらどうですか」
「んなこと言ったってねぇ」
仕方ない、ちょっと遊んでやるか。
数分後……ゲームに取り付かれた女が二人、熱いバトルを繰り広げていたそうな。




