入鹿と鈴のガールズトーク?
家についたとたん、鈴は家にあるものを興味深そうに見て回った。
まず、玄関上がってすぐの床。
木でできているはずなのに艶光しているのが不思議で不思議で仕方なかったらしい。
まあ、私にとっちゃどこでも見かけるフローリングの床も、ラボにしかいなかったらしい彼女にとっては驚き以外の何物でもないようだ。
楽しそうにころころ転がっていた。無駄に可愛い。
冷蔵庫から1・5リットルのお茶のペットボトルを取りだして、蓋を取ってそのまま一気。
五分の一程度を減らして、プハァ~と息を吐く。
ああ、なんかようやく我が家に帰ってきたな~って気分になった。
さて、夕食の準備しますかね。
といっても今の時間はご飯炊いとくくらいなんだけど、今日はタッパーに入った昨日の残りがあるんで炊かなくてもいいし、いつもどおり焼肉予定だから用意しとくもんもない。
冷凍中の牛肉(主にハツ)を外にだして自然解凍しとくだけ。
栄養が偏らないための生野菜はベランダ改造した自家製栽培で沢山あるしね。
あとは、まぁ健康番組でも見て時間潰すか。
リモコン押してテレビをつける。鈴が興味深そうに寄ってきた。
「うわ、箱の中で小さな人が喋ってますよお姉さま。どんな妖能力ですか?」
は? もしかしてテレビ知らない? 嘘でしょ? どこの時代の人だよ。
「テレビ……もしかして知らない?」
「え……い、嫌ですねぇお姉さまったら、て、テレビ? くらい知ってるに決まってるじゃないですか」
私が知っていて当然そうな言い方だったせいか、慌てて否定する鈴。
物凄く分かりやすい反応で嘘をついていた。
「では質問。どういう原理で動いているか言ってみれ」
「え……えと……ごめんなさい。知りません」
「素直でよろしい」
さも自分が偉そうに言って、私は項垂れる鈴にテレビを説明する。
ちなみに私もどういう原理で動いているのかは分からなかったりする。
光の三原色どうのは説明する必要もないだろうしね。
でも、ま、この分だと、身の回りの常識を一から教えといた方がいいかもしれない。
ラボで一体どういう生活をしていたのか、彼女の知らなかった常識は意外なほどに多かった。
お風呂すら知らないなんて予想外だったよ。
物心付いてから一度も入ったことないんだって。
なんか自動洗浄してくれる機械があるらしく、それに毎日一回入れられたそうだ。
コインランドリーの回らない洗濯機みたいなものか?
ある意味いいね、ラボ。
だって風呂にいちいち入らなくても勝手に洗ってくれる訳だし。
風呂から上がり、濡れた髪を拭いてやると、とても楽しそうな笑みを見せてくる。
「どうしたの?」
「うん、なんていうか……いいな。こういうの。誰かに頭拭いてもらうなんて、ちょっと嬉しい。お姉さま、本当に私のお姉さまみたい」
まるで子供みたいに無邪気に笑う。
妹……か。
もしあの子が生きてたら、この娘みたいに笑ってくれていただろうか?
折鹿を守るために妖使いになったはずなのに……どうして私は……あの娘を……
……昔のことだ。
今はもう……後悔しないって決めたんだ。
「お姉さま?」
我に返ると、心配そうに私の顔を見つめる鈴がいた。
そうか、頭拭いてあげてたんだっけ。
「あ、はは、ごめんごめん。しっかり拭いたげるって」
バスタオルで鈴の髪を拭くのを再開する。
「ねえ、お姉さま」
「ん? なに?」
「お姉さま、あの副隊長さん、好きでしょ」
「ぬふぁッ!?」
「痛ッ!?」
「い、いきなりなに言いだすのよッ!? つい全力で擦っちゃったじゃん」
「ごっそり抜けたかと思うくらい、痛かったんですけど」
ちょっと涙目になりながら、引っ張られた髪の場所を撫でる。
「だって、見る目が違うもの。他の人を見るときに比べて明らかに高揚してる」
「わ、悪かったわね分かりやすくてっ」
ドライヤーの電源を入れて、鈴の髪を乾かす。
「別に悪いわけじゃ……私、家に泊めてくれたお礼にお手伝いしますよ」
「は? 手伝うってなにを?」
髪を乾かしてあげている私に向かってニマァ~ッとなにか思いついたらしい嫌ぁな笑みを浮かべる。
「もうすぐクリスマスというイベントが在るんでしょ? 誘っちゃいましょう。デートってやつに♪」
で……
「でーとぉぉぉぉぉぉッ!!?」
嫌な笑みのままコクコクと頷く鈴。
「な、なに言ってんのよあんたはっ。む、無理無理、副隊長だよ。絶対無理。私なんか影からそっと思っとくだけで……」
「そんなタイプじゃないでしょお姉さま。アタックあるのみ。しかも駄目押しで押し切るタイプじゃない? お姉さまって。副隊長さんもお姉さまなら大丈夫だって。誘っちゃいなよデート」
なんだその根拠の無い大丈夫は。
でも、副隊長と……で、デート?
あの待ち合わせしたり遊園地行ってみたり、外食してみたり、夜景見てみたりしちゃったりするというあの栄光のッ!?
そんでもって最後は君に僕の心臓をあげるよって……
「ああああ、あつッ、熱いッ! 熱いですお姉さまッ!」
「いや~ん、そんなことまで……」
「あああ、なに想像しているのか分からないけど熱いッ! ドライヤー熱ッ、髪燃えちゃいますッ! お姉さまぁぁぁッ」
鈴をホールドしたまま別の世界に飛んでいた。
戻ってくる十数秒の間、鈴は熱風攻撃に悲鳴を上げ続けていたそうな。




