紫髪の少女の正体
「斑鳩ッ!」
騒ぎを聞きつけたらしい小金川隊長が駆けつけてくる。
……あれ? なんで副隊長と黛さんが一緒なの? ……?
おかしい、前に同じシュチュエーションがあった気がする。
デジャヴってやつかな?
「小金川隊長……あの……」
「この騒ぎはなんだ? なにがあった」
「野衾が現れて……」
「奴が!? どこに居る」
私に詰め寄る小金川隊長の横で副隊長がズタボロになった野衾を見つけた。
「ここにるようだ僧栄」
「うっわ……なんていうか、哀れだな」
「なに言ってるんですか、当然の報いです。むしろ軽すぎます」
「まぁいい。白瀧、始末するか?」
「お前に任せる。人知れずやってくるといい。私には少し用事があってな」
と、小金川隊長から離れて、私と翼君の元にやってくる。
「斑鳩、良くやった。それに……どうやら、無事に過去を修正したようだな少年」
は? 過去を修正? なんのこっちゃ?
「なんだよ、アンタも記憶があるのか」
「いや。私にはないが、日記に書かれている」
と、自分の日記帳を読み返す副隊長。
「それで、どうする少年。入隊するのか?」
「いいのかよ? 殺人者だぜ?」
「今の君は殺人を犯していない。野衾は生きているだろう? なら君は手を汚していないのだ。そういう未来に変わったということだ」
私を他所に繰り広げられる会話。全く分からない。
でも、ま、副隊長が褒めてくれたし、いっか。
ふふ、これで少しは副隊長にも意識してもらえるかな?
「確かよ。グレネーダーに入るときに一つだけ、条件が付けられるんだよな? そういう噂、聞いたことがあんだよ」
「うむ。入隊試験を受けてもらわねばならんが、入隊後にはそうだな。願いを叶えてもらえるぞ」
「美果の安全の保証。俺の願いはそれだけだ。叶えられるだろ?」
「私には分からんが、たぶん大丈夫だろう。入隊確定時に上層部に報告しておこう。入隊試験の日にちは追って連絡しよう。定期試験は過ぎてしまったので副指揮官以上の者二名による試験になるがいいか?」
「わりぃな……」
会話が終わったらしい。
翼君が美果ちゃんの元に歩いていく。
副隊長は私に向き直り、頭を下げた。
「すまなかったな斑鳩。お前のおかげだ感謝する」
「あ、いえ、捕まえるくらいわけないです。副隊長がお望みでしたら野衾の200や300軽く捕まえますっ!」
「いや、そんなに捕まえられても困るのだがな。ああ、そういえばお前には言っていなかったな。私の能力である釣瓶火は触れた者が悔やむ過去を一度だけ修正することができるというものだ。まぁ他にもあるが、同じような能力だと認識しておいてくれ」
ってことは……
「翼君、過去を変えたんですか?」
「うむ。その通りだ」
なんだか意味わかんないけど、副隊長が言うのなら過去に戻るようなことが起こったのだろう。
副隊長嘘つかない。
独断と偏見だけど、私は副隊長を信じる!
「ところで斑鳩」
「なんですか副隊長?」
「さっきから気になっていたのだが、そこの少女は誰だ?」
そこの少女?
と言われて振り向いてみる。
副隊長の視線の先には……鈴?
「ああ、この子は……」
私が口を開こうとした瞬間、慌てたように鈴が近づいてきて、私の前に出る。
「姉の入鹿がお世話になってます、ええと、副隊長さん?」
「ほう、妹か?」
「え? あ、いや……はい?」
鈴は有無を言わさずといった表情で私を見つめてくる。
なんだかよく分からないことだらけだけど、とりあえず私の妹という設定にしておいて欲しいと? 理由は後で聞いてみるか。
「斑鳩、黛、今日の二人の仕事は終わりだ。一度支部に戻って退勤しておいてくれ。それから黛。少しは食べること以外をしてくれないか」
終始食べてばかりの黛隊員は、アイスクリームを頬張りながらふあいと返事する。
いや、冬に外でアイスは腹壊すよ。
さすがは餓鬼、末恐ろしいよ。
私と鈴と黛隊員は、三人揃ってグレネーダー支部へと帰り着いた。
副隊長は事件の後始末をするらしく、遊園地に残った。
遊園地の料金は請求すれば、運がよければ立て替えてくれるらしい。
3500円たちが戻ってきてくれるかも知れないというわけだ。よかった~。
「黛さん、副隊長とはどうでした?」
「ん? あふぁふぁふぁがふぃでふぉうもふぁにも」
口いっぱいに肉まんを頬張っているのでなに言ってるかわからない。
「お姉さま、私はどうすればいい? 外で待ってる?」
「うん。退勤するだけだし、ちょっとの間だけだから」
彼女は追われているらしい。
そのせいで家も不自由するそうだ。
仕方無しに私の家に泊めることになってしまった。
玄関口に来ると、鈴を待たせて黛隊員と二人、グレネーダー支部へと入っていく。
長い廊下を通って作戦会議室に着いた私たちを待っていたのは、満面笑顔で元気いっぱいの三嘉凪支部長と、死にかけた老人の如く精気枯れ果てた小林隊員……真っ白に、燃え尽きてないですか?
「え、と……生きてますか?」
「な、なんとかな」
と、胃腸薬を飲みながら答える小林隊員。
その動きは緩慢を通り越して動いてないようにすら見える遅さ。
「やぁやぁ、お帰り皆の衆ッ!」
いつも以上に元気いっぱいな声で支部長が笑う。
まさに小林隊員の生命力全部吸い取ったような笑顔だった。
「た、ただいま戻りました……」
ああ、なんか疲れるねこの声聞いてたら。
しかもこっちが疲れるほど声が増長するからさらに厄介この上ない。
「副隊長……ではなく副指揮官に退勤していいと言われたんですけど」
おっと、黛隊員ったら今副隊長って言っちゃった?
ふっふっふ。私の言葉がうつったな。
少し恥ずかしそうな顔して可愛らしい。
「おお、勝手にやっていってくれ」
と、資料を見ながら鼻歌を歌いだす。
そういえば資料。あの鵺だっけ、あっちの方がまだだったんだっけ。
確か、川辺鈴って奴を探すんだったよね。川辺……あれ?
今、ようやく気付いた。鈴。そう、鈴だ。
それじゃ、まさか……
なんだろう、背筋をものすっごく寒いなにかが通り抜けた。
どうしよう? どうすればいい?
「ん? 斑鳩君、どうかしたかい?」
「へ? あ、いえ、なんでもないです。はい。失礼します」
慌てるようにそう言葉を残し、私は鈴のもとに走った。
居るだろうか? それとも……
玄関口の扉を開く。いない? 一歩踏みだし左右を確認して。
「おっ姉っさまっ」
「にぎゃぁッ!?」
ぎゅむっと背後から抱きつかれる。
慌てふためいて変な声がでた。
咄嗟に離れて振り返る。そこに鈴がいた……ってあれ? なぜか視線が上にずれて……
「はぅあッ!?」
石段の端の角で振り返った私は、慣性法則と重力によって後ろ向きに倒れこんでしまっていた。
「お姉さま……大丈夫?」
「ええ、もう、入鹿は強い子ですから……へっちゃらです」
倒れたまま鈴に答える。が……
「……私の正体に感づいちゃったみたいねお姉さま」
笑いながら、でも、冷めた口調で鈴が聞く。
「そう……だね。抹消体、鵺」
私はミスをした。
こんな時にお決まりの大ポカだ。
起き上がる間に私は殺される。
このままでも結果は同じだ。でも……
鈴は私の顔を覗き込んでいるだけで、なにもしようとしなかった。
話に聞いていたような危険も敵意もない。
「……鈴、聞いてもいい?」
恐る恐る、私は尋ねる。
「なに? お姉さま」
興味深そうな目で私を覗き込んでくる。でも、まだ笑っている。
「なんで、抹消対象になったの?」
笑いが止まる。鈴が私の頭側からしゃがみ込む。殺される?
「脱走したの。ラボ……妖能力研究所から。そのときに、研究員を幾らか消した。たぶんそのせいだと思う」
私の思いと裏腹に、鈴は身の上話を語りだす。
「脱走した後はどうするの?」
「わからない。でも……自分の居場所が欲しかった。これは本当」
「どうして、入鹿に近づいたの?」
「さぁ? 自分でも良くわかんない。でも……なんていうのかな。同じ匂いがした。私と同じ孤独と絶望の匂い」
「……そっか。わかんないだらけだね」
「……うん」
そうか。この子は、私に助けを求めて縋りついて来たんだ。
同じような雰囲気を持っていたらしい私に、自分を殺すかもしれない相手だとしても、助けて、欲しかった。だから私に声をかけた。
「ねえ、最後に一つ聞くよ」
「どうぞ」
「人を殺したこと……後悔してる?」
「いいえ。後悔なんてしていないわ。私の体を弄繰り回したあいつらが人と呼べる存在ならね」
忌々しいとでもいうように、しかめっ面で吐き捨てる。
「そんなに酷いことされたの?」
「質問二つ目だよ。まぁ答えるけど」
薄く笑って、鈴は答える。
「私ね、普通の人間だったの。でも、他の妖使いの力をどんどん増設されるの。私が鵺と呼ばれる理由。私は多くの妖使いの力を結合した者。そして継ぎ接ぎの度に断末魔の記憶が入ってくる。怨嗟の想いが増えていく。あそこは……地獄だった」
私は起き上がり、鈴を見つめた。
もう、彼女に恐れを抱くことはなかった。
「家来る? 散らかってるけど」
「いいの?」
「決めるのは鈴自身だよ。罠かもしれないし、ただの好意かも知れない。あるいは、一時の気まぐれなのかも」
「じゃあ行く。お姉さまを信じる」
私は、鈴を連れて自宅へと帰ることにした。
なぜ彼女を連れ帰ったか、私にも彼女にもわからない。
ただ、帰り道、二人とも終始無言だった。




