間幕・ある護衛係の受難
その日は、いつもと変わらない日常だった。
抹殺対応種処理係から連絡を貰い、私達は現場に向った。
既に夜遅く、勤務外時間ではあるけれど、かなりの大物が捕まったらしい。
家から爆走で支部へと赴き、着替えを済ませると護送車に乗り合って六人で向う。
道中は皆ぶつくさと文句を垂れていた。
家族との憩いがどうのとか、明日が早いのにとか、ネットゲームがどうのこうのと。
正直私だってゆっくり眠っていたかった。
でも、連絡を受けたのは深夜前、集まって現場に向えば深夜になるちょっと前である。
残業代が付くとはいえ、ゆっくり眠る事が出来ないという事実は精神的に辛い。
明日も定時で仕事だから皆眼にクマ作って作業する事になるだろう。
現場に付くと抹殺対応種処理係の係長だけでなく、支部長までがいらっしゃっていた。
護送係である私達の係長が急に腰が低くなり、支部長相手に手揉みである。
正直上司のこういう姿は見ていたくない。
即座に引き渡しされたのは、今、巷を騒がせていた、野衾という妖使いらしい。
私は知らなかったけど、捕まった男を見てああ……と納得してしまった。
全裸なのだ。一応局部は支部長たちによって隠されたようだが、視線に困ることは確かだ。
同期の男性隊員はアホだなとかニヤけた顔をしていたけど、ほんと、引くわぁ。
引き渡しも無事に済み、男性係員と女性係員を両脇に、捕まった男が所在無げに座っているのは護送車の中である。
車は係長の運転で妖研究所へと送られる。
そちらに専用の留置場があるのだ。
その後、何処へ送られるかは私達は関知しない。
本当に、護送係は結構楽な仕事である。
対象物を指定場所へと護衛するだけでいいのだから。
でも、今日は、今日だけは違った。
私は、今日ほど自分が護衛係だったことを後悔したことは……なかった。
それは、唐突にやってきた。
縮こまる犯罪者の横で明日の仕事について憂鬱だと話しあっていた先輩係員たちが無駄話に華を咲かせている最中だった。
私の感覚器に、凶悪な何かがかかり、全身に怖気が走った。
それは、たった一人の身体の中に、無数の妖使い反応。
そんな何かが、護送車の進行方向にいた。
係長も気付いたらしく、慌てて急ブレーキ。
切羽詰まった悲鳴が係長の口から洩れていた。
何せ気付いた時にはこちらに走り寄ってくる少女が居たのだ。
ぶつかるのは確実だった。青い顔でブレーキを踏む係長はその時、いろんな思考が走馬灯のように過ったはずだ。
これで俺も前科持ちな上に人殺し。妻になんて言おう。子供がイジメられないだろうか? こんなことで離婚は嫌だ。捕まりたくないっ。などといった思考があったのが容易に想像ついた。
でも、それは起こらなかった。
少女は護送車と衝突する瞬間、上空へ跳び上がったのである。
護送車が止まり、係長が青い顔のまま大きく息を吐きだした。
安堵の息を吐こうとして、車に衝撃。さらに困惑の度合いが大きくなる。
天井が一気にへこんだ。
何かが車に落ちてきたのだ。
何か……なんて一つしかない。
「そ、総員、第一種戦闘配備! 護衛対象を保護せよ!」
慌てて係長が叫ぶ。
さらにもたつきながらシートベルトを取り外し、転がるように外へと飛び出す。
私達も後部の開閉扉を開き、護衛用の二人を残して外へ。
飛び出した私が見つけたのは、護送車の上にいた人物だった。
二日月が煌々と照らす夜空。雲が無数に存在し、時折二日月を覆い隠す。
そんな月明かりを逆光に、そいつは車の上に立ち上がる。
セーラー服を着た少女。
不気味な紫の髪を左右で三つ編みに垂らし、威嚇する様な瞳で私たちを見下ろしていた。
係長が何者だ!? と叫んでいるが、少女は何も答えない。いや、完全に無視だ。
業を煮やした係長が車の上に飛び乗り彼女の背後から妖能力を発動させ……ようとしたその瞬間。
少女のスカートから飛び出す細長い何か。
高速で飛び出したソレは、係長の腕にやすやすと、噛みつく。
恐怖と痛みを合わせた悲鳴が轟く。
淡い銀光に照らし出されたそれは……蛇だった。
係長が慌てて仰け反り車から転がり落ちる。
毒を受けたと悟り、焦った声で全員に助けを求める。
しかし、誰も取り合わない。いや、取り合えない。
まさに蛇に睨まれた蛙だった。
不気味に光る少女の瞳。
冷めた視線と相も変わらず感覚器を振わせる妖反応が恐怖を湧き起こす。
気が付けば、私は震えていた。
野衾を拘束していた係員二人が雄叫び上げながら車上へ跳び上がる。
攻撃に移るその刹那、少女も動いた。
人とは思えない瞬発力で跳び、二人が車上へ着く前に、両手で一閃。
短い悲鳴が二つ。
少女が私の目の前に着地した。
その両腕は、先程までの細い女性の腕でなく、毛深い虎の腕だった。
鋭い爪から何かの液体がぽたりと落ちた。
それを見た瞬間、私は腰から下の感覚が急になくなった。
間抜けな程に尻もちを付く。
二人の先輩が無様に墜落し、地面に叩きつけられた。
そのまま液体を垂れ流し動かなくなる。
殺される!?
固唾を飲んだ私は、震える手でベルトに取りつけていた柄杓に手を掛ける。
私の妖能力でなんとかなるとは思えないけど……
「バカ野郎ッ、攻撃するなっ殺されるぞッ」
でも、私が妖能力を使う前に、残っていた男性係員が間に割って入った。
私を護る様に少女と相対する。
いつでも戦えるようにと護身用の警棒を両手で握る彼は、足が笑えるくらい震えていた。
睨み合うように向い合い、しばらく。
少女はまるで興味を失ったように踵を返す。
が、それを好機と判断してしまった彼は、突撃してしまう。
背後からの奇襲。
それは、スカートから現れた蛇により失敗に終わった。
高速で飛び出したそれは、まるで槍のように彼の顔に突撃。
強烈な衝撃で、たちまち意識を狩り取られていた。
そして、少女は去っていく。
私は……ただただ彼女の小さくなっていく後ろ姿を見ている事しかできなかった。
そして気付く。護衛対象の男が、護送車から消えていた。




