新人歓迎会だったのに
野衾の処理は副隊長の連絡を受けてやってきた支部長と小金川隊長にまかせ、私と副隊長は【来やり】の暖簾を潜って、新人二人や美果ちゃんとともに食事をすることにした。
新人歓迎会で副隊長が奢ってくれるらしい。
私たちへのお詫びも兼ているそうだ。なんのお詫びか知らないけど。
「いや、すまんな。とっさのことで要らぬものを見せてしまった」
「いえ、副隊長は悪くないですし」
座敷に案内されて、私は美果ちゃんの横に座る。
右側には黛隊員が座った。
「あら、柳ちゃん、今日は家族で来たの?」
と、割烹着姿の女の人が、カウンターからやってきた。
「いや、仕事の部下と、事件の被害者だ」
緩やかにウェーブしたエメラルドグリーンの髪。綺麗だなぁこの人。
「副指揮官、そちらの女性は知り合いで?」
「居酒屋のバイトだ」
「あら、もう、柳ちゃんったら、幼馴染だって言ってあげればいいじゃない
。隠すことでもないでしょうに」
副隊長は溜息を吐いて、全員に答える。
「幼馴染兼お荷物の常塚秋里だ。秋里、いつものを頼む」
「お荷物って……あ~もう、はいはい、大好物だものね。ウドンカレーライス。ええと、あなたたち柳ちゃんの後輩でしょ? もしよかったらまた来てね」
「あ、はい。お金があったらまた来ます」
私の言葉に笑みを残し、全員分の注文を聞いてカウンターの奥に消える秋里さん。
ウドン……カレーライス?
炭水化物に炭水化物だよ。まァ別に問題はないけどさ。どっちも美味しいよ。カレーライスもウドンも。メモっとこう。副隊長の好物。
「大丈夫だった? 美果ちゃん」
「う、うん。トラウマにはなりそうだけど、大丈夫」
少し、落ち着いたらしい美果ちゃんは、熱めのお茶を飲んでふぅと息を洩らした。
「ところで斑鳩、お前は空を走っていたように見えたが?」
「あ、はい。妖の力なんです。空中を歩いたり走ったり。さすがに鳥みたいに飛ぶって程の速度じゃないですけど、茶吉尼天って空の遊歩者って異名があってですね。まぁ空を自由に浮遊してるって意味なんでしょうけど。それが入鹿の力に継承されてるみたいなんです。入鹿には空を駆けるしかできませんけど」
「なるほど、さすがクラスAAは違うな」
「はい? AA? なんですかそれ」
「妖のクラスだ。上層部……まぁ東京の警視庁にあるグレネーダー本部だな。彼等の判断によって区分けされたクラスだ。詳しい分け方は分からんが、強力な順にAAA、AA、A、B、C、D、Eくらいまである」
そのクラス分けで私の妖がAA。上位クラスじゃん。
……あれ? A以上って見つけ次第抹消とかじゃなかったっけ?
ま、まぁちゃんとグレネーダー入れたし、問題無し無し。
「他に力はあるのか?」
「え、はい。ジャッキー君を呼びだせます」
「なんだそれは?」
副隊長の言葉に、私は目を瞑り、念じ始める。
「いでよジャッキー君!」
両手を挙げてそんな言葉を口走る。
なにも起こらなかったらイタイ娘確定の動作を私は臆することなくやった。
そして……
食台の上に出現する青く半透明の犬……じゃなくてジャッキー君。
幽体なので物体や相手の攻撃はすり抜けるけど、この子の攻撃は相手に当たるし、物を咥えることもできたりする。
茶吉尼天が乗っているとされる狐に似た生物が元らしい。
ダーキニーは元々空海辺りの時代で日本に伝わってきた鬼女の一種で、死を見取るものであったり、死者を慰める女性であったようだ。それが閻魔大王の僕として働いていたり弁財天と同一視されたりしているうちに心臓喰らいになったとか。
そして、ダーキニーの乗っていた狐に似てた獣が、ダーキニーがこの日本にやってきた際に日本にいなかったため、一番近い存在であった狐という生物にされたらしい。
近年の見立てじゃジャッカルじゃないか? って説もあるので、ちょっと変えてジャッキー君と呼んでいる。と、説明して見せた。
ちなみに同じような幽体による攻撃にはめっぽう弱い。
食台のビールやらツマミやらを踏みつけながら、副隊長に顔を向ける。
いちおう、幽体なので踏みつけてても問題ないよ。実体じゃないからちゃんと食べられるよ!
「斑鳩、躾はしておけ。食物の上を歩かせるな」
少し怒りが篭った副隊長の言葉に、調子に乗ってまたドジをやったことに気付く。
「あ、そ、その、すいませんッ! 食事の上に精神体とはいえ出現させたのは入鹿のミスです! ホントごめんなきゃぅあッ!?」
慌ててジャッキー君を消滅させて、平謝り。
頭を下げた瞬間に、自分のコップを倒してしまう。
「あわわわわ、ごめんなさいッ! ごめんさないッ! ごめんなひゃふぁッ!?」
とっさに倒れたコップを元に戻して、おしぼりで食台を拭いた瞬間、今度は美果ちゃんの水の入ったコップに手が当たる。
傾いたコップから溢れた水が美果ちゃんを濡らす。
パニック状態のままに立ち上がり、美果ちゃんにごめんなさい。
後ろに来ていた常塚さんの持っていたお盆をお尻で押し返し、乗っていたカレー系の食料が常塚さんの顔に……
確か……副隊長が楽しみにしていた大好物だった気が……
世界が、止まった気がした。
もう、それから後は最悪だった――――
「もう、お前とは飲まん」
呆れた口調で副隊長がそう呟いたのは、騒ぎが一段落して、常塚さんが汚れを落として服を新しいのに変えてきてからだった。
美果ちゃんも店の制服を着せてもらい、割烹着姿で副隊長の横に避難していた。
「お姉ちゃんの傍、物凄く危険」
だそうだ。もう、私の行動全てにビクリと反応している。
黛隊員も何時の間にやら小林隊員の横に移動してるし。
確かに私はツイてない。これも妖によるところが多い。
私自身もツイてはいないってことは認めるけどさ。
うう……自分が招いた結果ながら、この仕打ちは酷すぎる。
私は今、正座している。そればかりじゃない。
背中と額に紙が張られていた。
内容は、【危険人物、手当たり次第に災厄を運びます】。
この格好で反省しろと、副隊長にキツく命令されてしまった。
命令だから外すことも出来ない。
誰も助けてくれなかった。当然と言えば当然なんだけどさ。
もうちょっとこうさぁ、心の広い……うぅ。
入鹿は強い子だから負けません。
「もう少し咄嗟の状況把握を身に着けろ、たわけめ」
「はい……副隊長」
もう、自分で自分に情けなや。項垂れたまま副隊長のお小言を左から右に聞き流……いえいえ、ち、ちゃんと聞いてますよ。はい。当然ですとも。
数時間はそのまま正座していただろうか?
食事をなんとか無事に? 終えることに成功した私たちは、美果ちゃんを送ることに。
その頃には、彼女の服も生乾きとはいえなんとか着て帰るくらいはできるほど乾いていた。
常塚さんとの別れ際に、もう一度だけ精一杯の誠意を込めて謝る。
一応、この店への出入り禁止だけはされずにすんだ。
また来てね。言ってくれた常塚さんに感謝。
まぁその後で次はないからね。と笑顔で念を押されたけど。




