初めての仕事・変態捕獲作戦
室内には、私を始め六人の男女が座っていた。
そのうち、一番背の高い人。
角刈りの厳つい男の人が中央の席から立ち上がった。
机は入り口側と対面に小さい机、それを挟み込むように長い机が合計二対。
立ち上がった男は私が座る椅子のある横の長机と、対面の副隊長の座っていた場所に挟まれている小さな机の場所。
入り口とは反対なので、一番偉い人だろう。
「まず、ここに集まってもらった新人の方々に感謝する。私はこの国原支部グレネーダーの支部長を勤める三嘉凪良太。妖は【スサノオ】。欲は部下イジメだ」
ニヤリと微笑む支部長さん。白い歯がキラリと光る。
かなり嫌な欲なんですけど。
それでも位が高いから誰も逆らえないんだろうな。
支部長さんが座ると、副隊長の横の男の人が立ち上がる。
「俺は抹殺対応種処理係の指揮を任されている指揮官、小金川僧栄だ。妖は【天狗】。欲は駆け回ることだ」
と、そこまでならどうでもいい欲だった。
でも、目線だけは斜め左下で小さく付け加える。
「……裸で……」
引きますね。
それはもう、どんなに親しい人でも引きまくっちゃいますね。
私と同様の想いだったのだろう。他の新人の人たちも絶大の信頼と哀れみを交えた悲しげな瞳で、小金川隊長を温かく見てあげていた。
恥ずかしそうに座る小金川隊長と入れ替わりに、腕を組んで目を瞑り、沈黙を保っていた副隊長が立ち上がる。
凛とした態度に、場の空気が一瞬にして引き締まった感じがした。
やっぱり、この人が隊長なんじゃないかな?
頼りがいありそうな感じがひしひしします。
「副指揮官の白瀧柳宮だ。妖は【釣瓶火】。欲は既に書かれた日記を見ることだ。よろしく頼む」
と、淡々と述べて着席する。
それから後はさっきと同じ、腕を組んで目を瞑ったまま動かなくなる。
早速メモメモ。白瀧りゅうぐう……漢字が分からん。
「あぁと……実はもう一人居るんだが、幽霊部員のような扱いでな。名前とかも覚えなくて結構だ。どうせ滅多に来ない奴だからな。それじゃ、君たちの自己紹介をしてもらおうか。右の君から」
と、場のなんと言い表せばいいのかよく分からない空気を入れ替えるように小金川隊長が苦笑いで促した。
言われた新人が立ち上がる。落ち着いた口調で話し始めた。
「黛真由です。妖は【餓鬼】で、欲は食べることです」
割と小柄な少女だった。たぶん私よりも小さい。
で……餓鬼? あの最強の胃袋を持つという?
「なんでも食べれます、そういう体質なんで……」
と最後に付け加えて腰を下ろす。
そしてさっそくポッキーを食べ始める。
職務中に食べるのはどうなの? と思ったけれど誰もなにも言わないので、暗黙の了解というモノが在るのだろうと結論付ける。
次に私の横の男の人が立ち上がる。
眼鏡をかけたインテリ系の、私としてはあまり仲良くなれそうにない系統の男の人だった。
「僕の名前は小林草次です。妖は【金鬼】。欲は腕力を見せることです」
知的な体型なのに体育会系ですか。
確か、金鬼ってあれだよね藤原さんだかの使い魔四鬼の一人で物理攻撃が全く効かないとかいう鬼。
と、次は私の番か。
ええと、名前と妖名と欲を言えばいいんだね。
勢い良く立ち上がり、私は背筋を伸ばす。
「斑鳩入鹿ですッ! 妖は【茶吉尼天】。欲は……心臓を食べることです」
言った瞬間、新人さんが引いた。
「し、心臓だとッ!?」
真横の小林隊員が声を荒げる。
「あ、ええと……心臓ならなんでもいいんで、焼肉のハツとか、アンコウの肝とか」
苦笑いで答えると、なんとか理解してくれたらしい。
離れた座席を戻して居心地悪そうに座り直した。
「君のことは入隊についてかなり揉めた。いろいろと……あってな。だがその身体能力の高さは目を見張るものがあったので採用だ。これからよろしく頼むよ斑鳩君」
と、支部長が言ってくれたので、元気よく「はいッ!」と返事して勢い良く座る。
ガターンッ
空気に座ってそのまま後ろにこけた。
椅子に後頭部を打ち付ける。
立ち上がるときに勢付けて椅子を後ろに飛ばしてしまったらしい。
「だ、大丈夫か?」
小林隊員が気遣ってくれたので、大丈夫と返事する。
まだチカチカする頭を振って、元気に答えた。
「入鹿は強い子ですから。このくらい平気ッス。あはは……」
頭をさすりながら椅子に座りなおす。
どうにも妖に目覚めてからツイてないんだよね私。
見計らったように支部長が口を開いた。
「まずは妖使いの基礎知識だ。これを知らない奴はグレネーダー失格。ってかむしろ忘れた奴はグレネーダーという権利を剥奪ものだ」
支部長が妖使いに付いて説明を始める。
これはメモった方が良いだろうか?
「まず、妖についてだが、一般には人よりも強力で特異な能力を持つ人間。なぜかはわからんが今のところ日本人にしか発症例がない。加えて、妖使いには三大欲求に勝るとも劣らない欲が現れ、また、妖使い同士は一定の距離なら互いに認識ができる。自分の妖の名は他人から聞くか、自分で能力から探し当てるかしかない。一応、それ専門の妖名検索店とかもあるっちゃあるが、殆ど使う奴はいないな。妖使いになったって周囲にばれたらよくて村八分。最悪な結果はグレネーダーによる抹消だからな」
と、まぁ最近じゃ一般常識になってるんで私としてはメモる必要ないかなぁと思ってみたり。
「……と、ここまでが一般的な妖使いの特徴だ。が、グレネーダーになった以上真実を知ってもらう」
真実?
「まず、妖使い同士は認識できるというものだが……真っ赤な嘘だ。でたらめだ。そんな知識は丸めてこねて犬にでも食わせてしまえ。わっはっは」
ギャグのつもりだったのだろうか?
あまりにも理解不能だったために室内の温度が急激に下がった。
さすがに察した三嘉凪支部長は、咳払いを一つ。
「……と、とにかく、妖使いにはいくつものタイプがいる。妖使いとして認識できる妖使いは実はかなり少数だ。実際には妖使いとは認識できないタイプの妖使いの方が多い。普段認識できないタイプは、大きく分けると三タイプある。相手の妖使いを認識できるが自分が妖使いであると相手に認識させないタイプ。ショウケラや陰口。油澄ましなどがこれだ。ちなみに白瀧君の釣瓶火もこれに相当している。二つ目は一定条件下で妖能力を認識できる妖使い。水虎や河童。おばりよんなどもこれだな。前者二体は水の中でのみ、最後のおばりよんなどは能力の発動時にのみ妖使いとして認識が可能となる。最後に、自分も相手も認識できない妖使い。少々特殊だが、今来ていないが我等が係員である【思兼】がこれに当たる。能力だけが備わっているという妖使いで容易には探しだせん。この場合は匂いなどで探し当てることができるらしいぞ。思兼は臭いでも感知できんがな。妖使いは人と違う匂いがすると人面犬の妖使いが言っていた」
やばい、メモっとくの忘れて聞き入ってた……えと、最初はなんだっけ?
「次に妖使いという言葉に付いて。我々グレネーダーは彼らを【原住民】と呼んでいる。これは遥か昔にこの地へとやってきた人よりも古き者という意味合いが込められている。何故かと言えば最近では四次元婆やら十三階段などの都市伝説やら学園七不思議の妖使いが確認されているから、この言葉を使うようになったわけだがな。始まりはたった一人の人間からだったなんて説もあるが、真相はラ……」
なにかを言おうとした三嘉凪支部長を遮るように、小金川隊長がコホンとわざとらしく咳をする。
「まぁ、なんだ。そういう呼び方があるんで、上層部に報告したり始末書書くときは妖使いと書かずに原住民と書いてくれい。始末書の枚数が増えるから」
始末書……ねぇ。
ま、私には関係ない……わけないか。初日から遅刻だもんね。
「では、早速だが押している任務があるのでな、君たちにも手伝ってもらうとしようか。今回対象に指定されているのは【野衾】だ。我々の任務は捕獲。捕獲後は護送係に委託する手はずになっている」
「のぶ……すま?」
「斑鳩君は知らないかな? 誰か、新人で知っている人は?」
支部長の言葉に、他の二人が手を上げる。知らないの私だけ?
「【塗壁】の亜種とも呼ばれている山に住む妖だ。【百々爺】とも言われるな。突然通りかかった人に巻きついて害をなすとされているが、モモンガやムササビを指して呼ぶこともあるらしい。まぁ詳しい資料はこいつを見てくれ」
と、支部長から新人に配られる三枚綴りの資料。
一つ目には顔写真と名前などなどプロフィールだね。
ええと、名前は井上勇気。おお、勇ましそうな名前だね。
年は……43歳独身。うわ、なにこの顔。冴えない中年サラリーマンじゃん。
めくって二枚目の紙を見る。
犯罪歴ね。後、抹消理由……あにぃッ!?
痴漢!? 猥褻物陳列罪!? ただの変態じゃん。
私は顔を上げて支部長を見る。
「あの、この人……なんで抹消なんですか? 逮捕で済むと思うんですけど」
「そうだな。ただの痴漢ならばそれでいい。しかしだ。そいつは妖の能力を存分に使って犯行を繰り返している。その……なんだ。とある政治家の愛娘が被害にあってな。空飛ぶ逸物がどうのと錯乱してしまっているらしい。で、その父親などから抹殺願いがでているわけだ。気の毒と言うか、自業自得と言うか。まぁ、私たちの仕事は捕獲だ。社会的な抹消は政治家連中が自分の手でやるそうだから今回は気楽だな」
初めての事件がこれ? あ、はは……やる気が失せてきた。
私は溜息を吐きながら三枚目をめくる。
どうやら出没地域が書かれているようだ。そして赤い丸が三つ。
「三枚目の紙を見てくれ。今回我々が張り込む場所だ。小金川指揮官と白瀧副指揮官と、今回は人手が足りんので特別に私もでる。新人の君たちは私たち一人に一人づつ付いてきてもらい、先輩の行動をしっかりと見てもらうことになる。で、だ。今回君たちが行うのは捕り物でも抹消でもない。我々の動き方を肌で感じ、覚えてもらうことだ」
三人揃ってハイと答える。
「では配置を決める。第一ポイントは私と……ここからクジを引け」
と、黛隊員に右手を突きつける支部長。三本の紙が握られていた。
戸惑いながら引く。先がピンク色だった。
「当たりか。では黛君は私とこのポイントだ」
と、黛隊員に地図を差して教える。
「了解です支部長」
「次は小金川君と……」
支部長は残りの二本を握ったまま小林隊員の元に向かう。
無言で小林隊員が紙を引くと、先がピンク色だった。ん?
「では小金川君と小林君は……」
と、地図の一部を指して場所を教える。
「最後に、白瀧君と斑鳩君は、ここ、居酒屋【来やり】の前の道だ」
私の地図に指で指し示し、支部長は席に戻る。
近くにあったゴミ箱に手元に残った先がピンクの紙を……って、うをいッ!
全部ピンクじゃんッ! どれ引いても当たりですよそれッ!
「ん? どうした斑鳩君?」
ニヤニヤとした顔で支部長に指摘され、先程支部長が言った、彼の欲が部下イジメということを思い出す。
つまり、部下で遊ぶのが好きだということ。
理不尽な決め方に突っ込みたくても上司に突っ込むなんてできないというこの屈辱。
い、イジメだ。
これは……あの人と一緒になったら確実にストレスが溜まってしまう。
「い、いえ……なんでもありません」
右手がゴミ箱を指摘しそうになるのを堪え、フルフルと身体を震わせながらなんとか口にだす。
支部長の笑みが一層深くなった気がした。
「各自指定された場所に上官と到着すること。到着次第任務開始だ。普段は八時半から五時十五分が勤務時間だが、これから三日間は終了時間も上官に従うこと。それから、明日からはここに来るまでに制服に着替えるように。更衣室はこの部屋の左だ。男女とも部屋が分かれてるから注意しろ。今日は今から着てくれ。服は更衣室内に置いてある。では解散」
その号令を終えると、支部長が部屋を出て行く。
黛隊員も立ち上がり、後を追って出て行った。
彼女の椅子の上には、映画館でよく見るポップコーンの容器が空でちょこんと置かれていた。
しかもLサイズ。
さっきの説明中食べてたのだろうか? 餓鬼、恐るべし。
「では、小林だったな。付いて来い」
「分かりました」
続いて小金川隊長と小林隊員が部屋を出て行く。
結果、寝てるのか黙ってるだけなのか、全く動かない副隊長と私が残ることになった。
なんにしても、初日から私ツイてる? 副隊長と二人きりですよ。
ど、どうしよう、この日この瞬間で子供ができちゃうかもっ。
それで、それで私は憧れの副隊長の心臓を……じゃなくて。
「……えと、副隊長?」
さすがに妄想し過ぎるのもどうかと声をかける。
「……なんだ?」
一応、起きてはいるみたい。
「皆行っちゃいましたけど?」
「そうだな」
目を瞑ったまま、全く動く気配はない。
「……」
「……」
「行かないんですか?」
「今行ったところでどうせ見つからん。来るはずのないものを寒空で待つ必要はない。それと着替えるだけは着替えておけ。いつでも動けるようにな」
さいですか……
一人で行っても仕方がないので、副隊長と一緒に待つ。
あ~あ、せっかく副隊長に手取り足取り教えてもらってラブラブモード突入な感じに……なるわけないか。
言われた通りに着替えに向い、服を変えて副隊長の待つ部屋に戻る。
椅子に反対に座って背もたれに腕を置いて副隊長を見る。
服黒一色のまんまだし……やる気あるのかなこの人? ちょっと不安になってくる。
せっかく入隊できたってのに、なにもせず部屋で待ってるだけなんて。
絵本持ってくればよかったかなぁ……
はぁ~。せめて手ぐらい握って欲しいなァ。
抱きついちゃおっかな。心臓くださーい♪ って感じで。
知らず、溜息が漏れた。
名前: 三嘉凪 良太
特性: 悪戯好き
妖名: 素戔嗚命
【欲】: 他人への悪戯
能力: 【竜殺し】
竜、龍、蛇、蜥蜴系能力者に対し戦闘力が強化。
【身体強化】
石を投げると銃弾並みの速度を叩きだす。
【カリスマ】
悪戯をしても悪意を持たれることなく好かれる性質。
好かれることはなくてもそこまで嫌われなくなる。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




