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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第一節 赤嘗
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始まりの邂逅

「有伽ちゃ~ん」


 いつものように後ろから声がした。

 私は慌てることもなく振り返る。


「真奈ちゃん、よっち~」


 私の友達二人組み。

 律儀に他の子と別れた後で進路を変えて私に合流する。

 これはすでに一年以上続いている日課のようなものだった。


「えへへぇ~、今日も一緒に帰ろうよぉ~」


 目を潤ませて真奈香が擦り寄る。私は苦笑を洩らしながら頷いた。


「まぁいいんだけどね。ほら、歩きにくいんだから裾掴まない」


 裾にすがりつく真奈香を歩きながら振り払う。

 また掴まれる。

 もう一年以上やってるけど全く諦めようという気はないらしい。

 そんなに私の裾を掴むのが好きなんだろうか。


「ええやん有ちゃん。ラブラブやねんからそれくらい」


「だから、ボクは百合な人じゃないってば」


「有伽ちゃんってば~照・れ・屋・さん♪」


「違うって」


 T字路あたりで二人に振り返り、いつものように否定する。

 毎回毎回同じ様な台詞なので、相手も私も切り返し方は熟知していた。

 だけど、


「そういやぁ、この近くやんなぁ」


 唐突によっち~からきりだされた言葉。

 それは私の生活を危険に晒す程、凶悪な言葉だった。


「あっちだよよっち~」


 確かに、この近くだ。

 事件で話題になっている女の子の家。

 学校からの帰り道、家に帰る道から分岐したT字路で、真奈香は我が家と逆方向を指差した。


 多分、今も報道陣やら警察やらが詰め寄って少女の家族が、少女のように妖を使うかを調べているだろう。


「面白そうやん、なぁ見に行こうやぁ」


「え、いや、でも……」


 警察が居るってことはグレネーダーが居る可能性がある。

 もし、奇跡的にも見つかってしまったら?

 私は行きたくなかった。いや、行くべきじゃなかった。なのに……


「有伽ちゃん行こぉ~」


 好奇心からよっち~と真奈香が駆けていく。

 それだけならまだいいよ。でも真奈香。私の裾引っ張ったまま走らないでぇぇ~。伸びるからぁあぁあぁ。




 着いた頃には私の裾が無残に延びきった後だった。

 一張羅の制服が……酷すぎる。どうするよコレ?


 思ったとおりだ。

 少女の家に警察、隣の家にはまだ報道陣が詰めかけている。

 少女の母は突如襲った悲劇に泣くこともできず、隣人を怨むこともできず、ただ生気を失った顔で警察に対応している。事件のせいか元からなのか、やつれて見えた。

 疲れ果てた表情に、線の細い四肢が相まり、何時倒れてもおかしくない女性だった。


 野次馬が二つの家を取り囲むように扇状に広がっていたため、最後尾から三人してひょいと背伸びして覗う。

 なんていうか、対極的な隣人同士だなぁ。


 っと、あんまり目立たないようにこの辺りで止めとくか。

 視線を真奈香たちに向け、もう帰ろうと言おうとしたときだった。

 少女の家から誰か出てきたのが視界に映る。


 遠めに見た感じ、年の頃なら私と同期かいっこ下くらい。

 金色に染めたツンツン頭と頬につけられた絆創膏。

 やる気なさそうに両手を頭の後ろで組んでフーセンガムを膨らませている。そんな少年が警察に混じって家から現れる。


 でもってお偉いさんっぽい警察官がその子に媚びへつらっていた。

 少年を認識したと同時に、頭脳が告げる警鐘。瞬時に鼻が無意識に少年の臭いを嗅ぎ分けようとする。


 人ごみにまぎれて嗅ぎづらいけど、なんとか個人特定するくらいには私の鼻は高性能だった。

 なんだろう? 微かにだけど変な臭いが漂ってくる。あの少年……何?


 何度か嗅いだ不思議な臭い。

 そのたびに頭が警鐘を鳴らし、私はすぐにそいつらから遠ざかっていた。

 アレは近づいてはいけないものだ。と自分の中の何かが警告するからだ。


 今回も、君子危うきに近寄らず。と、足を元来た方へと向け、真奈香たちを放り出してでも帰ろうと振り向きかけた私。


 刹那、ゾクリと怖気が走った。

 敵意の視線が向けられた気がして思わず振り返る。

 合った。あの少年と……目が合った。


「おお、あの少年こっち見とる。真奈ちゃんどうしょう、また罪ない美少年をウチに一目惚れさせてもうたわ」


 凍るように冷めた目線で私を射抜く。

 猛禽類に獲物として見つけられ、舌なめずりをされたように、見つめられただけで全身から嫌な汗が吹きでてきた。


 怖かった。隣で冗談を言い合う二人が気にならなくなるくらい。

 本能が告げるのだ。

 こいつは……本気で危険だと。


 私は慌てるように走りだす。

 私を見ていた。あの野次馬の中で、私だけを、妖使いである私だけをっ。

 夢中だった。

 息をしてるかどうかすら意識の外で、ただあの場から離れようと、鞄を抱え走り続けた。




 ようやく自宅のあるマンションまでやってくると、ポストの群れに手をかけ、大きく息をつく。

 久しぶりに全力で走ったから汗だくだ。

 足もがくがくしているし喉もカラカラで死にそう。多分明日は筋肉痛だ。


 だ、大丈夫。追ってきてない。

 いや、そもそも本当に私を睨んでいたんだろうか。

 実際は本当によっち~を見てただけとか? 私の思い違い? 気のせい?


 そ、そうだよね。きっと気のせいだ。

 あんな遠かったんだし人沢山いたし、私の鼻程匂いを嗅げるわけじゃないし、認識されるわけないって。

 できても私が居た辺りに妖使いが一匹いるなくらいの認識だって。

 うん、そうだよ絶対。


 自分で安全を納得すると、少し気分が楽になった。

 真奈香とよっち~には明日謝っとこう。

 息が整ってくる。


 落ち着いた私は幾つもある郵便受けから自分家の奴に手を伸ばす。

 ダイヤル回して中身を拝見。

 愛くるしい顔をした女性が何人も写った紙が三枚。

 俗に言うピンクチラシ。私の一番嫌いなものだ。


 まるで自分の未来を暗示してるみたい。

 舌の絶技で指名率2百%突破! なぁんて無駄に自信がある。

 理由? 母さんが今もやってるし、遺伝って奴になるんだろうか。

 一番大きいのは妖のせいだ。死んでもこの仕事だけはやるモンか!


 202号室のドアの前まで来ると、鍵を取りだし、ふと、しまう。

 ドア開いてるし。なんて無用心な……


 臭いをかいでみる。酒臭い臭いに混じって中年男性の臭いが漂って来た。

 なんだ、先に帰ってたんだ。と、安心して家に入る。

 一瞬警察でもいるのかと驚いたけど、さすがに来るには早すぎだよね。


 ドアノブを回して家に入る。途端に充満した高濃度のアルコール臭が鼻につく。

 玄関口の酒瓶を蹴飛ばし、空き缶だらけの廊下を進む。

 うあ、中身こぼれてるのがあるし。靴下濡れたっ!


「おら、クソ親父、昼間っから酒飲んでんじゃねぇッ!」


 缶やらビンやら訳の分からないものやらが散乱する居間に押し入り、寝転がってる親に向かって尻を蹴飛ばす。痛そうに体を捻るが起き上がる気配はない。


 完全に泥酔してる。

 終いには自分のお尻に手を這わせ、ぼりぼり掻きだした。

 ダメだ。この泥酔物はもうどうしようもない。


 親父は数年前まで優しく働き者の、どこにでもいるような温和なお父さんだった。

 だけど、母さんがね、妖に目覚めてから、その……【欲】に負けちゃいまして、風俗商売にのめり込んじまったわけですよ。


 それだけでも親父の精神負担は重かったのに、私にも母さんと同じ妖能力が現れたと知ったとき、親父は壊れた。

 風呂掃除が面倒臭くて、本読みながらできないかなぁって思ったら舌が伸びた。それを見てしまった親父の壊れ方は……最悪だった。


 優しいというより他人行儀。

 親父の世界から、私は消されたのだ。


 朝起きたときなんか有伽さんおはようございます。なんて丁寧にお辞儀してくる。

 家を留守にすると、最初の半年くらいはどちら様ですかとか言われたりした。

 挙句、家族写真片手にこれが私の娘なんですよ、可愛いでしょ? とか私の子供の頃の写真を見せびらかす始末。

 本人に見せるとかなんの拷問だと思ったものである。


 それが何年も続き、すでに他人と住んでいるような感覚。

 いや、むしろ親父にとって私は他人でしかないのだ。

 母は母でニ、三年位前からこの家に寄り付かなくなったし、私の家族はすでに終わっているのかもしれない。


 それでも、親父を哀れと思う気持ちか、家族が元通りになると無駄な希望を捨てきれないのか、私は荒れるでもなく、内弁慶になりながらもこうして地道に生きている。


 ちなみに、母さんは私たちのことを忘れているわけではないようで、月一で学費やらなにやら生活費が百万単位で銀行に振り込まれている。

 元気でやってる証拠だ。


 その点だけはホントに感謝している。

 振り込まれた生活費を私と親父で半分づつ分け、私は学費や電気代ガス代などのために貯金したり浪費したり。

 親父はごらんのように酒代に費やしている。


 親父の分は四十万くらいこっそり私の貯金に回してるけど……まぁ、気づいてないから大丈夫。

 しっかし、起きないねこの泥酔物。

 仕方ない、先に部屋に行こう。




 最近、飲んでもいない酒の匂いが衣類に付きだした。

 この前学校の先生に疑われたから確かだ。

 私は酒なんか飲まないし、飲みたくもない。私、未成年だし。

 冗談でもビールなんか飲んだりしないですよ。

 私、良い子ちゃんですから。


 私服に着替え、ベットに腰かけると、脇に置いたカバンから三枚のピンクチラシを取りだした。

 しばらく眺め、でも……やっぱり欲望に負けた。


 躊躇うようにチラシをペロリ。

 舌で味わう紙の味は、はっきしいって不味い。

 けど、その中にわずかに付着している誰かの【垢】。

 そんなもの舐めるなんて、普通ならそう思うだろう。

 でも、こいつは妖特有の癖だ。


 例えばだ。

 妖が、ガシャドクロなら殺人願望、べとべとさんならストーキング。

 餓鬼なら飽食などなど、タイプによって欲望もさまざま。


 本人が望みもしなくとも、第四の欲求として抗うことができない。

 だから、趣味っていったら変だけど、舌に広がる垢の味が世界で最高級の幸せを運んでくれる。


 だって、私は【垢舐め】だから……

 人の垢を舐めて悦に入る。ただそれだけの存在。

 そんな力しか持たない低級の妖。


 何の害もなくただ舐めた場所を綺麗にして去っていく。

 いうなれば人畜無害。

 ま、そのおかげか五感は人より優れてるみたいだけどね。


 ただ、垢を舐めた後は、必ず自己嫌悪がやってくる。

 チラシを放り投げ、ベットに仰向けになる。

 パターン化しちゃってるな。なんて自嘲しつつ、天井を見上げた。


 ああ……きっと、このまま行けば母の歩いた道を辿ることになる。

 行き着く先は一生行かないと、絶対に行かないと心に決めたあの場所。

 でも……


「嫌だよ。あんな商売なんて私はやりたくない」


 小さな呟きは虚空に消え、後はただ、静寂が支配する部屋で、私はそっと目を閉じた。

 私が幸せになれる場所……どこかにないのかな。

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