抹消されないための戦い1
私はやっぱり甘かった。
行くわと宣言した常塚さんが、一直線に私に突っ込んできる。
風を切り裂く音を立てて鋭い爪が私の居た場所を薙ぐ。
一瞬早く真奈香が出した狐だかなんだかわかんない狗みたいな生物が私の服を咥えて後ろに引っ張ってくれたおかげで、初撃を交わすことはできた。
「座ったら死ぬわよ?」
腕を振り切ったままの常塚さんが尻餅をついた状態の私を見下すように睨む。
続けざまにナイフ付きの蹴り。
真横に転がって難なく避ける。
距離を取って起き上がった私に目もくれず真奈香へと走る常塚さん。
「行ってきてぇ」
真奈香の場違いな声とともに常塚さんの前に立ちはだかるなんだかわかんない狗みたいな生物……ええい、長いッ! ジャッカルでいいや。
真奈香の精神から作り上げられた精神体であるジャッカルは、物理攻撃が全く効かないという特性を持っているそうだ。
幽霊を殴ったりできないのと一緒だね。
対して精神に作用するもしくは同じ精神体による攻撃にはめっぽう弱い。
向かい来るジャッカルに薙いだ常塚さんの爪は、ジャッカルの体をすり抜けて空振り。
対するジャッカルは常塚さんに噛み付く。
強い……ジャッカル、強いじゃん!
精神体だからやられることはないし、こっちからの攻撃は相手に喰らう。
なんて頼もしい奴。同じ精神体使いの翼とは大違いだ。
あ、翼がくしゃみしてる。
右手に噛み付こうとしたジャッカルを振り切り、常塚さんが真奈香との距離をとる。
真奈香が満面の笑みで私に振り向く。
「有伽ちゃん、私勝てそうかも」
「いいよ、勝てるなら遠慮しないで」
常塚さんを戦闘不能状態に追い込んでも、その後で私がこしょわし作戦を敢行すればいいだけなので、問題はない。
しかし、見えた勝機を常塚さんの妖しい笑みが押し消していく。
「確かに、あの訳の分からない生物の思念体は厄介ね。あなたたちに近づくことすらできないわ」
「じゃぁ、試験終了でいいでしょ? ボクたちの勝ちだね」
「あら? 誰が負けなんて言ったかしら? ああ、そうだわ。あなたたちにはそれとは別に、一つ言ってないことがあったわね」
と、爪をだしたままの腕を私に向ける。
「飛ぶのよ……この爪」
ジシャッ
皮手袋から押しだされるように発射された三つの刃。
今まで爪でしかなかった鋭いものが、弾丸となって私に迫る。
やば、早すぎ……
とっさの出来事に体が反応しない。
真奈香も予想外の出来事にジャッカルを実体化させる暇すらない。
トストストスッ
嫌な衝撃とともに三つ立て続けに私の体に刃が突き立った。
両胸とお腹の部分に無情にも……
うそ? 私、死んじゃう?
「さようなら、高梨さん。お友達もすぐに後を追ってくれるわ」
どうしよう? だんだん目の前が暗くなって、真奈香の悲鳴が聞こえるような……
ごめん真奈香、私……
「たわけがッ、敵前で目を瞑るな阿呆ッッッ!」
隊長の怒声に慌てて意識を持ち直す。
目を開く。
大丈夫、私はまだ死んでない。
体に衝撃がまだ残るけど痛みはない。
血もでてる様子はないし、刃物が体に刺さってる感覚もない。
まだ、やれる!
「な!?」
初めて慌てる常塚さん。
そりゃそうだ。確実に再起不能になるはずだった私が無傷で生きてるんだから。
私だってびっくりしてるけど。
「何がなんだかわかんないけど、反撃チャンスッ! いくよ真奈ちゃん!」
私は当初の予定通りに走りだす。
涙を流して困惑していた真奈香も落ち着きを取り戻してジャッカルを走らせる。
「あなたがどんな能力を使ったかわからないけれど、爪はそれで最後じゃないのよッ」
ジャキンッと現れる新たな爪。
いったいあの皮手袋のどこにしまってあるんだか。
いち早く手前に来た私を爪で薙ごうとする常塚さん。
今までは不意を付かれてばっかだったけど、改めてよく見るとけっこう遅い。
腕力は私とあんまし変わんないとみた。
爪の重量に振り回されて体が振った方向に流されてる。
どう見ても戦闘のプロとはいい難い。
動きもまるでなってない。
隊長の動きに比べたらまさにウサギと亀って感じ。
これくらいなら避けるのも楽だね。
そう思った瞬間、トスッっという鈍い衝撃。
腹部を見れば、ブーツに仕込まれたナイフが私のお腹にめり込んでいる。
「あれ? 痛くない?」
「そういうこと……やってくれるわね柳ちゃん」
手ごたえのなさを確認した常塚さんがナイフを抜き取る。
遅れて私の上から跳んできたジャッカル。
上体を捻った常塚さんは、私に向かって中段蹴り。
私を吹き飛ばした衝撃を使ってジャッカルから距離をとった。
げほっ……けっこう効いた。むやみに突っ込むもんじゃないね。
「柳ちゃん、あなたの仕業ね」
少し機嫌が悪そうに、常塚さんが隊長を睨みつける。
しかし、隊長は全く気にせず、横の翼と会話していた。
「翼、親しい者の葬式にはいくらくらい持っていけばいい? 葬式には出たことがないのでな」
「適当でいいんじゃないですか? 美果のときは一万円くらい出す予定っスけど」
「なるほど、では有伽の時もそれくらいにしておこうか」
「だああぁっ! まだ死んでもないのに葬式の話なんかしないでくださいっ! 縁起でもないっ!」
「そんなことより柳ちゃんッ!」
「なんだ? 試験は終わったか?」
いつもの冷静な顔で私たちに振り返る隊長。
「防刃ベストを着させたわね。隊員が試験前に武具防具の受け渡しを行ってはいけないってわかっててやったの?」
防刃ベスト? ……あ。あのとき着た厚手のベストだ!
「さて、私は知らんぞそんなものは。どこで手に入れた有伽」
目元に意地の悪い笑みを浮かべながら、隊長がすっとぼける。
きっとあれは隊長が置いておいてくれたものだ。
このときのためにわざわざ。ありがとうございます隊長。
たぶん、のっぺらぼうに呼ばれていなかったなら、着るように言われていたことだろう。
着て来てよかった。隊長に感謝。
「まぁ、いいわ。ネタが分かればもう意味を成さない。次は顔を狙うだけ」
う、うわぁ、睨んでる。
恨めしそうに睨んでるよ常塚さん。
納得した常塚さんが走りだす。
私に向かって……ではなく真奈香に向かって。
「あなたは付けているのかしら?」
しまった。真奈香は防具なんて付けてない。
遠距離ならジャッカルも手がだせない。
「逃げて真奈ちゃんっ!!」
無防備な真奈香に……無慈悲な爪が発射された。
名前: 常塚 秋里
特性: ワーカーホリック
妖名: 思兼
【欲】: 知識探求
能力: 【ランダム知識】
脳内に突然知識が湧き起こる。
過去現在未来ありとあらゆる知識が手に入るが、
自分から特定の知識を引きだす事は不可能。
【並列思考】
複数の物事を同時に考えられる。
【高速思考】
一つの思考に絞ることで、
通常よりも早く思考を回転させる事が出来る。
【同族感知無効】
この妖に目覚めた者は同族感知ができない。
【認識妨害】
相手の同族感知に感知されない。




