あがくのっぺらぼう・そして覚醒へ
一応、書いときます。
※ グロ注意。
「どうなってんだこりゃぁ」
私の後から入ってきた翼が声を上げて呆れる。
真奈香とのっぺらぼう。
二人とも姿は真奈香。見分けなど付くはずもないほどそっくりな顔だ。
でも、私は臭いと背丈で区別が付いている。
これを言ってしまったとたんに翼はテケテケを発動させるだろう。
「のっぺらぼうさん、聞いて」
意を決して、私は私の考えを話すことにした。
「ボクには今、一人分、海外逃亡ができるだけのお金がある。それで逃げれば……」
でも、私の考えは翼の呆れた声に否定された。
「高梨、バカかテメェ? 追っ手はグレネーダーだぜ? 全世界中逃げ場なんてねぇよ」
ダメ……なの?
「何度も言うけどな、それができるなら俺は美果を連れて師匠の金で国外逃亡中だ。無理なんだよ。そういう妖専門のグレネーダーが追っ手になるだけだ。べとべとさんに濡れ女。あと、なんだっけか? まぁ何かしら追跡専門の妖使いが派遣されるな」
その言葉は、私の、そしてのっぺらぼうの最後の希望すら奪うには十分だった。
「冗談じゃねぇぞッ! 俺は死なねぇ、死んでたまるかよッ!」
精神的に追い詰められたのっぺらぼう。
せっかくの擬態も意味を成さず、右にいた真奈香が左の真奈香を引き寄せホールドする。
「おら、テメェら、それ以上近づくんじゃねぇぞ! こいつを殺しちまうぜ」
裾から折りたたみナイフを取りだし、真奈香の喉元に突きつける。
「真奈ちゃんッ!?」
私の声にぴくりと真奈香が反応する。
「あ、有伽ちゃんだぁ」
状況を理解してないような嬉しそうな声。
もしかして、今まで気づいてなかったとか? 冗談でしょう?
「動くんじゃねぇぞ、テメェもだよッ」
と、真奈香の首に腕を食い込ませる。
「あう。有伽ちゃん、ごめんね……」
なに? なんでこんな状況で謝ってますか真奈香さん!?
「有伽ちゃんの制服、変態さんに取られちゃった」
「俺は変態じゃねぇッ!? って、この制服あいつのなのかッ」
のっぺらぼうが着てる奴? 確かにサイズ的に合ってなくて今にもはちきれそうになっちょりますが……
後々新しいの買う事は確定だけど、今はそんな些末はどうでもよろし。
「そんなことどうでもいいのよ真奈ちゃんッ、今は動いちゃダメだからね」
どうしよう。二人とも助けるなんてできないの?
でも、このままじゃ真奈香が……
確かに真奈香には私が妖使いだとばれてしまっているし、嫌われてるかもしれない。
だけど、やっぱりのっぺらぼうさんと比べるなら、親友を助けたい。
にしても、あの娘、今の状況本当にわかってんのかな? かなり天然入ってるから心配になってくるよ。
「ねぇ変態さん……私、死んじゃうの?」
「あ? ああ、そうさ。あいつらの、高梨有伽のせいでなぁ!」
のっぺらぼうも真奈香の会話には毒気を抜かれたようで、慌てて語調を荒げて見せる。
「有伽ちゃん……の?」
……あれ? なんだこの空気?
唐突に、空気が重さを増した。
真奈香が押し黙る。
不気味な沈黙。
教室に張り詰めていた緊張という重い空気を、更なる重く冷たい空気が押しつぶしていく。
空気が凍る。シンと静まった周囲は、全ての音を無音に変える。
「有伽ちゃんの……せい?」
ザワリ。
空気が悲鳴を上げた気がした。
体中の毛穴が逆立つ。
なにこれ? なにか……なにか来る!?
思わう身震いしてしまう。
ここにいてはいけない。早く逃げろと赤舐めの本能とでもいうべきものが痛い程に私自身に危険を告げてくる。
「違う。これは……」
唐突に、私は認識した。いや、認識できてしまった。
のっぺらぼうのすぐ前で、巨大な妖使いの反応を……
新たな、妖使いの誕生だった。
「これは……お前のせいだ」
真奈香の口から発せられた言葉。
本当に彼女の言葉だったのかと疑うくらい、凍てついた声音だった。
真奈香が片手を振り上げる。
弾き飛ばされるのっぺらぼうの両腕。
真上へと吹き飛ばされ、ナイフも床に飛んでいく。
驚くのっぺらぼうに振り向く真奈香。
何かやわらかく、厚い物体を貫く小さな音がした。
ビクリ……のっぺらぼうが身震いする。
何をされたのか困惑するのっぺらぼう。
ゆっくりと視線を下げてゆく。
そして、自分の胸元にありえないものを確認し、驚愕に顔を歪ませる。
真奈香の腕が……のっぺらぼうの胸元を貫いていた。
見間違いじゃない。確かに貫いていた。
肘元まで食い込んだ真奈香の腕はのっぺらぼうの背を付き抜け、その手に赤い何かを持っている。
「……あ?」
のっぺらぼうから間の抜けたような声が漏れる。
真奈香が無言のままにゆっくりと腕を引き抜いた。
とさり……崩れ落ちるのっぺらぼう。
何度も痙攣し、口から血を零す。
なにこれ? なにが……起こった?
「お前が、私の有伽ちゃんを悪く言うことは許さない」
倒れたのっぺらぼうを眼下に見据えた真奈香は、手にした赤い物体を、自分の口元に持っていく。
ビクリ、ビクリと身震いする赤い物体。
あれって、まさか、心……臓?
ゆっくりと口を開く真奈香。
嫌だ。こんなの、違う……真奈香じゃないっ。
かぷりッ。食べ始める。
「な、なんなの、これ……」
「目覚めやがったんだ。のっぺらぼうの野郎、なんてもん覚醒させやがったんだ!?」
「な、なによ? 真奈ちゃんが……なんだっていうのっ」
「なんだっ……て? どうみたってA級の妖じゃねぇか。いや、人間の体を軽々と突き破るなんざAA級の化け物じゃねぇかっ」
そうだ。そうだよ。
真奈香の華奢な体で人体を初速度すらない片手で貫くなんて、一体どれほど肉体が強化されている?
うかつに近づけば、私たちだって。
いや、もしかしたら半精神体らしいテケテケでさえ危ういかもしれない。
「一端退却だ高梨。自分見失ってぼうっと突っ立ってる暇ぁねぇぞ!」
「退却? やっぱりテケテケでも危険なの?」
「危険なんてもんじゃねぇ。実際にAA級妖使いだった場合、師匠の話じゃ俺が戦えば確実に死ぬらしい。俺らの手にゃ負えねぇんだよ! それに……あいつは多分、精神体を操れる。俺が殺されかけた妖使いに似てんだよ!」
真奈香が、そんな妖使いだなんて……
「逃げるったってどこに?」
「うぇっ」とえづいて真奈香が口に入れたものを吐きだす。
でも、嫌々ながらもまた食べる。
何度も食べて、吐きだして、吐き出したものも口に入れて。
ようやく全て食べ終えた真奈香がゆらりと歩きだす。
「やべぇ、こっちくるぞ高梨」
私の腕を引っ張る翼。私は視線だけ真奈香に向ける。
「有伽ちゃん……」
にたりと血塗れの口元を歪め、私の名前を口にする。
一瞬、私は立ち止まる。
もしかして……真奈香は意識があるの?
近づこうとした瞬間、窓から飛び込んできた黒い足。いや、黒い靴を履いた隊長の足。
真奈香を後頭部から蹴り倒し、教室の中に着地する。
「師匠ッ!?」
「行け翼ッ! 有伽を連れて下だッ!」
私が何かを言うより先に、翼が私を連れて走りだす。
真奈香と隊長を残したままに、私たちは学園から逃げだした。
名前: ???
特性: 直情思考
妖名: のっぺらぼう
【欲】: 相手を驚かす
(相手は動物でも可能)
能力: 【顔変化】
見たことのある顔に変化する。身体は変化しない。
【能面化】
眼も鼻も口もない顔になる。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人のよって範囲は異なる。
【認識妨害】
相手の同族感知に感知されない。




