あがくのっぺらぼう・後編
「ねぇ翼……」
のっぺらぼうの臭いを追いながら歩きだした私は、同じように隣を歩く翼に聞いた。
「なんだよ?」
「のっぺらぼうさん、やり直すって……償うって言ってた」
「そうかよ」
「グレネーダーに……」
私の提案を聞くより早く、翼は首を横に振った。
「だめだ。ああいう手合いを上層部は受け入れねぇよ。自分たちが危険にさらされるような輩を懐には入れやがらねぇのさ。ほれ、俺みたいに妖の攻撃に条件付だったり、人間としてできた奴だったら別だけどよ。あとは、余程強力な手綱でもあれば、だな」
忌々しい表情を浮かべ、翼が吐き捨てる。
憎悪すら篭ったその言葉は、翼の上層部への恨みが込められているようだった。
「顔の変えることができるのっぺらぼう。上層部の誰かに成りすまし内側から破壊することすら可能になる。警察、国すらも自由に動かす人物に成りすますことだってできるんだぜ? あいつがそんな大物の顔で高梨を殺せとかいってみろ、国中の人がお前を殺しにくるんだ。核のボタンだって自由に押せる。そんな危険な妖使いを入隊させられるかよ」
私を殺すっていう例えはともかく、確かに裏切られたら大変だ。
のっぺらぼうはすでに彼女に振られて銀行強盗という行為をやってのけている。
直情型思考の彼が上層部の命令にいつまで従順にしているだろうか?
能力は重宝するモノだけど、自分たちに従わないなら不要だと判断しても仕方無いだろう。
「美果も、頼んでみたんだ。庇うのならお前も犯罪者だなとか言われちまったよ」
悲しそうな顔の翼。悲痛すぎるその表情に私にはかけられる言葉もない。
出雲美果は人魂を操ることのできる妖使い。
人魂とは霊魂というものらしくて、生きている人間にもある。
人魂の妖使いはその生きている人間の霊魂すら人魂にできるという。
つまり、相手の知らないうちに魂を抜いてしまうことができるのだ。
そんな妖使いが殺人願望にでも目覚めてしまえば、凶悪な殺人鬼と化してしまう。そんな返答が上層部から返ってきたそうだ。
当時の翼はすでに自分の望み、出雲美果の身の安全を上層部に伝えた後だった。
だから隊長と同じように自分が入隊時の上層部への要求として、出雲美果を迎え入れることができなかったらしい。
それに加えて陰口による噂。
出雲美果は私と同じように抹消対象になり、同情、交渉の余地なしと判断が下された。
私の時のような矛盾を指摘できなかったこともあって、結局翼による抹消という最悪の結果に至った。
身の安全は保障されているが自分から問題を起こした以上抹消しなけれ国民に被害が及ぶ。
とまぁ御上様は思った以上に国民守護思考で堅物だったわけだ。
「あ、あそこに入ったみたい。3‐C」
重い空気になってしまったので、苦し紛れに教室を指差す。
「おし、お前は後ろで目を瞑ってやがれ、俺が仕留める」
翼なりに、金山幸代の死を私が見てしまったことに後悔を感じていたのかもしれない。
私だって見たいわけじゃないから、それはありがたい申しでだった。
けど、私はそれを受け入れなかった。
「ボクのことは気にしないで……大丈夫だから」
まだ、望みがあるんだ。
グレネーダーに入れなくても、海外逃亡。亡命する道がある。
だから、まだ交渉できる。
彼を逃がすんだ。翼の隙を付いて。
別に裏切るわけじゃない。
だってそうでしょう? 翼は殺さなくて済むし、のっぺらぼうも死ななくて済む。
一石二鳥、最高のハッピーエンドじゃない。
私はすでに陰口の仕業ということで冤罪であることが証明されているはずだ。
のっぺらぼうを抹消できなくてもなんら問題はないはずである。
でも、教室にいたのは……
「師匠ッ!?」
白瀧柳宮が教室の中心に佇んでいた。
「この教室に奴が入ったところまでは追えたのだがな」
「テケテケッ!」
とっさに翼が妖を発動させる。
「翼、待っ……」
翼、ダメ、この隊長は……
隊長の背後に出現するテケテケ。振り上げる鎌。
隊長が気配に振り返る。振るわれる鎌。
隊長の首が飛ん……
ガギンッ
え? ガギン?
一瞬ブレた視界の中では、隊長の腕にパイプ椅子。
パイプに阻まれた鎌は座部の板を削り、隊長の頭の少し上を裂いていた。そのまま片足を軸にした隊長の回し蹴り、テケテケが机を巻き込み窓下の壁に激突した。
「ずいぶんな挨拶だ阿呆弟子め。思わず巻き戻してしまったではないか」
どうやら一瞬早く過去に戻れた。ということだろうか?
なんにせよショッキングシーンにならなくて良かった。
一瞬凄い凄惨なシーンが見えた気もしたけど、すぐに忘れてしまおう。
「テケテケが……クソッ、のっぺらぼうめッ! いい動きしやがるっ」
あ、あれ? まだ気づいてないの翼?
もしかしてのっぺらぼうが化けてると思ってたりする?
「隊長、真奈ちゃんは?」
テケテケを躱されて焦る翼を押しのけて、私は隊長に歩み寄る。
「家に送ろうとしたが、有伽に話があるらしい。先ほどの教室で待っておくように言っておいた」
「隊長はボクの妖気辿って先回りしたんですね」
「うむ、反対側の階段を上がってきた。後を追うよりはこちらのほうが近か
ったからな。しかし、そのせいで酷い目にあったものだ」
と、翼に視線を向ける。
たいして危険ではなかった気がしないでもないんですけど。
まぁ、確かに一度死に掛けたようにも見えたよ。
能力使ったおかげで助かったみたいだけど。
「た、高梨。この師匠ってもしかして……本物?」
「へ? わかんなかったの?」
あ、青ざめた。
「す、すいませんでした師匠ッ!」
即座に土下座する翼。余りに身体を素早く折り畳んだせいで空中土下座っぽくなったが、すご、翼の土下座、本当に申し訳なさがにじみ出ている。
これは隊長でなくてもついつい許したくなってしまう。
「うむ、仕方なかろう。今回は一週間、餓鬼の食事作りで勘弁してやる」
「うげぇ、それだけは……」
餓鬼ってのはたぶん妖使いのことだろう。
常にお腹を空かせているので際限なく食べ物を食べ続けているというのをテレビでやってた記憶がある。
確か一日で新装開店レストランを閉店させて番組打ち切りになったという伝説の番組だ。
「冗談だ。確かに本来なら撲殺してやりたいところだが有伽に免じ今回は許す」
「ボクのおかげだぞ、翼」
「なんでだよ?」
さぁ? なんでだろ?
「さて、のっぺらぼうはどこだ有伽」
「あ、そうそう、この教室に入って……」
私は教室の中の臭いを嗅いでゆく。
そして、窓へと向かうのっぺらぼうの残臭。
窓は閉まってるけど鍵だけは開いているようだ。
外側から几帳面に窓を閉めて行ったらしい。
鍵は閉められなかったみたいだけど。
追われているのに変に余裕あるなのっぺらぼうさん。
「ここ降りてったみたいですね」
「下は……2‐Cか」
あれ? それって私のクラスじゃん。なんだろう嫌な予感が……
隊長たちを置いて、私は走りだす。
3‐Cの教室を飛びだし階段を一足飛びで駆け下りる。
2‐Cの教室に飛び込んだ瞬間、私の予感が正しかったことが分かった。
目の前には互いに見つめ合う真奈香が二人。
そう、二人いた。
名前: 白滝 柳宮
特性: 健康マニア
妖名: 釣瓶火又は茶袋とも
【欲】: 既に書かれた日記を読む
能力: 【巻き戻し】
自分に対する攻撃を巻き戻し無かったことにする。
(意識を飛ばす程の致命傷には無効)
【やり直し】
他人の過去を一度だけやり直させる。
身体の一部に触れて貰い、
やり直したい過去を強く思うことで発動。
(翼は既に使用済み)
【過去改変】
自分が関わった相手の過去を変化させる。
相手に負わせた傷を治すなどの行為が可能。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人のよって範囲は異なる。
【認識妨害】
相手の同族感知に感知されない。




