放課後の一幕
「知っとる? また妖使いでたらしいで」
「知ってるよぉ。朝ニュースでやってたぁ」
「マジ? ちょ~最悪じゃん」
「でも最近多いよね妖使い絡みの事件」
オープンカフェでテーブルを囲み、私たちは会話していた。
周囲は昼食の時間帯のせいかテーブルが込み合い、メイド服を着た店員さんが注文取りに奔走している姿が度々目に入る。
私たちが座れたのは奇跡に近かった。
丁度来たときに席が空いたので、喜び勇んで座り込み、そうこうするうちに待合席に収まりきらず、入り口に行列が出来だした。
ほんの二、三分の違いだったように思う。
空は何時にも増して快晴。外での食事に最適だ。
かくいう私も陽気な天気に誘われて、有意義な日曜日を過ごすため、友達とくつろいでみようなんてやってきた訳なんだけど……
「ほんと、私たち一般人を巻き込むなってゆ~のよ、ねぇアッキ~?」
呆けた顔で店員さんの働く姿を見つめながら聞き手に回っていた私に、友達の一人が聞いてくる。
話を振ってくるのは嬉しいんだよね。
でもこの手の会話は好きじゃない。
だから曖昧にうなずいておく。
正直、こんな気持ちのいい日にする会話じゃない。ものすごく気が重くなる。
「でもさ、友達に妖使いとかいたら嫌だよねぇ」
ビクリと体が震える。不意打ちすぎて焦った。
気づかれなかった……よね。
「ホント、ウザいよね~。死んでってカンジ?」
愛想笑いを浮かべつつ、私は心の中で溜め息を吐く。
何時の頃だったろうか?
唐突に妖使いという人種が現れ始めた。
超能力者や奇術魔術の類でなく、ある日突然力に目覚め、力の使い方を知り、妖使い同士で認識できるようになる。
しかも、この症例、日本人以外では起こっていないという。極めて不可思議な奇病……いや、人種だった。
初めはたった二人の人間が覚醒しただけ。
雑多な人込みの中で、突然相手を認識できる。不思議な力の使い方が記憶に湧き上がってくる。
そんな二人はTVで有名になり、やがて似たような者が各地で確認され始めた。
発現は本当に唐突。生まれたばかりの赤ん坊から死ぬ間際のご老体に至るまで、いつ目覚めるかは誰にも分からない。
家族そろって同じ妖に覚醒することもあれば、全く違った妖が覚醒することもある。家族の誰かが妖だと判明しても、家族ぐるみで覚醒するとも限らない。
ただ、新人類の誰もが、昔日本にいたとされる人以外のモノ……【アヤカシ】に似た能力を持っているということから、【妖使い】と呼ばれるようになった。
別に新しい人種というだけなら大して問題ではなかった。
問題……それは彼らのほとんどが、一般人の脅威となりうる力を秘め、妖特有の癖。即ち【欲望】を持ってしまうことだった。
例えば、ガシャドクロという妖使いになった少女が数年前に大量無差別惨殺事件なんてものを起こした。
当時は妖使いを名乗る人が不思議な力を使ってる番組が放映されていたというだけで、大した関心はなかった。
種も仕掛けもなく炎を吐いたり、動物と話をしたり、何分間で風呂を掃除できるか競争など、いろいろな放送が流されていた。
マジシャンと似たようなもの、程度の認識だったのだ。
でも、少女の事件がきっかけで、世論で妖使いの悪評がささやかれ、今までニュースにすらなっていなかった、妖使いが起こした小さな事件が次々にニュースで放映されるようになる。
きっかけの事件は当然犯人が捕まったけど、当時六歳の少女。
品行方正に育てられていたはずの彼女は、唐突に周囲の人が憎くて憎くてたまらなくなった。
そしてサバイバルナイフを買い、ある有名な名所で殺戮を始めたらしい。
今でも【大阪城の惨劇】としてニュースで特集を組まれている。
ニュースのキャスターが真面目な顔で告げていたのを覚えている。
「あいつらを斬らなければいけなかったから」
少女が警察で自白した時の供述だった。
日本に昔いたらしい妖の中で、ガシャドクロと呼ばれる妖は、死んだ人の憎しみから生まれる怨霊だという。
少女はその、人を憎むという性質を性欲、食欲、睡眠欲という三大欲求と同程度の欲求として持ってしまったせいで、このような事件を起こしてしまった。
と、妖専門の学者たちが学会へ発表し、日本中が騒然となった。
隣に危険人物が居るかもしれない。
国民の不安が高まる。
それは変質者や殺人者などの犯罪人ではなく、自分たちとは全く違った異物に遭遇する感覚。
恐怖は人知れず伝染し、首都で暴動が起きた。
人間による妖使い廃絶運動。
これによって妖使いへの国民不安を危険視した国の重役は国会で対策を練り、妖専用特別対策殲滅課。通称【グレネーダー】という部署が警察署に配置されるようになった。
だけど、ここでも問題が起こった。
妖使いだって人だから、警察としても誰が妖使いかなんて分からない。
だから、グレネーダーは国から生存を認められた妖使いが就職することになる。
彼らの妖同士が認識できるという能力と、その人並みはずれた超人能力がなければ、妖使いを一人捕まえるだけで警察の被害が甚大になってしまうからだ。
いわば同族殺し。
そして生きるための免罪符。
グレネーダーになった妖使いたちは、自分たちが生き残ることに必死だから、まんがいち一般の妖使いはグレネーダーに正体がばれたなら……
どんな能力を持つ者であれ、妖使いというだけで格好の抹殺対象になってしまった。
発見されれば犯罪者と見られる白い視線。殺されてしまえば邪悪な妖使いのレッテル。
生前どんなに善行をこなしていたとしても、なんの迷惑もかけていなくとも……一瞬にして逆転する人の評価。死んでからも永遠に蔑まれ。やがて綺麗さっぱり社会から忘れられる。
一般の妖使いに人権がなくなった。
居場所がなくなった。
妖使いは自分の正体を隠すため、日々周りを気にしながら生きなければならなくなったのだ。
そう、普段何気なくしている今のような会話でも、気をつけなければ誰かに気づかれてしまうように、言動一つ一つに気を使う。
妖使いたちにとって友達と話をすることすら死活問題になったわけだ。
「そういやテレビ見た?この近くで死んだ妖使いの話」
友達の言葉で我に返る。
すでにカフェを後にして帰路に付いているところだった。
この思考に没頭する癖は治した方がいいかもしれない。
「そういやそんなこと言ってたっけ?」
「私会ったことあるよぉ、同じ学校の女の子でしょ」
「マジなん? 真奈香よく生きとったね~」
「普通の女の子に見えたんだけどなぁ」
通報したのは隣のおばさんらしい。
まるで強豪高相手に奇跡的なノーヒットノーランで試合を終えた高校野球ピッチャーみたいに得意げな顔をして、インタビューに受け答えしていた。
対する少女の母親は、世間様に平謝り。
少女は何もしていない。ただ隣のおばさんが通報したら本当に妖使いだっただけ。
ただ生きているだけで殺されて、ただ在るだけで罵られる。
それが妖使い。
はたして、何の力も持たない一般人と、無駄に妖使いになってしまった小市民。どちらが可哀相なのか。
「じゃあ、ボクこっちだから」
そう言って私は友達たちと別れる。
雑多な人ゴミに紛れて独りになると、知らず溜息が漏れた。
私はただいま十四歳。
鮠縄付属中学のか弱い女子中学生である。
髪は短髪。肩までかからないくらいを目途にしてボリュームだけを次々加えていった結果、左右で同時に短いポニーテールができるようになった。
友達にはプチツインテールと言われてる。
髪は活発さを見せられるようにわざと赤く染めている。
服装検査の時に自毛ですと言い張って一週間。
先生に口で勝利を収めたのはいい思い出だ。
以降、先生は髪について何も言わなくなった。
ときどき冷めた目で見られてるけど。
良く話す友達は真奈香とよっち~。
他の女友達はよっち~とセットって感じかな?
一応、男友達もいくらかいないではないけれど、話で盛り上がるくらいでどこかに誘われたりとかは今の所全くない。
それは……まぁ、大部分があいつのせいなんだけどさ。
とにかく、私はみんなと楽しい学園生活さえ送ってければ何の不満もない。
普通に暮らしていけたならそれだけで満足だ。
居場所があればそれでいい。でも……
妖。その力は私にもある。
そう、私、高梨有伽も妖使い。
妖使いである以上、本当の意味での友達なんていやしない。
正体がばれてしまえば途端に崩れる脆い絆。
後に残るのは怨嗟と蔑み。カフェでの会話がその証拠。
それでも、人としてさえイジメや虐待なんて受けたくないから、明るく元気で取っ付きやすいをモットーに生きている。
だから、他人といるときはボク、一人きりのときは……私。