乱戦2
なんだかわかんないけど、一つだけ言えることがあるならば、今、目の前で殺人が起こった。
井沢あらたが私たちじゃない誰かに殺されたのだ。
「て、テメェか、あらたヤッた奴はっ!」
犯人を見つけたらしい鮫永が叫ぶ。
その視線の先には誰も居ない。いや、遥か遠くにビルが見える。
その胸元に、一瞬何かが通過する。
私がそれを認識したとたん、彼女は胸から血を噴出し命を終えていた。
「ど、どうなってんだ?」
「あうあうあうあうあう」
慌てた翼と真後ろから私に抱きついてきた前田さんの震える声が被さる。
一体何がおきたのか分からない。
でも、次の瞬間起こった出来事はしっかり理解できた。
突然真奈香の手が私の目前に突き出される。
何かを握り込むように突き出された腕そのままに、真奈香は遠方を睨み付ける。
真奈香が力を緩めるように手を開くと、潰れた鉄の塊がぽたりと落ちた。
「有伽ちゃんを撃ったな……」
真奈香から、まるで仇敵にでも会ったような冷たい呟きがもれた。
私を突き飛ばすように翼に預けると、鮫永が見ていた方向へと駆け出した。
私が狙われたのだ。
あの二人の後に私が殺されようとしていた。
認識した瞬間、思わず身体が震えた。
真奈香だけは敵の攻撃が見えていたから反応できた。
そして、そして私を狙った相手を殺すため相手に向かい走り出したのだ。
つまり……その、何がいいたいかと申しますればですね。
私たち、完璧嵌められました。
ええ、そりゃもう隊長消えた辺りから策略だったなんてそんなこと、私たちが理解できるわけありませんって、ねぇ。
「彼女たちがいると交渉に面倒そうなのでね」
私たちの後ろから、その声の主はやってきた。
謀ったように現れたそいつは、振り返った私たちにやぁと手を上げる。
そいつは、まるでテレビに出ているアイドルのような整った容姿を持った少年だった。
「全て俺の読み通りに事が運んで嬉しいよ。さて……」
現れたのはファー付きの黒い革ジャンみたいな服と黒ズボンをラメ入りの太いベルトで止めている男だった。
年の頃は高校か大学生といった具合。十代なのは確実だろう。
イケメンという部類に入る整った顔と華奢な体つきは私より少し高い身長を際立たせ、どうしても長身に見えてしまう。
高いったって2、3cmくらいなのに。
隊長が提出してきた書類の中に彼の写真は無かった。
つまり三嘉凪なんとかさんの関係者でなければただの部外者だ。そのはずなのだ。
「君が高梨有伽でいいのかな?」
名指しで私を指名? もしかして告白されたり!? うっわどうしよ。
かなり好みの顔なんですけど。っていうかなんで私の名前を知っている?
「は、はい……そうですけどあなたは?」
不安感を募らせながら彼の言葉を慎重に解析しようと努める。
一体何者なのか、何が目的なのか、少ない言葉こそ真実が隠されているから。
今まで周囲に妖使いであると隠し続けてきた頃の息苦しい生活の中で培った私の特技だ。
ちょっとだけ、彼氏ができるかもと期待してるけど。
「俺は紅月止音。君を迎えに来たんだ」
さあおいでと手を差し出してくる。
にこやかな笑みに思わず手を取りそうになって思い留まった。
「質問に答えてないよ。あなたは……何のためにボクを迎えにきたの?」
止音は私の質問に意外そうな顔をして、次の瞬間吹き出すように笑い始めた。
「いや、すまない。思った以上に警戒心は強いらしい。静香の話じゃ俺の笑顔一発で付いてくるって言われていたが、これはなかなか骨が折れそうだ」
静香? 他にも仲間がいるってことよね。
今の話を推測した限りでは一般人という線は消えた。
後は敵か味方か。それだけだ。
いや、翼たちまで警戒してるところを見るとグレネーダー仲間という可能性もなさそうだ。
「俺たちのチームに名前はまだないんだ。しいて言うならうつけと愉快な仲間たちって所かな? 君に近づいた目的は簡単だ。俺の日本改革を手伝ってほしいんだ。その【黴】の力を使ってね」
【黴】という言葉を口にする瞬間、ニタリと笑みを浮かべる止音。
その笑みは不敵でありながら人を惹きつける何かがあった。
かくいう私も思わずついてってもいいかなとか思いそうになったけど、一瞬早く我に返って彼の言葉を脳内で整理する。
「日本改革?」
「今の日本は妖使いに対して厳しいと思うんだ。妖使いを人より上の位にとまでは言わないから、せめて対等の関係に持ち込みたい。俺たちはそういう集まりだ。なにぶん新設なんでね、人数が少ない。今は俺と静香、和樹の三人だけだ」
なるほど、民間の妖使いが手を組んで妖使いたちの生活水準を上げる主張をしたいってわけだ。
でも、なぜ【黴】を欲する? そしてなぜ私が【黴】を持っていることを知っている?
「【千里眼】ってのは知ってるよな? 俺のとこにもそいつがいる。静香って奴なんだがな。鹿鷹聖良が死ぬ前から【黴】について探ってたんだ。彼女は本来、俺たちの仲間に入る予定だったからさ」
【千里眼】とは離れた場所にいる人物や物を見ることができる妖使いのこと。
千里離れた場所の情景を見れることから【千里眼】と呼ばれている。
「今は君のフィアンセを陽動しているため会わせられないけどね」
フィアンセ……って真奈香のことか!?
「誰がフィアンセですかっ!? 真奈香とはこれっぽっちも付き合ってません! 私はいつでも彼氏募集中ですよ!?」
「あはは。ご冗談を」
ご冗談!?
「静香の奴も君に会うのを楽しみにしているんだ天然のジゴロってのは怖いね全く」
「いや、私女の子ですし、ジゴロってなんですかね。ってかいつの間にかまた増えてるんですかっ」
なんだろう、今すごくビルの屋上から飛び降りたい気分です。
「あ~、盛り上がってるとこ悪いんだがよ……」
頭を掻きながら翼が割り込んできた。
すでに緊張の糸は切れているようで目に警戒心は浮かんでいない。
でもその代わり、
「テメェの志って奴は確かにご立派だ。でもそいつに【黴】がなぜ必要だ? テメー肝心なこと省いてんだろ。しかもためらい無く二人も殺りやがったな」
翼の目には警戒の代わりに敵意がありありと見えていた。
「高梨はテメェなんぞに付いてきゃしねぇ。俺がさせねぇよそんなこたぁよ」
言うが早いか止音の背後に生まれる下半身の無い女。
翼の妖能力テケテケだ。
振り向いた相手を自動的に口にした鎌で斬り殺す能力。
「ふむ。志倉翼【テケテケ】使いか。この能力はこれで面白いが……俺の理想には無駄だな。君は要らない」
不遜な態度の止音はテケテケには見向きもせずに私に再び視線を走らせる。
「スマホは持ってる? 080の○○△△××□□だ。登録してくれ」
「はい?」
「俺の携帯番号。スマホじゃなくて悪いね昔の携帯の方が好きなんだ。長持ちだしね。それで、もしも俺たちの仲間になりたいときはいつでも連絡してくれ。俺たちの方からは連絡は取らない。君自身が来たい時に来ればいい」
「おいテメェ、俺を無視してんじゃねぇぞっ」
激昂する翼。
しかしその内心は焦りでいっぱいなのが私には分かった。
相手に見破られている自分の能力、役に立たないことを突きつけられているのだ。
私を助けると言いながら自分がそれをできないことを翼自身が理解した。
せめてと前田さんにフォローを頼みたいところだが、彼女は震えて私の袖掴んでいるため役に立ちそうにない。
「さて、俺はそろそろ帰るとするよ。和樹の力がそろそろ切れるから皆戻ってくるだろうしね。ああ、一つだけ君に言っとく。俺を抹消対象に指定しようなんて思わない方がいいぜ。いろいろ後悔することになる」
最後の最後に翼に話を振り、そのまま私たちに向かって歩き出す。
「じゃあ、待ってるよ」
私の横を通り過ぎるとき、耳に囁きかけるように一言残して去っていく。
生暖かい吐息が耳に入ってきて思わず「ひゃんっ」と悲鳴を上げてしまった。
ちょっとトキメキかけたしっ。
踵を返さずこっちに向かってきたのはおそらく【テケテケ】のせいだったんだろうけれど、憮然とした態度で向かってこられるとついつい緊張してしまう。
止音が去ってしばらく。
範囲から相手が出てしまったらしく【テケテケ】が戻ってくると、ようやく翼から力が抜けた。
「ったく、なんだったんだあいつ」
「わかんないけど【黴】を狙ってる新勢力なのは確かだね」
翼に答えながら携帯電話に番号を登録。
「って、お前な、なんであんな奴の番号登録してんだよ?」
「決まってんでしょ! イケメンってのはね、携帯番号と写メ持ってるだけで女の子としての株を上げてくれるのよ! 完っ全に覚えたわ、この番号!」
特に女の子同士では知り合いに顔と性格の良い男子がいるかどうかで肩身が違ってくるのだ。
特によっち~繋がりの友達たちはこういうのが好きだからいろいろと重宝する。
「お前って悲しい女だな……」
うるさいっ。私の周りはただでさえ女の子率が高いんだ。
イケメン男性は貴重な存在なんだぞ! 人類の宝なんだからなっ。
「でもアレだな。あいつ計算どおりとか言ってたけどよ。師匠がいなくなったことで俺ら分断されたわけだろ? それってつまり師匠が騙されたってことか?」
それは無いと思う。隊長が追っていったのは川辺鈴とかいう女性だ。止音たちとは無関係のチームであるはず。そういえば止音のチームには千里眼以外にもう一人いたね。そいつの能力が関係あるのだろうか? 能力切れるとか言ってたし。
争奪戦参加者
グレネーダー
白滝柳宮 小林草次 志倉翼
前田愛 高梨有伽 上下真奈香 斑目稲穂
反グレネーダー
三嘉凪良太 川辺鈴 伊吹健二 出雲美果?
危険妖保護の会
霜月風次郎 霜月氷夏 霜月炎太郎 式森原成
妖抹消委員会
小笠原公一 切桜恋歌
死亡 井沢あらた 鮫永芳
うつけと愉快な仲間達
紅月止音 静香 和樹




