乱戦1
買出しメニューはカレーだった。
やっぱり全員で作るとすれば長持ちするカレーは一番よい食べ物だろう。
一昨日がカレーで昨日は残ったカレーだったという事実もありますがね、別に私はいいんですよ?
そんな三日連続カレーは止めてくれとか駄々こねたりしませんて。私、良い子ちゃんですから。
野菜類は隊長が高港支部で自製栽培しているものを使うそうなのでカレールーとご飯を買い、翼がお菓子コーナーでポテトチップスを買い漁っていたので私と真奈香も一つづつ買い込んだ。
当然隊長に怒られた。
しかも私たちが怒られてる間に小林さんが最中の詰め合わせ、前田さんが箱型のアイスを籠に入れて自分たちでさっさと会計を済ませていた。
後で怒られていたけどすでに買ってしまったものはどうにもならないと小林さんは居直っていた。
今回は小林さんの作戦勝ち。
隊長も仕方ないなといいながら私たちのお菓子もついでに買ってくれた。
「ところで、醤油やソースは分かるが卵を買ったのは誰だ?」
「それ私」
稲穂がわざわざ手を上げて答える。
どうやら稲穂は卵カレー派らしい。
確かにおいしーよね、カレーライスに醤油と卵。
味がマイルドになって……私もそれにしようかな。
お店を後にしてぞろぞろと帰路に着いていると、不意に隊長が歩みを止めた。
周囲は買い物帰りの主婦や井戸端会議中の主婦や自転車で子供を前後に乗せた主婦……とにかくお母さんだらけで賑わっている。
街中で国道も横を走っているので車の通りもそれなりにある。
歩道には等間隔で百日紅っていうのかな? なんだかスベスベした幹を持った木が植えられていて、根っこの辺りには放置自転車が置かれていたりする。
隊長が立ち止まり注視しているのは、前方のビルとビルの間だった。
よくよく見れば一人、セーラー服を着た紫色の髪の少女がうつむき加減で背もたれているように見える。
私が気付くと少女は顔をゆっくりと上げて隊長に視線を向ける。
ニタリと笑うと路地裏へと消えていった。
「すまん小林、全員を連れて先に帰っていてくれ」
一言呟き隊長が走り出す。手にしていた荷物は全て小林さんに放り投げていた。
驚いた小林さんは慌ててそれを受け止めるが、卵だけは暴投の衝撃に耐えられなかったようでぐちゃりと空しい破壊音を鳴らしていた。
「……殺す」
んなもんだから卵カレーを楽しみにしていた稲穂がカッターナイフを取り出し小林さんを睨み付ける。
「ち、ちょっと待て斑目君」
チキチキと伸びるカッターに小林さんも思わず生唾を飲み込む。
稲穂が構えた瞬間、小林さんは荷物を翼に投げ渡し即座に逃げ出した。
残された私たちは一体どうすればいいのか分からずその場に取り残される。
「あー、とりあえず俺らだけでも帰るか」
翼が代表で口を開くと、前田さんが賛成。
私としては隊長が気になるけど……まぁ仕方ない。
私が行ったところで意味は無いだろうし。
今ここに残されたのは翼と前田さんと私と真奈香。
襲われたとしてもまだ真奈香がいるから安全性からいえば十分だ。
小林さんも斬られる心配はあるけど稲穂が付いてるしまぁ襲撃されても大丈夫だろう。
隊長はたった一人で、おそらくさっきの少女は川辺鈴という名前の少女。
三嘉凪さんの待つ場所へ行ってしまったのだろうか?
だとしたら罠の可能性も……
「おい、お前ら」
歩き出そうとした私たちに声がかけられる。
無視して歩こうと思ったけれど、前田さんが律儀に振り向いてしまったので他人の振りはできそうにない。
翼も面倒くさそうに振り向いたので私も振り返ることにした。
でも、そこにいたのはやっぱり振り返るべきじゃなかったと後悔したくなる奴ら。
冴えないうえに青のジージャンジーパンの男、両手をズボンのポケットに突っ込んで猫背をさらに悪化させた首を突出させて獲物を探すような体つきだ。
もう一人、黒人かと思えるほどに真っ黒に焼いた肌を持ち、髪を金髪に染めた女がフーセンガムを噛みながら気だるそうに立っていた。
「お前らグレネーダーの抹殺対応種処理係とかいう奴だろ?」
男の方の言葉遣いは最悪だ。
風に乗って消えていく呟くような微かな声がようやく耳に届いてくる程度。背筋がゾクゾクして鳥肌が立った。
話をするだけで生理的嫌悪を呼び起こすこいつの声はもはや犯罪だ。
顔写真の通りなら井沢あらたと鮫永芳。小林さんが個人的に知り合いだそうだが、さてどんな妖使いなのだろう。
すぐに私を後ろに隠した真奈香と震える前田さんを押しのけ前に出た翼が戦闘態勢を取る。
「【黴】を渡しやがれ。そうすりゃあ見逃してやる」
「あたしら妖抹消委員会敵にまわしたら大変よ~。小笠原って聞いたことあんでしょ?」
妙に頭にくる言い回しに翼がこめかみに血管を浮かび上がらせる。
「はっ、テメェらなんぞにくれてやるもんはねぇ。さっさと帰りやがれクソッタレ」
今度は翼が相手をなじる。
堪忍袋は私たち程太くも無いらしく、井沢と鮫永は顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべた。
「テメェ、覚悟はできてんだガッ!?」
怒りに任せここで戦闘でもおっぱじめそうな形相の井沢だったんだけど、突然口から血を吐いて崩折れる。
「あ? なん……だ……こりゃぁ……」
二度目の吐血で思わず手をかざした井沢は自分の手についたどす黒い液体を見て膝を突く。
何が起こったのかと慌てる鮫永が後ろを振り向いたとき、井沢が力尽きるように前のめりに倒れた。




