争奪戦参加者
「おはよう諸君。これより本日のミーティングを開始する。小林から順に近況報告を始めてくれ」
近況報告とは昨日から今日までの仕事の経過報告である。
とはいえ仕事らしい仕事はしていないのでやっぱり昨日自分の付近で起こった現象を報告。
つまり文字通り近況報告になってしまうわけだ。
「そうですね。昨日の【黴】騒動は皆さんご存知だとは思いますので、夜寝るときのことでも話しましょうか? 隊長が日記をつけてる横で翼君が足しかないドールを眺めて悦にいってましたよ」
なんだかものすごいシュールな空間だ。
皆が皆自分の欲望のままに行動していらっしゃる。
隊長は日記をつけて読むことらしいし、翼はテケテケが妖なせいだろう。
人形の足だけを集めるのが趣味らしい。
おそらくその二人が趣味に没頭する中で小林さんも二人に見せつけるようにシャドーボクシングを行って爽やかな汗を流していたことだろう。
……想像するのも恐ろしいぜ男子部屋。
なんてことを考えていると、報告者が前田さんに移った。
「私はそ、そのあああ有伽お姉ちゃんがああ……」
もう、震えて何言ってるかわかんない前田さんの声は次第に音量が下がっていき「ぶるぶる」しか聞こえなくなってしまった。
しばらく沈黙が流れる中、聞こえない前田さんの近況報告が続く。
時間的にはほんの数十秒だったはずなのだけど、なんかもうどっと疲れが溜まった気がする。
仕方ないのでフォローの意味をかねて私が補間しておこう。
言いたかったことはなんとなく分かったし。
「私は寝るとき横の二人に襲われそうだったので前田さんとベットを代わってもらって寝ました。深夜、案の定二人が夜襲をかけてきましたが見事撃退。【黴】を狙うグループの襲撃も無かったと思います」
近況報告って言っても昨日の夜に一回話し合いしているせいでほとんど言うべきことが無い。自然こういうどうでもいい報告になってしまうのは仕方ないことなのだが……
「昨日はねぇ。有伽ちゃん一度は私を部屋から押し出したけど、可哀想だからって部屋に入れてくれて、一緒に寝てくれたんです」
いや待て真奈香さん!? 私そんなことしちょりませんよ!?
「それでね、有伽ちゃんの吐息が背中に当たってどきっとしたら急に抱きしめてきてもう我慢できないんだ……って、ハァハァ」
ああ、真奈香さん現実と夢がごっちゃになっておりますな。
「有伽ちゃんが、有伽ちゃんが優しく私の……」
はいそこまで、と真奈香の首筋に斜め45度からのチョップで黙らせる。
「はぁん」と妙に艶かしい悲鳴を上げて気絶した真奈香の代わりに稲穂が報告開始。
「『ま』と二人で『あ』を夜這いに行ったわ。締め出された後はその場で二人して寝たわよ。立ちながら寝るのは慣れてるから」
そんなもんに慣れたくないけどね。尊敬はするよ。よくできるねって。
「朝になるまで三回ほど誰か近づいてくる気配があったけど襲撃はなかったわ」
誰か近づいてくる気配? さすがガシャドクロ。
戦闘タイプの妖だからかそういった特技に秀でてるらしい。
私も鼻は効くほうなんだけど意識してないとあまり宛にできないからなぁ。
「そうか。三回ならおそらく全てのグループが寝込みを襲おうとしたのだろう。結果的に稲穂が部屋の前で有伽たちの門番的役割をしたのだろうな」
隊長は勝手に納得して翼を見る。まだ目を覚ましそうに無い。
視線をはずし、私たちを見回した隊長は小林さんに視線を送る。アイコンタクトが成立したらしく、立ち上がった小林さんが持ってきた書類を私たちに配りだした。
「昨日のうちに分かっている敵対勢力をまとめてみた。全員目を通し敵の特徴と能力を理解しておいてくれ」
配られた資料を見る。
一番上に置かれていたのは履歴書のような紙だった。
顔写真も貼ってる。
なんとも爽やかな笑顔のお兄さんだ。
体育会系なのか角刈りに筋肉質な体付きが上半身写真だけでもものすごく伝わってくる。きっと性格も暑苦しい性格なんだろう。
名前は三嘉凪良太。妖はスサノオ。欲は……部下イジメ?
なるほど、この人が隊長たちと因縁が深い三嘉凪さんか。
元グレネーダー国原支部支部長でありながら部下の一人と共にグレネーダーを裏切る。その後高港市に潜伏しているらしい。
「根城は上層部がすでに掴んでいるらしいがな。一つ問題がある。こいつの姉がグレネーダー総司令官なのだ。犯罪者ではあるが下手に突付けばどれほどのしっぺ返しがあるか分からない」
総司令官の弟が犯罪者……グレネーダーも複雑そうだなぁ。
「逃亡生活で闇に沈んでいるだけなので今まで放っておいたようだが、【黴】に何かの活路を見つけたのだろうな。だが、こいつが自らでばってくることはあまり無いはずだ。特に今、下手に動けば抹消は目に見えている。相手の必死さにもよるが彼がわざわざ私たちの前に出てくるとも思えん。むしろ遭遇の危険で言えば次の三人だろう」
隊長の言葉に資料をめくり二枚目の書類に目を通す。
顔写真はなかった。いや、顔写真の場所に誰かが書いたらしい人物画が描かれている。結構リアル描写だ。
セーラー服を着た少女。目つきは暗く三つあみおさげといった容姿。
年も若く十代らしい。
名前は川辺鈴。妖の名は鵺。欲は分かっていないのか空欄だった。
「私たち国原支部から異動してきた者には因縁が深い抹消対象だ。彼女の妖は鵺。特徴としてはトラツグミのような鳴き声を発する。これを聴くと死の呪いが降りかかるらしい」
声を聴いただけで死ぬの!?
うわ、そんな化け物どうやって倒す気ですか隊長!?
「が、相手も人間だ。一般人や彼女の仲間が居る場所では叫んだりはしまい。むしろ尻尾のように生えた蛇の方が危険だ。毒蛇だからな」
尻尾って……いや、確かに鵺といえば尾は蛇でできてるんだけどさ。
隊長の話に心の中でツッコミ入れながら次の書類へ移る。
……あれ? どっかでみたことある顔だ。
くりくりとした大きな目と愛らしい容姿。
くるくるドリルカールのお下げで……ツインテールの方が分かりやすいかな?
とにかくものすごく見覚えのある顔。
それもそのはず、名前の欄には見知った名前。出雲美果。
確か翼が抹消した翼の従妹だったはず。
私はテレビのニュースで見ているからよく知っていた。
稲穂以外が不思議に思ったようで、自然隊長に視線が集まる。
「ああ。確かに彼女は抹消済みのはずだ。しかし黛が彼女の生き写しを見たと言っている以上彼女の能力も知っておくに越したことはあるまい。たとえ偽者であろうと、本物であろうと敵であることに代わりは無いからな」
もし、翼が意識はっきりしてたら絶対抗議の声を上げていたはずだ。
でも当の翼はなんだか幸せそうな表情で川を渡るとか渡らないとかうわ言を呟いている。
さてこの出雲美果。妖は人魂。
妖使い以外の目には見えない触手を走らせ掴んだ相手から魂を抜き取ったり、人魂と会話できるなどの能力を持っている。趣味は怪談話らしい。
「もし、彼女が生きて敵対してくるとしたら……おそらく一番厄介な敵になるだろう」
特に魂を抜き取る触手。
一度でも抜き取られたらそのまま即死状態。
彼女がわざわざ体に魂を戻しでもしない限り生き返ることも無いので、触手の有効範囲外から戦わなければならないとか。
急襲されたらまず間違いなく隊長でも殺されるそうだから、凶悪な敵であることは確実だ。
でも、死んだはずの人物。
それも彼女を一番近くで見てきた翼自身が手を下し、その死にざまを見ている。
だから生きているはずは無いのだ。
翼の前で死んだ者が別人でもない限り……【テケテケ】に首を刎ねられて生きているわけが無いのだから。
次の資料を見る。
これまた見たことのある人物。伊吹健二。
私が知っている情報は書いてある情報と殆ど変わらない。ないのだ。
情報と呼べるものが全くといっていい程。この人は分からない。
私の知っているかぎりでは警視正という肩書きで稲穂の姉である良智留の事件を調べに来ていた男。
テン張ると拳銃自殺しようとする危ない人だ。
妖使いであるということも分かっているけどどんな妖を持っているのかはわからない。ダンディな男の人だった。
「三嘉凪の周囲で確認されているのは以上だ。これを第一グループ。反グレネーダーとでも名づけておく」
さらに隊長は次の資料を見るように指示してくる。
「次は危険妖保護の会だ。今回の騒動に係わる者だけは上層部から情報が来た。他の構成員は係わって来ないことを約束しているらしい」
ようするに組織総動員で攻めてきて四つ巴の大戦争に発展させないための妥協点といったところだろう。
全グループ四人までの参加者がピックアップされていた。
「霜月風次郎しか出会っていないが他の三人は下の書類に顔写真付きで載っている」
言われて下の三枚をずらしてみる。
「彼らのうち風次郎を合わせて三人が同姓だろう? 三人兄弟らしい」
霜月兄弟は風次郎さんを筆頭に、次男炎太郎。長女氷夏。妖は皆同じらしい。へぇ、風次郎さん三兄弟の長男だったのか。
あと一人は……式森原成という男性だ。
妖の欄には霜月兄弟同様記入が無い。
さすがにそこまで漏らすほど危険妖保護の会は甘くないようだ。参加者が分かっただけでもよしとするべきだろう。
「その下の資料は妖抹消委員会の参加者だ。切桜恋歌は昨日伝えたとおりだ。机にさえ気をつければ眠らされることも無かろう。問題は……」
資料にあるのは小笠原公一。
三嘉凪さん同様顔立ちを見ただけで体育会系の強そうな顔である。
「この男、何度か噂を聞いたことがある。何でも刃物などを収集するのが趣味な危険人物らしい。力も強いのは見て分かるだろう。出会ったら迷わず逃げろ。特に前田と有伽」
隊長に言われなくても当然です。真奈香か稲穂がいないようなら絶対逃げるし。
前田さんも恐々頷く。
隊長は私たちが頷いたのを見て頷き返し、再び口を開いた。
「さて、残りの二人だが井沢あらた、鮫永芳は個人的に小林が知っていた。妖は分からないが情報収集がメインらしい。大して脅威にはならないそうだ」
冴えない男と馬鹿面の女だった。
へぇ、芳って書いてかおるって呼ぶんだ。どうでもいいけど一つ勉強になった。
にしても今時ガングロはちょっとどうだろって思うよ。
しかも写真写すときにガム噛んでるし……変な顔。
「以上、この者たちを抹消、もしくは再起不能に陥れれば我々の勝利だ」
本来なら本部に【黴】を送ればよかったのだろうが、私に取り憑いてしまった以上私ごと実験素材として送るわけには行かないからだ。
私だって冗談じゃない。
となれば、敵対勢力の排除くらいしか私が無事に済む方法はなさそうだ。
幸いなのは他に事件が起きてないこと。
そりゃ、普通の事件は毎日のように起きちょりますがね、私たちの担当は妖使いが起こした事件の中でも抹消が主ですから。
滅多に出撃命令は降りないってもんですよ。
「それと有伽、真奈香、今日からしばらく学校は休んでもらう。ご両親には連絡を入れておいたので今日からもここに泊まるといい」
あ、そういえば母さん帰ってたのにあんまし話できてなかったな。
三年ぶりだからちょっと話もしたかったけど……まぁいいや。
今生の別れになるわけでもなし。
問題があるとすれば親父のご飯だけど、それは隊長も知っているので手を回してくれたらしい。
出来ればドアも、修理業者頼んで欲しいなぁ。忘れてるんだろうけど。
「ただ、全員でここに籠もっていても意味は無い。相手の襲撃は予想されるが相手を倒すためには襲撃してきてもらう必要がある。よってこれから外出する」
虎穴に入らずんば虎子を獲ずって奴ですな。
相手がどこにいるか分からないので自分たちを囮にするしかないのだ。
さすがに全員一塊になっておかないと各個撃破される恐れがある。
いやね、確かに隊長や稲穂は大丈夫なんだけど私や前田さんがなんていうか……その、ね?
「まずはこれからしばらくの食料の買出しだ。経費で落ちるとはいえ変な物は買わないように」
隊長の言葉に小林さんが頷き席を立つ。
倒れたままの翼の首根っこを掴み上げ無理矢理立ち上がらせた。
前田さんも話は付いたと立ち上がり、隊長も席を立つ。
「では早速だが外出するとしよう」
残された私たちはお互いに顔を見て慌てるように隊長たちの後を追った。
なんかお泊まり会みたいだ。襲撃があるかもしれないのにちょっと楽しみな私だった。




