知らない間に起きた惨状
「全く……上層部にも困ったものだ」
上層部と連絡を取ってきたらしい隊長がドアを開けてやってきた。
ここはオペレーションルーム。
風次郎さんが居なくなった後、グレネーダー支部に戻った私たちは、さっそく対策を立てるべくオペレーションルームに集まった。
隊長だけは上層部に問い合わせると言って一度出て行ってしまい、残された面々で隊長の帰りを待っていたところだった。
ようやく帰って来た隊長の表情はあまり芳しくない。
「どうでした? やはり彼の言っていたように上層部は……」
「それよりも大変な結果だ小林」
大変な結果?
私も含めて真奈香以外が怪訝な顔をする。
さすがに隊員なだけあって前田さんも幼いながら話に参加する気はあるようだ。
「【黴】争奪戦とでも仮定するが、これに参加している団体が分かっているだけで4つ。まずは我々のグレネーダー。次に危険妖保護の会、危険妖抹消委員会、そして三嘉凪のグループだ」
なんですかね、その団体とか争奪戦って……ようするに【黴】を狙ってる団体が四つあって、二つがグレネーダー本部のお墨付き。
グレネーダーから奪えるものなら奪ってみせろ。ということらしい。
「我々は奪われた時点で始末書と減給だそうだ」
酷い話もあったもんだ。
「それと……三嘉凪のグループに奪取される、または……ありえんとは思うが【黴】がグレネーダーの敵に回った場合、これの抹消も視野に入れる」
……はい?
思わず自分を指差し隊長を見る。隊長はコクリと頷き、
「まぁその心配は無かろう」
「で、ですよねぇ」
「有伽次第だがな」
返答次第じゃ抹消しちまうってことでございますか隊長?
なんかもう、苦笑いしかできなくなってしまった私。
どうしよう? これってようするに私自身を守りきれってことでしょ、その三団体から。
保護団体はまぁ分かるよ。
【黴】持ってる私を保護するわけでしょ?
どこに監禁されるかわかんないけど、それほど酷いことにはならないでしょう。
三嘉凪さんって人たちもまぁ問題といえば問題だけどどっちが危険かといえば名前で大体想像がつく、妖抹消委員会だ。
私が【黴】持ってること知られたら、まず間違いなく殺しに来るだろう。
この団体だけには絶対に……ぜ……たい……あ……れ……?
私が肘を立てていた机の年輪が、まるで人の絶叫したような顔に見えた瞬間だった。
すぅっと、意識が遠のいていくのが分かった。
気付いた時には目蓋が重く、あ、こりゃ無理だ。と抗うことに本能がさじを投げていた――
「ほわっ!?」
あ……なんだ夢か。
あ~危なかった。もう少しで真奈香に襲われるとこだった。
ふぅ~と冷や汗を拭いて周囲を見回す。
「な、なんじゃこりゃぁあぁあぁあぁっ!?」
思わず叫んでしまった。叫ばずにいられなかった。
たった少し居眠りしただけで、目の前の状況が劇的に変化していらっしゃる。何このビフォーとアフターの差は?
未だ床に倒れてたり机に寝そべってたり、イスごとひっくり返って死んでんのか寝てんのかよく分からない状態な翼も一名いらっしゃいますが、とにかく寝ている皆の周りが……もぅすんごいことになってるのっ。
まるで台風と巨大ハンマーが対決した跡のような惨状に、私はしばし絶句する。
なんかね、局地的台風に遭ったみたいになってんですよ。
真奈香なんかハンマーか何かで壁を叩いたようなくぼ地にめり込むように寝てるし、稲穂なんか両手にカッターナイフ持って仁王立ちで寝てるし、しかも目開けたまま……怖ッ。
ついでにカッターに誰かの血がついてて滴ってるのはなんでだろう?
足の折れた机をベット代わりに震えている前田さんや、天井の蛍光灯にかろうじでぶら下がって寝ている小林さんはお見事としか言いようはないし、イスに座ったまま机に寝そべっている隊長の所だけなぜか無傷なのもちょっと変だ。
床に寝そべっていた私は体を起こし、自分を襲っただろう惨劇を調べる。
うーん。別になんともないか。
ポケットに仕舞っといたアンプルもあるし。何か変わっている場所は一つとしてない。
周囲に視線を走らせても、真奈香が壁にめり込んでいる以外は傷とか外傷を負っている人はいないみたいだし……
真奈香もダメージを負っている様子はなく、涎垂らして有伽ちゃんそこイイけどらめぇとか訳のわからん寝言をほざいていらっしゃる。
ってことは稲穂のナイフから滴ってるのは誰かの返り血ってことだよね。
……で? 誰の?
うわっ、もしかして侵入者!? ってことはさっきのは眠らされたってこと?
となると、進入してきた誰かがアンプルを奪おうと稲穂に手を出して、稲穂が寝ながら相手を倒した。
んでもって相手は命からがら逃げ出したと……
まぁ、稲穂なら寝ながら近づいてきた外敵を排除するくらいできそうだし。
私たちの今の状況からみても妥当な線だろう。
ただ、問題があるとすれば部屋の荒らされよう。
この様子から見て犯人は最低でも二人。
しかも争うことを考えれば【黴】を狙う二チームが来たことになる。
「ふむ……まさか支部に仕掛けてくるとはな」
「あ、隊長。起きたんですか?」
まだ少し眠いのか、眉間に皺よっていてちょっと怖い。
「ああ。全く、強制睡眠とは乱暴な方法だが威力は十分だな」
確かに低血圧の人とかには辛いものがあるかも。
「眠りを使う妖使いか。それに部屋の惨状からして最低もう一人。二つの団体が仕掛けてきたと見るべきか」
私と同じ結論に至った隊長は、まだ寝てる皆を見て唸る。
「固まった方がいいと思ったが……これでは一網打尽だな」
全くそのとおりですね。
「恐らく危険妖抹消委員会が来たな」
「分かるんですか?」
「ああ。睡眠関係で一度一緒に仕事した奴がいる。委員会構成員、元妖専用特別対策殲滅課貴重対応種護送係に所属していた切桜恋歌だ」
元グレネーダー? なんでまたそんな委員会に?
私の疑問に気付いたのだろう。私を見て隊長は説明を開始する。
「彼女がある犯罪者を護送中に遭遇した【鵺】の襲撃で重傷を負ったらしい。それが痛く自尊心を傷つけたらしくてな。抹消係への転属を上に申請したが受理されなかった」
はー、それで委員会に入っちゃったわけですか。
「そもそも抹消委員会は政府が独自に立ち上げた機関でな。グレネーダーが表の妖抹消機関だとすれば、抹消委員会は暗殺するようなものだ。バックについている者が大物なだけに迂闊に逮捕も抹消も出来ん。委員会章を見せられれば手を引く以外できんのだ。グレネーダーという組織自体からも狙われかねんからな」
ようするに国民に知らされていない妖専用暗殺集団っつーわけですな。
「それで、その人が私たちが眠ったこととどう関係あるんですか?」
「有伽も眠りに落ちる前に机に人の顔を見なかったか?」
「あ、確かに……」
あれはちょっと変だなって思ったんだよね……え? あんなのも妖なの!?
「【眠り机】だ」
「眠り机? 聞いたことないですよ?」
「学園不思議系妖だ。知らんのも無理はないだろう。神木で作られた机でな。おそらくは神木を切った呪いだろう。悪夢を見せそれと同等の未来へと導く力を持っている。強制予知夢という奴だな」
予知夢……か。でも悪夢見せられて同じことが起きるなんてまさに踏んだり蹴ったり。絶対に敵対したくないよね。敵だけど。
「とはいえ予知夢である以上100%当たるわけではない。とっさの判断次第で回避できる程度だ。予め結果が知らされているのだからな」
へぇ……隊長の妖能力とは真逆の能力だね。
隊長の【釣瓶火】は過去を修正する力だし。
「あ、でも今回眠っただけですけど?」
「我々をどうこうする気は向こうも無いだろう? 目的はあくまで【黴】の抹消だ。我々を殺すことではない。第一、それをしだしたらグレネーダーも黙っていまい。ヤツラもラボに敵対する危険は重々承知……すまん、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「はぁ? はぁ……」
いや、もう呟きだったからあんまし聞こえなかったんですけどね。
「ふぁ~~~~~ふぁ~」
あ、真奈香さんがお目覚めでいらっしゃる。
両手を上に上げて盛大に大あくびかましながら窪みから這出てくる。
「真奈ちゃん大丈夫?」
「ふぇ~? あ~有伽ちゃんおはよう~」
自分の状況など全く気にも留めていないご様子で、何の気なしにスカートについた汚れを払う。
「……あれ? どうしてスカートこんなに汚れ……!?」
お、ようやく気付いた。
「ど、どうしよ有伽ちゃんっ。壁壊しちゃった!?」
「え? いや、真奈ちゃんが壊したわけじゃないよ」
「本当に?」
「うん、なんかね、危険妖抹消委員会の人が来てたみたい。たぶんそいつらだよ」
自分がやったわけじゃないと安心したのかほぅっと息を吐く。
「よかった、また壊してなくて」
また、ですかっ!?
この子は一体何をやったんだ?
「やられましたね。奇襲くらいはされるかと思いましたがここまで鮮やかだと手の打ちようもありませをぅっ!?」
他の面々も起きだしたらしい。小林さんが起き抜けに一言。
起き上がろうとしてバランスを崩し蛍光灯から落下していた。
なんかすごい呻きを洩らして気絶していた。




