乙女たちの醜悪な争奪戦
エレベーターで五階へ向かう。
病室だらけの廊下を抜け、階段を降り四階へ?
いや、降りるなら四階で降りれば……
と、ツッコミたかったが、皆無言で歩くので声すら出せず、ただただ私も付いていくのみ。やがて再び現れたエレベーターでB1へ。
そこでようやく気が付いた。
構造の問題だ。
おそらく五階からじゃないとこのエレベーターに辿り着けないのだ。
それは即ち一般人には知らされない場所での検査。
なんか嫌な予感がひしひしとする。
エレベーターが無機質な音で到着を告げる。
エレベーターが開くと、目の前にはおどろおどろしい【研究室】と書かれた部屋たちが軒を連ねていた。
ああ、これ、ヤバいパターンだ。
「こ、ここって……」
「さすがに検査中にカビが繁殖したら病院が大変でしょ? だから地下の隔離施設で検査するのよ」
そうはいうけど常塚さん、なんだかおっとろし気な名前の研究施設がいくつもございますのですが。
美少年研究室とか普通に危険な香りが漂ってんですけど?
しかも、くぐもった声で「ア゛――――ッ」とか聞こえてくる気がするんですが……い、一体中で何が!?
「あそこよ」
常塚さんが指指したのは最奥に位置する部屋だった。
妖実験室とか書かれとるんですが……
「さ、入って」
促されるままに部屋に入る。
部屋の中はけっこうこざっぱりとした清涼感があった。
部屋の端には人間ドックみたいな機械が設置されていて、入り口に近いところに簡易ベットが置かれていた。
それ以外は何もない。あ、隣の部屋に行くらしいドアが一つ。
機械の横の壁、奥端に取り付けられていた。
もう一つ。
あまり見つけたくなかったけど端っこの方になぜか洋式便器が鎮座しております。
我はここにありと主張するように白色の独特のフォルムで、壁なども一切なく便器だけがそこにあった。
「水城、連絡していた通り連れてきたわ」
ドアに向かって常塚さんが声をかけると、ドアがゆっくりと開く。
顔を出したのはとても小さなしわしわのお婆さんだった。
「おーおー、そちらさんが【黴】に魅入られた子かいな?」
プルプル震える前田さんをじろじろと見ながらそんなことを言ってくる。
「水城、こっちよ」
「おや? おーおー、ほーほー」
ようやく私の元にやってきたおばあさんは、私を値踏みするように見ると、ドアに向かって歩き出す。
「トメさんや。そっちのベットに寝てくださいな」
トメさんって誰!?
「高梨さん、そこのベットに、あなたの断面図を見るから」
うぅ……中身丸晒しですか……ほんと、こんな汚れて幸せな結婚できるのかな私?
泣きながら人間ドックのような機械に設置されたベットに横になる。
というか、トメさんって私のことなのね……
いくつかの検査が終わると、私の元に皆がやってきた。
「んで、どうでした?」
鼻血噴いて気絶した真奈香を連れてやってきた常塚さんに、私はげんなりとした顔で聞いていた。
「ええ、やっぱり高梨さんの体の中に【黴】がいたわ」
最悪だ。私もうすぐ死んじゃうのか……隔離されちゃうんだろうなぁ。
これから死ぬまで……
「でも臓器などには生息確認できず。他人と接触することに問題はないわ」
「え?」
顔を上げると、常塚さんは笑顔で迎えてくれた。
「で、でも、感染したら死んで、そこからまた広がるんじゃ?」
「それなのだけどね」
困惑したように虚空を見つめる常塚さん。
代理とでもいうように隊長が話を継いだ。
「有伽の体内で、【黴】は全て血管を循環している」
血管を循環……?
「ようするに血と一体化してしまっているのだ」
「分かりやすく言うとエイズウイルスみたいなものよ。ただし……良性の」
良性……って、エイズの良性ってなんですかっ!?
「トメさんの体の中に入ったカビがね、白血球の攻撃対象にならず共存しちまってるのさね。でも、体外に出ると他人に感染するようだから、トメさんの血に触れると【黴】に侵食されるんじゃよ」
「有伽の体内でのみ活動を休止している。さっき取った唾液などからの感染を調べたところ、血液以外から【黴】は検出されなかった」
「ようするに血管内に勝手に住み込んじまったわけだな」
な、なんですかそれは!?
ま、まぁ死んじゃったりしないからよかったっちゃよかったけど……
翼の他人行儀な言葉に反感を覚えつつ、私は水城さんに聞いた。
「血管に住み込むって、どういうことですか?」
「トメさんの妖はアカナメじゃったね」
「あ、はい……」
「アカナメの妖使いは病気にかかったことがない。というのを知っとるかい?」
それは知っていた。【垢嘗】には強力な抗体が造られ、あらゆる病気を跳ね除けることができる。ってことは……
「そいつのおかげじゃな。トメさんの体には【黴】への抵抗力があった。【黴】も妖の一種じゃし、自分に耐えられる宿主を探しておったのかも知れんな」
自分に耐えられる……居場所?
なんだ……こいつも居場所を探してたのか。
そういう背景的なことを聞かされると、なんとなく親近感が湧いてくる。
「無理に取ろうとすれば血液を全て抜かないといけないけど……どうする高梨さん」
「うーん。ま、いいんでない? 怪我しなきゃ問題ないんでしょ」
「その通りじゃ留吉さん。滅多なことじゃ【黴】は表にでてくりゃせんわい。それこそ留吉さんに生命の危機でもないかぎりな」
なぜかお婆さんの私の呼び名が、トメさんから留吉さんにグレードアップしていた……
「それじゃ、最後に直腸検査、しようかねぇ」
骨と皮だけの手にゴム手袋を装着しながら、お婆さんはとんでもないことをおっしゃった。
「ち、ちょっと待ってください! それは流石に、っつかやる意味がわかりませんし」
「健康診断といやぁこいつがメインディッシュじゃろがっ」
メインディッシュって……うわっ!? 目がマジだ!?
「そういえば……水城の欲ってお尻関係だっけ……青巻紙赤巻紙が妖だったし」
「ひぃぃっ!? た、隊長! 助けてくださいっ! 後生ですだお代官様ぁ――――!」
がしりっ
私に近づこうとしたお婆さんの腕を捻り上げる細い腕。
隊長ではないが、私を助けてくれたつよーい味方……みか……た?
「有伽ちゃんのお尻……直腸検査……ふふ……ウフフ……」
そこに、いつもの真奈香はいなかった。
鼻血と涎に塗れた黄泉醜女がそこに居た。
「だぁぁっ!? 真奈香様トランスモードォォッ!?」
そ、そうかっ! 隊長たちが止めなかった、いや、止められなかった理由は彼奴だったのか!?
「安心して有伽ちゃん♪ 有伽ちゃんのお尻の初めては私がじっくりたっぷりねっとり手取り足取り腰取り甘く優しく時に激しく奪ってあげるからぁッ」
嫌です、遠慮します真奈香さんっ!
いやぁーーーー目が、目が血走ってて怖すぎる!?
「い、た、だ、き、まぁぁぁぁっ!?」
私を拘束しようと手を伸ばした真奈香を、押し止めるように私と真奈香の間に立ち塞がった救世主。
「ダメだよ『ま』」
い、稲穂!?
うわ、稲穂様だ!! 果敢に真奈香から私を守ってくれるとはっ!?
ヤバい、ちょっとグッと来た。
「邪魔しないで稲穂ちゃんっ」
「ダメだよ……『あ』の初めては私が貰うんだっ」
……あ、あれ?
今何か物凄い台詞が聞こえたような?
「最初は嫌だったけど……はずだけど、でも、私、真理に気付いたの。な、舐めたくなったらいつでも私に言いなよ『あ』。私は全て、捧げてもいいと思ってるから」
え? まさか? ……もしかして、稲穂もすでに……
「どうやら」
「お互い邪魔者を排除しなければならないようね」
うわっ、なんか勝手に戦い始めやがりましたよこいつらっ!
二人が醜い争いを始めたので、私はゆっくりと這いながらその場を脱出。
隊長に救出されて一息ついていると、横から翼がちょっかいをかけてきた。
「モテモテだな、この女殺し。舌だけで相手を落とすとはよ」
「あのね翼ちゃん……ボクは女の子、女の子ですよ! 彼氏は欲しいけど彼女は入りませんですよ!」
「で、最終的にどっち選ぶ気だ?」
「選びませんっ!」
「思わせぶりな態度では上下さん方が可哀想ですよ」
「小林さんまでっ!? ってか思わせてないですからっ! 少しもそういう気配匂わせておりませんっ!」
「またまたぁ、有伽お姉ちゃんったら」
まるで私の言葉が冗談とでも言うように手をひらひらと振る前田さん。
グレネーダーの面々で私の仲間は隊長だけだった。
「師匠、高梨の奴どっち選ぶと思います?」
「ふむ、王道なら真奈香だな、だが私は大穴で稲穂だ」
意地の悪い笑みで隊長はそんなことを言ってくれた。
うぅ……孤立無援だし。
真奈香と稲穂の激闘を見学しながら、一人涙する私。
ああ、今日はホントに不幸な一日だ。
名前: 水城 お留
特性: 直腸検査好き
妖名: 青巻紙赤巻紙
【欲】: 尻を撫でる
能力: 【青い手赤い手】
周囲に便器があれば赤い手もしくは、
青い手を出現させることができる。
【紙をくれ】
相手の髪を引っ張る能力。
便器に近ければ近い程相手の髪を引っ張り込みやすい。
【かい撫で】
トイレで用をたす誰かの尻をとりあえず撫でる能力。
その手の趣味が無ければ無駄能力。
【赤い手】
個室トイレの内部なら、誰かを確実に暗殺する能力。
殺された相手は自身の血で真っ赤に染まるという。
【青い手】
個室トイレの内部なら、誰かを確実に暗殺する能力。
殺された相手は血を抜かれ真っ青になるという。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。
似たような妖ということで、赤い手青い手、かい撫でなどの特性を混ぜております。




