失望と笑いと決意
死ぬということ。
死という現実は私にとってあまりにも重い衝撃だった。
普段、死にそう、殺す、ぶっ殺す、何気なく使っていた言葉の重みを知った気がした。
改めて思う。死にたくない。
思い改める。殺したくない。
自分の死も、他人の死も、あんなものはもう、二度と見たくない。
ずっと目の前にちらつくおばさんの顔。
きっと一生消えることはないと思う。
おばさんの死を私は願った。抹消を安易なものと考えていた。
現実は凄惨なものだった。
【もう誰も死なせたくない】テレビやゲームでよく聞く台詞。
そう言いながら相手を殺すなよ。なんて友達と笑いあってた。
今なら……真面目な顔して言えると思う。
グレーネーダー支部までの帰り道。
来た時とは反対に、私は終始無言だった。
「高梨……」
何度も翼に呼ばれた。
返事をする気すら起きなかった。
「有伽……」
他の声も何時からか混じりだした。
隊長だ。オペレーションルームに帰ってきらしい。
でも、私にはどうでもよかった。きっと、この人も、人を殺して何も感じない人なんだと思うと、隊長も視界に入らなかった。
「ふむ、翼よ、有伽に何をした?」
私の顔を覗き込み、隊長が翼に尋ねる。
「あ? 俺は何もしてねぇっスよ」
「そうか、無理矢理そんなことを……」
「ちょ、師匠っ、無視して一人で妄想しないでくださいよ」
外の世界は楽しそうだ。
でも、翼はなんで平気なの? 人を殺したんだよ? なんで笑っていられるの?
従兄妹を殺した時もそんな風に笑っていたの?
「もしかして、抹消現場を見せたのか?」
「へ? ああはい。チャンスだったからザックリいっときましたけど、それがなに……」
翼が言い終わる寸前、拳が翼の顔面を直撃した。
翼が壁に激突する。
目の前で起こった衝撃的な音に無理矢理現実に引き戻される。
「た、隊長ッ!? なにしてるんですかッ!」
「ん? おお、正気に戻ったか有伽」
いつもの凛とした表情を幾分和ませ、私に微笑みかける。
拳に翼の鼻血が付いているのは気にしないでおこう。
「っ……くぅ、し、師匠?」
鼻から血を盛大に垂れ流し、翼が起き上がる。
「すまんな有伽。莫迦弟子のせいで見なくていいものを見せてしまった」
血の付いてない手で私の頭を優しく撫でる。
私に微笑を向けた後、冷徹な顔で翼を見下ろす。
「この阿呆が、こんな純真な少女に血生ぐさいものを見せるとは何事だッ! 恥を知れ、たわけッ!」
「ち、ちょっと待ってくださいよ師匠。高梨が純真って……こいつ程腹黒い奴はいな……」
「黙れ阿呆ッ」
「何で俺ばっかり……」
不平を言って立ち上がる翼を無視して隊長が私に向き直る。
「有伽、グレネーダーの抹消係はああいう仕事だ。殆どがあのような不条理な現状を見せられる。だがな、生きるためには例え相手が肉親であれそうせねばならない。理解できなくてもいい。受け入れなくてもいい。ただ、今自分の思っていることだけは絶対に忘れるな。私たちは国民の安全を第一に考えねばならんのだ。自分を否定してでもな。そうでなければ、出雲美果のような犠牲者がまた出てしまう」
「……はい」
そうだ。隊長だって人殺しなのだ。
翼の師匠である以上、もっと沢山の妖使いを抹消している。
でも、だからこそ、私の思ったことを分かってくれているのかもしれない。この人も、感情を押さえているのかもしれない。
そう思うと、少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。
「有伽、辛い時ほど笑ってしまえ。泣いてもいい。弱音を吐いてもいい。くじけても構わん。だが、笑え。壊れてしまいそうな凄惨な現実に直面した時ほど大声で笑ってしまえ。そうすればまた歩きだせる。踏みだす力が湧いてくる」
薄い笑みを浮かべながら隊長が笑う。
私も無理に笑ってみた。
泣き声や嗚咽が混ざって変な笑い声になった。
バカみたいに大声を上げて笑った。
隊長も笑ってくれた。
涙を流しながら笑い続けた。
翼もしぶしぶ付き合って、三人そろって笑い続けた。
何もかもが滑稽に思えてきた。
悩んでいたのがバカバカしい。気落ちしていてなんになる?
陰口の調書を持って部屋に入ってきた婦警さんが、即座にドアを閉めて走り去っていくのが見えた。
それもなんだかおかしくて、もっと大声で私たちは笑い合った。
笑い疲れた私は、ベッドに横になった。
時刻は20時16分。
幾分気分が落ち着き冷静さを取り戻した私は、のっぺらぼうの言葉を思い出していた。
学園で話があるって、なんだろう?
グレネーダー、つまり翼たちは連れてくるなということらしい。
行こう。
笑ったら無駄にテンション高くなった。
歩きだせるってのは本当らしい。
まぁ、護身用に何か……なにこれ? パジャマの上に何かある。
どうやら服の中に変なのが混じってるようだ。
私の服の中に分厚いベストを発見。何でこんなものが?
ま、いいか。なんか防具っぽいし。
防弾ベストか何かかな?
テレビで見たような気はするけど。誰のかしんないけども~らいっと。
ベストを下着の上に着て、私は深呼吸を一つ。
さあ行くか。
私がグレネーダーになるとしても、金山幸代のようにみんなに蔑まれながら死んでゆくとしても。
のっぺらぼうと今日中に会う。それがきっと私の分岐点なんだ。




