紫鏡、襲撃
「え……と……」
トランクルームではなく前側に。
エンジンとかなんかもろもろ車の主用機器の入れられてあるはずの場所から重要臓器を取り出して、大倉道義が小さく丸まって入っていた。
互いに蛇に睨まれた蛙のようにただただ呆然と見つめあう。
相手が何かを言おうとした瞬間、私は素早く閉めることに成功した。
ふっ、勝った。
つーか何か? 一つ目の車捜索しただけで見つけるってどんだけカンがいいんですか私は?
こんなところでムダに運使ってこの先大丈夫なんだろうか?
物凄く自分の未来が先行き不安です。
というか、こいつはどうやってここに入った?
誰がここ閉めたんですかね?
とりあえずフロントガラスによじ登り、真上に見える四角い空を見上げ、ああいい天気だなぁとか現実逃避することにした。
それからしばらく、大した進行もなく隊長たちは探し疲れて一箇所に集まっていた。
初めの一つを探してからその車のフロント部分で休憩中の私の元へ……
「ふむ、だいたい見て回ったがどうにも見つからんな」
「まぁこのゴミ山の中から人間一人っスからね師匠」
「う~、気配は感じてるのに見つからないなんてありえない」
「稲穂からも逃げるなんてようやるなぁ。そこんとこは素直に感心したるわ」
などと思い思いに集まってくる。
「んで高梨。テメーはここで何やってる?」
「いや~、いい天気だよね翼ちゃん」
「いや、いい天気とかそういうんじゃなくて……探せよっ! テメーだけだぞサボってんのはよっ!!」
翼が怒ってくるので仕方なくフロント部分から降りる私。
エンジンルームのレバーを押して、手で示す。
「なんだよ?」
「お探しのお荷物です」
訝しげに私を見ながら、翼が開く。
目線が合ったらしい。
エンジンルームを開けた万歳状態のまま翼は固まっていた。
不審に思った他の皆が寄っていき、あまりにも簡単に見つかった大倉道義に唖然とするのだった。
「何してんだ……テメーは」
呆れたように翼が皆を代表する。
「あ、いや……誰にも見つからないように……な?」
な? じゃないだろ。というのが正直な気持ちではあるものの、ツッコミ入れてる時間も惜しいのでとりあえず逮捕。
伊吹さんの持っていた手錠を填めて連行することにする。
皆揃ってさぁとりあえず帰ろうか。といったところで……
『……鏡……鏡……全てを映す……』
耳鳴りが……聞こえた。
立ち止まった私の異変に気付いた隊長が周囲を探る。
その隊長の行動に翼、稲穂が警戒する。
不安に感じた予想通りの展開だ。
『……朽ちた御姿、醜き素顔……』
輝き始める車たち。
ボディに映った私たちの顔が、紫色に染まっていく。……ってンなのありですかっ!?
まさかの事態に私達は戦慄せざるを得ない。
紫鏡の能力がこんな場所にまで及ぶなんて予想外だ。
「これはっ」
「車全体が……鏡になっている!?」
『百の姿を映せども……違う物無く、同じ者無し』
車のボディに映るいくつもの手。
『清き身空はすでに亡く、卑しき路頭に堕されて』
手は虚空から続く身体を生み出して、
『内身の残火は憎しみか……』
やがて総ての車に映りこむよっち~の顔。
『怨嗟の声と、怨みつらみに誘われて』
そして、私たちの目の前の車のボディから、にょきりと生える細い腕。
「姿見通りて……黄泉路還らん」
隊長と翼が大倉道義を背後に守りを固める。
「元は身映す姿見なれど……紫恐は黄泉との交差点」
両手を出し、少しつっかえたのか車のボディをがしりと掴み、自分の身体を引き上げ始める。
「今を視るのは雲外鏡。未来を視るは合わせ鏡」
ゆっくりと、露になる見知った顔。
生気のない笑みを張り付かせ、紫に輝く妖しい瞳。
「死者を還すは三面鏡。生者を誘うは……」
全身を現世に呼び出し、斑目良知留がついにその場に姿を現す。
「紫鏡」
鏡から出てきたよっち~は、すぐに車のボディに腕を突っ込み、ソレを引き上げた。
よっち~の腕に引かれて鏡から現れたのは、黒ずんだ誰かの腕……
「結局、皆私を見捨てるんやね」
引きずり出した遠藤高男のものらしき腕を投げ捨てる。
敵対するような位置にいた留々離や稲穂を見て、よっち~は悲しそうに微笑んだ。
「良知留……聞いて、ウチらはっ」
「大体の話しは聞いとったで。だからな……これが私の答えや」
ニタリと笑ったよっち~……っ!?
突然足元がズブリと水に沈むような感覚。
見れば私の足が車の中に沈み始め……
刹那、体中がブレた。
視界が、身体が、存在が……だけどブレたと思ったのは一瞬だけで、後は……
がしりと首根っこを掴まれた私は、隊長によって真後ろに飛ばされていた。
「痛っ」
ボンネットに頭を打ちつけ、転がりながら稲穂の足元に倒れこむ。
「危なかったね『あ』。一瞬早く助けられたからよかったけど、遅れてたら鏡に引き込まれてたよ」
しゃがみ込みながら丁寧に教えてくれた。
でも、何かが変だ。私はすでに足を取られてたはず。
なのにその感覚は嘘だったかのように後ろに……
ああ、そうか。
隊長だ。隊長の妖、【釣瓶火】の過去に戻るという力。
私に使ったんだ。
だからあの時と同じように別の自分に替わったような感覚が残っているんだ。
だけど、靴底の一部が擦り減ってしまっていてヘンな感じだった。
取り込まれたゴム部分だけは時間を巻き戻せなかったらしい。
「つまり、グレネーダーに入るつもりも、大倉道義を諦めるつもりもないと?」
「ふふ、よく分かってるやない室長さん」
にやりと笑い、よっち~は車のボディに腕を突っ込む。
戦いが……始まった。




