一筋の希望
「うそや……本気で……抹殺?」
「あ、ああああのっ、いいぃい稲穂さんんんはぁ?」
「秋里、稲穂は? 斑目稲穂の方はどうなっている?」
『斑目稲穂についてはまだ揉めてるみたい。なにぶんグレネーダー創設前に終身刑が言い渡されてるし、実害の目撃証言がないから。あっても病院の彼への殺人未遂の罪程度だしね、おそらくもう数日は抹消か終身刑かで揉めるわ。だからまだ捕獲又は抹消を目指してということになってる。斑目稲穂の態度次第ね』
それを聞くと、隊長は一言。「了解した」とだけ答えて電話を切る。
「斑目留々離。聞いたな?」
崩折れた留々離さんがはっとして見上げる。
そこにあった隊長の顔は、何か物悲しい雰囲気を漂わせていた。
その表情に誘われるように、留々離さんは隊長の裾を掴む。
「殺さんで……良知留はええ子なんよ。今回だってあいつらの方が……」
「怨みは人を変える。そして彼女の手はすでに穢れた。そして決断も下された。法が裁いた以上我々に出来ることは一刻も早くこの世界から抹消してやることだけだ」
「それでも……ウチは……」
泣き叫ぶように、力無き者は懇願する。
一時でも私たちをここに留める事こそ自分のすべきことだと言うように。
何も出来ない。もう抹殺指令は出てしまい、私たちにはそれを覆す方法は……
よっち~を生かしたまま救うなんて方法は……
方法……は?
じゃあ、自分は抹殺対象に選ばれながらなぜ生き残っている?
気付いた。私は気付いてしまった。
そうだ。簡単なことだった。願えばいいのだ。
たとえ、血に穢れていたとしても、情状酌量の余地はある。
限りなく低い確率だけれど、その方法は今、一番私たちに救いのある方法。
「よっち~のお姉さん」
私の呼びかけに、留々離さんはびくりと震えた。
「一つ、方法があるんだけど」
「方……法?」
「よっち~、グレネーダーに入れられないかな」
留々離さんが目を開いて驚いた。
何か言いたそうに口を開き、でも感極まってか声が出てこない様子。
「なるほど、確かに抹消指令がでて生き延びるには最後の手段というやつだな。だが分かっているのか有伽。お前は冤罪だったが、斑目良知留はすでに……」
すでに殺人を……その言葉を吐かせるより早く、私は言葉を被せるように口を開いた。
「よっち~は、確かに私たちの前で遠藤高男を鏡の中に引き込んだ。でも、引き込んだだけ。殺したかどうかはまだわかんないよね隊長」
「おいおい高梨、それはちょっと楽観的過ぎやしないか? 怨んでたんだろあいつ。だったらもう遠藤高男は……」
翼が否定するけど関係ない。
だって実際に私たちは遠藤高男が殺される場面を見ていないのだから。
だからまだ、救いはある。
もしもの段階での希望。
もしもよっち~が生かしたままを目的としていたのなら、もしも遠藤高男が生きていれば、もしも上層部という所がこの願いを叶えてくれれば……
例えどれ程の残虐行為で遠藤高男を攻撃していても、殺してさえなければきっと……
「グレネーダーに入れば願い事を一つ、上層部が叶えてくれる。その願いを、よっち~をグレネーダーに入れる。にすれば、もしかすれば……」
「もしかすれば……の段階やろ? そんな望み薄な……」
尚も反論しようとする留々離さんの言葉を遮って、
「いいよ。それで行こう」
突然、後ろから声が掛かった。
聞き覚えのある子供の声に、思わず振り向く。そこにいたのは……
「私はともかくお姉ちゃんに人殺しは似合わないもの。ねぇ、留々離お姉ちゃん」
門前からやってきた斑目稲穂は、私たちの目の前に来ると、軽く微笑んで見せた。
さすがにグレネーダーの面々には戦慄が走るが、稲穂は気にすることなく私の横までやってくる。
一瞬だけ、私に視線を向けたが、何か思い出したらしく急に視線を逸らして留々離の元へ向った。
気のせいだろうか、微妙に顔が赤かった気がする。
いや、まぁ、気のせいじゃないよね。
きっと稲穂には私は恐ろしい危険人物として認識されているはずだ。
違うんだよ、百合じゃないんだよ。アレは抗えない欲のせいだったんだよ。だから、だから私危険人物じゃないからねっ! 稲穂の方が危険人物だからねっ!
「い、稲……穂?」
「知ってるんでしょ、最後の一人の行き先。早くしないと手遅れになるよ。二人を鏡の中に入れてしまえばもう、後には引き返せないだろうから」
流石に妹の言葉は効いたらしく、隊長の裾を使って力なく立ち上がる。
「本当に……妹は助かるん?」
「有伽のだした方法以外ではまず助かるまい」
留々離さんは戸惑いながら、稲穂の顔を見る。稲穂は小さく頷いた。
「……わかった。今のあの男は精神的に弱っとる。今ならウチの目玉も生やせるやろ」
ため息を吐いて留々離さんがついに折れた。
「すまない留々離さん」
「恭一さん……」
「良知留を助けるには、俺の方法は間違ってた。本当に助けるには、悔しいが彼らの力が必要だ」
震える拳を見ながら力なく声を出す伊吹さんに、留々離さんはこくりとうなずいた。




