緊急抹殺指令
「そういえば伊吹さん」
斑目家へ向かう途中、協力を申し出て一緒に行動中の伊吹さんに、私はふと思い出したように聞いていた。
横には隊長と前田さんも一緒に来ている。
四人で今から斑目家へ行き、斑目の人々の協力を得ようというわけ。稲穂もよっちーも見つからないので、先に親御さんを説得してなんとか自首を促そうというのだ。
もちろんおじいさんはすでに説得済み……でいいのかな?
んで、伊吹さんは一応逃げたりしないように手錠かけて片方を前田さんの腕に繋いでるんだけど……
子供の力だしぶるぶる震えてるし、むしろ枷じゃなくて人質?
ともかく、幼女誘拐中みたいな状態になってる伊吹刑事はほっといて、今回のターゲットはお姉さんの方。
「……ん?」
心ここにあらずといった顔で向き直った伊吹さんに、一応聞いてみる。
「学校で会った時何か出せみたいなこと言ってたじゃないですか。あれって結局なんだったんです?」
「ん? ……ああ、あれは……」
と、なぜか隊長の方を見る。
「ん?」
「例のアレのことです」
それで何か分かったらしい。隊長は頷くと私に向き直った。
「死んだ警察官が持っていたはずのデータのことだな。知っているのか有伽」
「えーと……はい」
流石に隊長も知っているとすると仕事関係らしいので、私としても隠しとくわけにも行かないでしょう。
私は懐から死んだ警察官の手帳を取りだした。
身分証明書に隠されるように入っていたモノを見せる。
「これ……ですかね隊長」
「ああ。とはいえすでにスパイ疑惑の相手は消えた後だ、今更必要というほどのことでもないがな」
スパイ疑惑……っていうともう一人の伊吹さん?
「俺に似た名前の奴がいたろ? それを二ノ宮と調べていたんだ。各部署に配置されている……と、これ以上言うと君が後戻りできなくなるから秘密な」
「まぁ特務警察とでも思っておいてくれ。素性をばらすわけにはいかないから偽造されたような手帳だが、彼らは立派に警察官だ」
ってことは私のとこの部署にも一人はいるんだろうか? もしかして隊長?
まさかねぇ?
「着いたか……」
ここに来るのは何度目になるだろう。
たった二、三日程度で三回以上も行ってますよ私。
門を前にして、隊長が私たちに振り返る。
「いいか、今回は話し合いに来たわけでも捕縛するために来たわけでもない。我々が行うべきは交渉だ」
「交渉?」
私はつい声を出していた。
交渉とは相手にとって利益があり、かつ自分にとっても相手から受けるべき有利なものがあるからこそできることである。
確かに、稲穂やよっち~の罪を軽くすることを交渉材料に捜査協力してもらうことはよいとは思う。
だけど、私たちにとっての有利がなんら見当たらない。
そもそも稲穂やよっち~の足跡すら追えない現状ばかりか、大倉道義を見つけ出す手がかりもなし。
そんな現状で、酷い話よっち~のお姉さんが一体なんの役に立つのやら……
裏門に着いた私たちはインターホンを押してみる。少しして二度目。
でも中からは誰も出てくる気配がない。仕方ないので隊長自ら蹴破った。
すると、屋敷の方から聞こえる言い争うような声。
一人はよっち~のお姉さん。もう一人は……翼?
「俺が知るかよ! 俺が入隊したのは事件の後だっ」
「だからなんやっ! 何も知らんかったらそれで済むんかっ! 同族殺しのくせにっ」
どうやら修羅場のようであられます。
「元はお前の妹のせいでできた機関のようなもんだろが! 無期懲役? 暴行? 死んで会えなくなるよりゃマシだろがっ」
「うるさいわっ! 何も知らんくせにッ!」
「何も知らねぇのはテメェのほうだろうが! ガシャドクロも紫鏡もな、もうすでに人を殺してんだよッ! このままじゃ一生会えねぇ場所に行っちまうんだぞッ!」
入り口から一歩も入れず唖然としていた私たち。
代表するように隊長だけが二人に近づいていった。
隊長はそのまま不毛な言い争いを続ける二人の真横に着くと……
ゴヅッ
「ぐおっ」
翼ちゃんの頭を思いっきり殴りつけた。
「なにすっ……師匠?」
「代われ、お前では話しにならん」
翼を押しのけて留々離さんの前に立つ。
留々離さんは少し背の高い隊長を見上げるように睨み付けた。
「今度はアンタが相手? しかも恭一さんまで引き連れてっ、誰が来ようがウチは……」
「一度だけでいい、君の力が必要だ」
留々離さんの言葉を遮って、隊長が詰め寄る。
「大倉道義の居場所を教えてくれないか」
隊長の言葉に留々離さんは「はぁ?」といった顔をする。
「あんなぁ、そんなもん警察さまの得意分野やろ? なんで一般ピープルのウチがそんことをやらなあかんの? 知るわけないやん」
「確かに警察の捜査なら数日中に分かるだろう。だが、数日だ。もちろん有伽の力で探すことも出来るだろう。しかし、それよりもその間に斑目良知留か斑目稲穂が先に彼を見つければ新たな殺人が起きる。だが君の……目を生やした相手を感知できる君の力があれば別だ。今すぐにでも居場所が分かる。彼の生死についてもな」
隊長の言葉に、留々離さんはさらに険しい顔を見せた。
「むしろウチらには死んでもろた方がええけどなぁ!」
「妹たちが死ぬとしてもか?」
「守り通す、例えウチがそれで死ぬとしてもっ! 妹たちは絶対に死なせへんっ」
「本気で守れると思うか? 我々から……」
ゾクリとした。まるで斑目稲穂に睨まれた時のような明確な殺意。
隊長は目線で後ろに合図する。
気圧されながらも留々離さんは懸命に牙を剥く。
「ま、守ってやるんや……今度こそウチはっ」
留々離さんの言葉を無視するように伸ばされる隊長の腕。
留々離さんに気づかれることなく伸びた手は、留々離さんが気付いた時にはすでに喉下に当てられて……
後ろには鎌を咥えた少女が現れる。
「少し力を加えれば君は死ぬな。振り返っても死ぬ。それで? この状態からどう脱出し妹たちを助ける?」
冷めた口調、少しの冗談もない態度に、留々離さんの喉が鳴る。
青ざめた表情。それは自分の考えの甘さを悔いているのだろうか?
それとも自分の死への恐怖?
しばらくの静寂。それを破ったのは……
ブルブルブルブル……
前田さん……ではなく隊長の携帯電話だった。
留々離さんから離した手をそのまま懐へ。
携帯電話を取り出すと、すぐさま受話ボタンを押した。
声が聞こえるようにと、私と前田さんも伊吹刑事を引きずって近寄ることにする。
「私だ」
『柳ちゃん? いい話と悪い話があるんだけど……どっちから聞きたい?』
常塚さんの声だ。
「遊びに付き合っている暇はないぞ。こちらも今忙しい」
『それじゃいい話から。病院で入院中の彼、峠を越えたそうよ』
報告を聞くなり隊長は私を見る。
「だ、そうだ。よかったな」
「そっか、勝也ちゃん助かったんだ」
『それから、次に悪い話……』
と、一度言葉を切って、
『本部から緊急抹殺指令が出たわ』
一番聞きたくない報告だった。
全員が戦慄を覚える中、常塚さんの声だけが響く。
『抹殺対象は斑目良知留。妖の名は紫鏡。ランクはS、超危険妖使いに認定されたわ。グレネーダー総力を挙げてでも抹殺せよ。期限は二日。それを過ぎれば本庁が動くわ』
留々離さんががくりと膝を着いた。
突きつけられた現実に抗えない自分を知ってしまった彼女には、もう、立ち上がる気力すらなかった。
名前: 斑目 留々離
特性: マシンガントーク
妖名: 怒々目鬼
【欲】: 罪を自覚させる
能力: 【目玉生成】
罪の意識に苛まれている者に目を生やす。
罪の意識が多い程眼は多く生やせる。
※良知留に目が生えたのは大阪城の惨劇による
稲穂への罪悪感から。
【遠距離感知】
能力により生えた眼を通し相手の居場所を感知する。
眼を通して相手側の見た景色を見る事も可能。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




