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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第五節 塗壁
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激昂

「何を思い、なぜ自首したのかは分からない。本人にも聞けずじまいだからな。ただ、俺が言えることは……」


 一旦言葉を切って、伊吹さんは私を見た。


「あの日、俺のせいで両親を失くしただけでなく、警察側はこの事件で出た被害全てを稲穂の暴走のせいにした。それだけだ」


「被害全て……って、どういうこと?」


 私の質問に、伊吹さんは自嘲しながら言う。


「稲穂が殺した人数は七人。ようするに良知留に因縁をつけた男たちだけなんだ。他は全て殺してない。両親を殺した警察ですらな」


 計算がおかしい。確かあん時の死者は187名くらいで……


「ちょっと待ってよっ、それじゃ残った180人は誰が……」


 慌てて聞いた私に、伊吹さんはとんでもないことを口にした。


「当然、警察だよ」


「け、警察!?」


 それは私ばかりか隊長でさえ驚くべきものだった。


「正確には警察官の放った流れ弾による死者の数、およそ180人。稲穂の動きに翻弄されて焦りに焦ったんだ。同士討ちに巻き添え、気が付いたら最初に腰を抜かして転んでた俺一人が無傷だった」


 だから……と伊吹さんは続ける。


「俺は斑目家に少しでも償いをしたかった。でも警察関係者をその一件以来毛嫌いするようになっていてな。当時住んでいた大阪からも逃げるように一家で消え去って、ようやく見つけたのがここ、高港の斑目家。おそらく前に居た場所は両親の暮らしていた場所だったようだ。決雪さんの家に出戻りしたんだろうな。だから、偽名を使って屋敷に出入りできるようにしたんだ。その名が雨宮恭一だ」


 昔を思い出すように、伊吹さんは遠い目をしていた。


「本当に……初めは償いのつもりだったのに……」


 見ず知らずの彼が斑目家に受け入れられるのだ。

 きっと相当の苦労と努力を重ねたのだろう。

 視線を戻し、伊吹さんは隊長を見る。


「良知留に告白されたんです。そんな気は全然なかったもので、正直に自分の身分を明かして、目的も言って。自分なんか選ばず幸せになって欲しかったから。恨まれるのを承知で、俺は真実を打ち明けた。俺のせいだって何度も土下座して、でも……良知留もお爺さんも留々離さんも……俺を許してくれて……」


 思い出に感極まって泣いてらっしゃいますな……

 ついでに前田さんももらい泣きしてるけど。


「だから、許せなかったっ!」


 顔を上げ、隊長に思いの丈をぶつけるように吼えた。


「あいつらは俺が居ないのをいいことに良知留をっ」


 机を叩きつけ、涙ながらに語りだす伊吹さん。

 目の前の隊長は相変わらずのポーカーフェイスで腕を組んだまま、話を聞いているのかぼ~っとしているだけなのか、分からないくらいにじっとして動かない。


「ただ捕まえるくらいならすぐにできる。でも少年法じゃ死刑には出来ないんだっ。成人ですらたった一回の暴行じゃ数年で出てきてしまう。すでにリスクじゃないんだよっ! あのガキどもにとっちゃ少年院も牢屋もっ! ただ自分がどれほどの悪事をしたかの箔付け程度にしか思っていないんだ! だから俺たちはっ!」


「斑目良知留の仇を取る為に……斑目稲穂を外へだした?」


 ようやく、隊長は口を挟んだ。

 その声は妙に沈んでいたが、伊吹さんは気付かない。

 その声を聞いた私と前田さんの方が背筋を逸らす程にゾクリとしたほどである。もし、伊吹さんが気付けていたならば、きっとこれ以上の言葉は吐けなかっただろう。隊長が、怒ってる。静かに怒りを発していた。

 伊吹さんはそんな隊長に気付く事も無く興奮したまま、語気を荒げてさらに口をだす。


「姉の悲報を聞いたら直ぐに同意してくれたっ! これはあいつらが受けるべき正当な罰なん……」


「黙れっ!」


 今度は隊長が机を叩き一喝。

 突然のことに伊吹さんは声を出すのも忘れて押し黙る。


「貴様は斑目家を幸福にしたい。それが目的だろう」


 相手のクールダウンを促すように、ゆっくりと、冷めた声で隊長が言う。


「そう……だ」


 やや興奮冷めやらぬ表情ながらも、鼻息を荒く自身を落ちつけようとする伊吹さん。

 そんな伊吹さんに、隊長は諭すように、そして突き放つように冷徹に告げる。


「ならばなぜ斑目稲穂を脱走させた? すでに彼女は脱走後に人を一人殺した。もう言い逃れも出来ん。次捕まれば……間違いなく死刑だ。すでに私の部隊に捕獲指令が届いている。ごねてはいるが上層部はすぐにでも抹消指令に変える」


 不意に立ち上がり、隊長は伊吹さんの胸倉を掴み上げ顔を引き寄せる。

 その顔には、珍しく憤怒があった。

 隊長が本気で怒っている所を、初めて目にした瞬間だったのかもしれない。


「分かるか、伊吹健治っ! 貴様のやったことは斑目良知留の仇討ちでも斑目家を幸福にすることでもないっ! 斑目稲穂を逃げ場のない死地へ追いやり斑目家の長女と祖父に憎しみを植え付けたッ! お前がやったことは斑目を救うことでもなんでもないッ! 脆くなった絆を完全に断ち切っただけだッ!」


 普段からは想像できない怒声を吐き終えると、隊長は伊吹さんから手を離し、ゆっくりと席に座る。

 隊長に指摘され、戸惑いを浮かべる伊吹さんに、隊長は静かに言った。


「協力……してくれるな?」


 こくり。伊吹さんは力なく頷いたのだった。

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