大阪城の惨劇、その真相
「初めは、良知留たちから聞いた補足だけど……」
その日、斑目家は大阪城に家族で遊びに行ったらしい。
母も父も仕事は休み、小豆磨ぎで忙しいおじいさんを皆で引っ張り出して、家族水入らずで楽しもうとした休日。
ただの家族旅行。
ぶつくさいいながらも楽しそうについてきたおじいさんに暖かい笑いを送りながら大阪城の見学。
そう……楽しい家族旅行で終わるはずだった。
この時、四月と十二月という同年に生まれたことから良知留と稲穂はとりわけ仲がよかった。
良知留は好奇心旺盛で活発。
対して稲穂は甘えん坊でまるでカルガモの親子のようにいつも良知留に付いていた。
当時の二人は共に八歳。大人しく楽しむにはまだまだ大人に成りきれない御年頃。
当然、家族の近くだけで走りまわるのはすぐに飽きてしまった。
久しぶりの家族の休日に、はしゃぐ良知留は留々離が止めるのもお構い無しに、いつもの鉄砲玉を発揮して、稲穂を連れて先へ先へと行ってしまう。
すぐに家族と良知留たちは人込みに紛れて離れてしまい、不安で周りが見えなくなって……悲劇の火種は静かに点いた。
良知留が男とぶつかったのだ。
男は仲間同士でやってきていたらしく、すぐさま寄ってたかって七人で二人を囲み、口々に威圧した。
近所でも有名な不良集団だったらしい。
彼らも子供相手に大人げないとは思うが、その時はきっと、虫の居所が悪かったのだろう。
周囲の仲間が苦笑いでたしなめてくるが、一人の男が我慢ならなかったらしい。
きっと、良知留のことだ。日留里貴明の時みたいに相手が激昂する罵声でも浴びせてしまったのだろう。
そんな罵声を自分よりも年の小さな少女から浴びせられたら、どうなるか。想像など簡単に付くというものだ。
これは良知留の性格が招いた危機だった。
おそらくこれが姉の留々離であれば、平謝りで事なきを得たかもしれない。でも、もう、こじれた関係は修復不能になっていた。
最後には切れた男の渾身の一撃。
良知留が殴り飛ばされた瞬間……ガシャドクロが開眼した。
驚く男の仲間たちが止めに入るが、もう、後の祭りだった。
斑目稲穂は恨みに目覚めた。
世の中全てを恨み、己の姉を殴った男を恨んだ。
そして、その恨みを晴らす術を、持ってしまった。
良知留の見ている目の前で、どこからともなく取り出したカッターナイフを携えて、斑目稲穂はその手を紅に染め上げた。
親や留々離が彼女たちを見つけたのはそんな時だった。
何が起こったのかわからず、顔に返り血を浴びて泣きじゃくる良知留と、赤一面に染まった大地に呆然と佇む稲穂。
それからどれくらい経っただろうか?
妖使いらしき少女の惨殺という通報を受けた警察が拳銃持参でその場を取り囲む。
七人の無残な遺体と血だらけの少女に戦慄しながらも、果敢に「逮捕する」と声を震わせ宣言する。
稲穂は戸惑いを浮かべながら、いつもみたいに愛しい姉に助けを求めた。
だけど良知留は泣いてばかりで答えは返らず、観念したようにナイフを下げて、稲穂は警察官たちに向き直り……
パンッ
たった一度。乾いた音が鳴った。
当時、その部署に配属されて間もない新人警官が、恐怖に駆られて発砲したのだ。
ただ撃っただけなら、彼女も許せた。
自分に向かってきたものであれば、素直にそれに倒れただろう。
なのに、傷付いたのは……斑目良知留。
良知留の頬から垂れた赤い血筋を見た瞬間、稲穂の中で何かが切れた。
無言でナイフを構え、突如警官の群れに突撃した。
警官たちは一斉に銃を構え、彼女の両親は止めに入った。
いくつもの事象が重なって……悲劇はさらに拡大した。
目の前で見せられた両親の死という現実。
警察からの一斉射を全身に受け、それでも愛する娘を護った。
稲穂を守るようにして散っていった二つの命。
ガシャドクロ暴走の……始まりだった。
慟哭にも似た叫びが轟いた。無数の銃弾と血華が舞った。
まるで血涙を流したように幾つもの血を浴びて、稲穂は復讐の鬼と化した。
ついには機動隊まで出撃し、それでも……警察側の敗北だった。
結局、赤黒く染まった城下に立っていたのは斑目稲穂ただ一人。
そして、腰を抜かし、目の前の惨状に唖然とするだけの若き警官が一人。
泣きじゃくる良知留は両親に縋りつき、必死に叫ぶが二人は既に反応しない。
ようやくやってきた留々離や決雪も両親の元へと駆け付けるが、稲穂はただそれを悲しげに見つめるだけだった。
やがて、意を決したように視線を外す。
その視線が、若き警察官を睨みつけた。
竦み上がる男は思わず「ひっ」と喉を鳴らす。
唯一無傷で生還してしまった男に、稲穂は悠々歩み寄る。
近づいてくる悪魔のような少女に、男は縮みあがった。
稲穂は良知留を撃ったその男に歩み寄り、耳元で囁いた。
「お前のせいでこうなった」
彼女はそのままナイフをしまい、男から無造作に奪い取った手錠を自分で填めて、誰の手も借りず自分の足で、警察署へ自首しに行った。
そうして、この大阪城の惨劇が幕を閉じたのだった。




