赤っ恥報告
次の日、私が目覚めると、昨日の服のままだったことに気付く。
どうやら笑いながら寝ちゃったらしい。我ながらなんと恥ずかしい。
洗面所に行って鏡を覗く。涙やら鼻水の痕で放送禁止な顔になっていたので急いで顔を洗った。
タオルで水気を拭き取って、洗い残しがないかをチェック。
うむ、大丈夫ですな。
次に歯ブラシを取ろうとして、ふと、鏡の端に誰か映ったのが見えた。
慌てて振り向く。一瞬よっち~に見られていた気がしたけど、彼女の姿は振り向いた先にはなかった。
気のせい……か。鏡が目の前にあるからつい意識しちゃうね。
それからは歯磨きを終えて、お風呂に入り、親父と自分用の朝食と親父の弁当を作り、いつもどおり親父にお供えしてから家をでた。
グレネーダー支部へと向う途中、幾つもの窓ガラスなどが気になった。
まるで鏡の中から監視されているみたいな気がしてくる。
支部に着いた後も、違和感は付いてまわっていた。
オペレーションルームに着いた私は、先に来ていた小林さんと前田さんに挨拶して空いている席に座る。
隊長の座るホワイトボード前の座席以外ならどこでもいいそうだ。
小林さんと前田さんが入り口から右側にいたので、反対側の席に座る。
少し待つと、翼がやってきて私の隣に遠慮なく座った。
最後に隊長がすまない遅れた。と言いながらボード前の席に座る。
「小林が復帰したので、ようやくではあるがこれより第一回目の早朝ミーティングを開始する。小林と翼はすでに前の支部で知ってはいると思うが簡単に説明させてもらう」
席に座った隊長が皆に資料を回す。
三枚綴りの用紙が二組あった。
一組目の一枚目には斑目稲穂の顔写真とプロフィール。二枚目は犯罪歴。三枚目は出没予想地図があった。
二組目を手に取る。案の定、斑目良知留の名前。
「今回上層部から捕獲司令のあった妖使いだ。いずれもほぼSクラスの妖使い。ガシャドクロと紫鏡だ」
「ガシャドクロですか……飢餓や疫病などで無残に打ち捨てられた死者の怨念が凝り固まってできた復讐のためだけに存在する妖。もう一人は異世界の案内者、紫鏡ですね」
補足するように呟く小林さん。
「そういや、大倉道義とかいう奴はどうなったんです師匠?」
「妖能力を使って斑目の目を潰したことが証明できなかったようだ。今回の捕獲対象からは外れている。あいつを捕まえるのは警察の仕事になるだろう」
なんとなく納得できないでいる私は、ふと、窓に視線を走らせた。
別に紫色になってるわけじゃない。でも、誰かに見られている気がする。
「さて、これから毎日仕事始めにここで近況報告をしてもらうことになる。本来なら必要な報告書だが作成は不要だ。口頭でかまわん」
「では、まず僕が手本になりましょう」
メガネを直して小林さんが言った。
「日留里高男君だったかな? の家に現れた妖、目目連と怒々目鬼が斑目決雪と留々離であることを突き止めました。後、翼君と二人で大倉道義と斑目稲穂を捜索していました。以上、次は志倉君だよ」
「俺っすか!?」
「小林の次に年配だからな。経験があるだろう?」
「……そうでしたっけ? ま、いいですけどね」
翼は頭を捻るようにして昨日のことを思いだす。
「ああ、そうだ。昨日はアレですね、小林先輩と街中捜索中に先輩が急に服脱ぎだしてシャドー始めたのにゃ驚きましたよ」
「な、それは秘密にしといてくれとあれほど……」
小林さんが慌てたように反論するが、
「つったって、先輩が言ったこと以外に印象に残ったのはこれくらいですし」
「そ、それなら君だって玩具屋に入っていったと思ったら女の子の人形を買って帰ってきて下半身だけ集めていたじゃないかッ!?」
「うわあああああああッ!? なに言ってるんですか先輩ッ!!?」
翼が珍しく血相変えて慌てていた。
ってか人形集めが趣味? しかも下半身だけって……
「しゅ、趣味じゃねぇぞ高梨ッ! その蔑んだような白い目は止めろッ! 妖の欲のせいなんだよッ!!」
それはそれで引くね、物凄く。
「す、すすすすごい性癖だねぇぇぇ」
「だぁぁぁッ! 前田ッ! テメェもなに勘違いしてんだッ!! 性癖でも趣向でもねェッ! 嫌々ながらにやってんだよッ!」
「でも嬉しそうな目をしていたが?」
小林さんの一言で、私も前田さんもさらに白い目線を翼に送っていた。
「違うんだぁぁぁぁぁぁぁッ」
コホンと隊長が咳払いしたのはそのときだった。
「翼がどんな趣味だろうと今は関係ない。次は前田、報告を始めてくれ」
「あ、はいぃぃいぃ」
名指しされてつい席を立ちびしりと背筋を伸ばす前田さん。
未だに吼えてる翼は完全に無視されていた。
「私はぁぁぁ、有伽お姉ちゃぁあぁぁんとぉぉ、病院で志村お兄ちゃんからぁぁぁ、情報を聞きぃだすことにぃぃしましたぁぁ。でもぉぉぉ、有伽お姉ちゃん来なくてぇぇえ、お兄ちゃんも目覚めないからぁぁぁ帰りましたぁぁあ」
あ、はは……病室で健気に震えながら待ってる姿が嫌でも浮かびますよ。椅子の上で三角座りしてそうだなぁ。
「そうか、では有伽……の前に前田、窓だ」
隊長に指摘された前田さんは窓まで歩き、ガラス部分に手を触れた。
しばらくすると、ガタガタと強風も吹いていないのにガラスが振動を始める。
やがて、盛大な音を立てて中庭側へと砕け散った。
「す……すご……」
「前田は震々の妖使いだ。本来は対象を震え上がらせるだけなのだがな、震わせ方によっては共振によって局地地震をも起こすことができる。今回は窓を共振させて砕いてもらった。何者かに監視されていたのでな」
監……視? じゃあ、やっぱり今日の違和感は間違いじゃなかったんだ。
「気配は消えたようだな。有伽をつけていたようなので恐らく紫鏡かと思う」
よっち~が私を? 何のために?
「さて、では有伽、前田と分かれた後の報告をしてもらおう」
……来たか。恐れていた質問が来ちまいましたか。
翼が隊長の指示の元、気落ちしながらも窓をダンボールで塞いでから、ついに私の報告となった。
というか、この報告って余り意味がない気がするんだけど……いいのかな?
「真奈香の病室でお見舞いを済ませた後勝也ちゃんの病室に行きました。ただ、まだ前田さんが来てなかったので部屋で待ってたんですけどそしたら……斑目稲穂がやってきました」
私の言葉に全員が驚きの声を上げた。
「ま、待てよ高梨、斑目稲穂に会ったって……」
「うん、会ったよ。よっち~を助けてくれるように話したら一応協力してくれるって。話の流れから先に大倉道義を探そうってことになって二人で探しに行きましたよ」
「探しに……って、よくまぁガシャドクロを説得できたな」
「早く探しに行かないと殺すとか言われたんで前田さんの到着待たずに行きました」
「それでいくぅらぁぁ待ってもぉぉぉこここここなかったんだだだ」
「そゆこと。それから大倉道義を見つけて……」
「見つけたのかッ!? それでどうした」
隊長がちょっと嬉しそうに聞いてきた。
「ええ……とよっち~は現れなくて、大倉道義は逃走、稲穂ちゃ……斑目稲穂も行方をくらませました」
ちょっと濁したように私は答えた。
さすがにありのままは話したくなかったからだ。
でも……
「高梨君。昨日の帰り際はかなり落ち込んでいたようですが、まだ何かあったのでしょう? 全員逃亡の理由もそれに直結しているのでは?」
何かを期待するような瞳で小林さんが鋭く突っ込んで聞いてきた。
「え……ええと……」
「報告には嘘偽りは無しだぞ有伽」
隊長、その言葉、今は恨めしく思います……
「もしかしてガシャドクロに口止めされてんのか?」
「有伽お姉ちゃん、話そうよぉ」
何だろう? この絶対話さなきゃいけないみたいな空気は?
「そこを聞いちゃいますか? みんな酷だなぁ……」
言うのか? 言っちゃうのか私? 赤っ恥を晒すのか?
「一度だけしか言いませんから……」
結局、涙を呑んで話すことに決めた。
私、みんなの期待を裏切れない良い子ちゃんですから……くすん。
「大倉道義を追いつめた後、妖の欲が発動しました……ガシャドクロに……」
それでもやっぱり恥ずかしすぎてみんなの顔を見ることができず、ごにょごにょと口籠るように声を出していた。
「妖の……欲ですか」
「有伽お姉ちゃんの妖って……」
「垢舐めだよな……」
全員が答えに辿り着いたらしい。
「結果、ガシャドクロ逃走、大倉道義もどさくさ紛れて逃走です。……だって、だってあの子ずっとお風呂入ってなかったんだもんっ。垢だらけで近寄られたら耐えれるわけないじゃんっ。うぅ……」
「そ、そうか、気の毒だったな……」
苦笑いで感想を洩らす隊長。
懐から取り出した革製の日記帳に何かを書き込み始めた。
何を書いているのか気になる。絶対私の事書いてるし。
「さて、それでは最後に私からだな」
日記帳をパタンと閉じて、隊長が私たちを見回した。
沈痛な空気を払拭するように、厳かに声を出す。
「私は支部長や他課と合同で、ヌリカベの使い手であると思われる雨宮恭一を捜索していた。そして容疑者が浮かんだ。前田の振動で捉えた声から高港警察生活安全課少年係の巡査、伊吹健治を殺人教唆、脱走の共犯容疑などで留置している」
高港警察生活安全課少年係の巡査、伊吹健治? それって確か……そうだ、真奈香と学校で出会った伊吹さんだ。
「それと、もう一人不自然な人物を発見した。こちらも伊吹健二。警視正という肩書きを持つ。病院で会ったと思うので小林以外は顔見知りのはずだ」
え? 伊吹さんが不自然?
「警視正は警察署では署長クラス。県警本部でも部長。まずこういった捜査に加わることはない。デスク仕事が主な役割だからな。そこで問題になるのはその上級階級であるはずの警視正が巡査に混じって捜査を行っている点だ」
そっか、警視正ってそんなに上の位で……となると伊吹さんの行動は確かに不自然だ。
「さらに伊吹健二という警視正は日本のどの警察署にも属していないようだ。これは秋里が既に確証を得ている」
「では、その伊吹さんという人物は存在しないということですか?」
「その通りだ小林。今のところ害は出ていないが何を目的に行動しているか分からん。さらに昨日、彼は姿を消した」
ああもう、次から次へといろんな人が好き勝手してッ!
何がなんだかワケ分からなくなってきた。
一体この事件はどういう風になっているんだろう?
「この事件、かなり根深いものがありそうだ。全員心するように。それから、小林、翼は引き続き大倉道義、斑目稲穂の捜索。前田と有伽は私と伊吹健治の尋問に立ち会ってもらう」
え? 尋問?
「ボクが尋問ですか?」
「別に有伽に尋問を担当して貰うわけではない。担当は私がやる。お前たち二人を連れて行くのは良い機会だからだ。尋問の仕方を見て覚えろ」
確かに良い機会といえばいいのかもしれないけれど、尋問ってあれでしょ? よく刑事ドラマでやってるような奴。
隊長がカツ丼食うか? とか言ってる状況を思い浮かべて、それはある意味見てみたいかもなどと思う私だった。




