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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三節 陰口
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陰口を暴け

 出雲美果の家の近くへやってきた。

 翼の表情が暗い。

 気まずい空気に慣れていない私はどうしていいのか戸惑いながら翼の後ろを小さくなって歩いていた。

 声もかけづらいし、目つきが恐いですよ翼ちゃん。

 もっと爽やかに行こうよぉ。


 ここに来るまでに、私の写真を取り、翼の証明書をコンビニでカラー印刷したものに貼り付けた。名前を変えとくのも忘れない。

 パッと見素人には判別付かないんじゃね? ということらしいけどさ、私でも違うって分かるぞこれ。


「ね、ねぇ、翼」


「なんだよ?」


「いや、ここまで来たけどどうすんのかなって、作戦とか打ち合わせとかは……」


「ああ? 今頃なに言ってやがる?」


 あああ、恐いよぉ。翼が恐いよ!?

 金山家に近づくごとに凶悪さが増してきておりますよ。当社比1・5倍くらいの増量ですよ!?


「いらねぇんだよそんなもの。意地でも吐かせてやる」


 頭に血が上っていつもより強引になってるっ!?

 仕方ない。舐めよう。

 香水臭くってあんまし舐めたくないけど、おばさんが吐かないようなら舐めるっきゃない。

 舐めれば妖使いかそうでないかはすぐ分かるから。


「用意はいいな高梨」


「い、いいわよ。覚悟したから」


 翼が金山邸の呼び鈴を鳴らす。

 夕焼け色に染まり、金山幸代の登場を真剣な面持ちで待つ翼は、ちょっとだけ格好よかった。


 でも、空でアホーアホーと鳴くカラスの群れのせいで、翼大好きっ! とか、ちょっと気になるの。という感情は全く沸いてこなかった。


「あらあら、刑事さんじゃありませんか」


 おばさんの気配がドアの前に現れてから二分後、ようやくドアを開いたおばさんはまるで今来たばかりといった態度で応対してきた。


「そんな恐い顔なさって、どうなさったんです」


「少し尋ねたいことがあるんですよ、おばさん」


 翼の代わりに私が声をだす。

 もう聞くことはないと思っていただろう声に、はっとしたように翼の後ろから現れた私を見るおばさん。

 驚愕に目を見開いた。


「な、なん……」


 と、何かを口にしかけて口ごもる。

 なんかね、この反応だけで確定したような気がする。

 うん。このおばさんが陰口決定。いや、断定。


「ボクがどうかしました? お・ば・さ・ん」


「ど、どうもしないわよっ、ば、バカ娘!」


 怖気づいたような虚勢を張る。

 さて、それじゃバアンと見せてやっちまいますか。


「ボク、こういうものです」


 そういいながら翼から預かった警察手帳を見せてやる。

 そこに映っている私の顔写。目を剥いて見たおばさんは、がくがくと震えだした。


「け、けけけ、警察のお方でしたんですか」


 急に敬語だよコイツ。


「ええ。それで、お聞きしたいことがあるんですが」


「あ、は、はひぃ、ど、どどど、どうぞっ」


 や、やば……お腹抱えて笑い転げたい。

 横を見れば、翼も同じ気持ちのようで、目元がちょっと笑ってる。


「じ、実はですね。昨日のことなのですが」


 昨日。私から発せられたその言葉に、ブルブルと身悶え始めたおばさん。愉快すぎる。


「ボクに対しあらぬ噂が流れました」


「う、うう、噂?」


 平常に答えているつもりかもしれないんだけれど、おばさんの声は奇妙なほどに上ずりまくっている。

 翼が自分のお尻を抓って、笑いたいのを我慢している。限界に近いかもしれない。


 耐え切れずに翼が吹きだす前に証明させてやる。

 左手をズボンのポケットに突っ込み、中に入っているボイスレコーダーのスイッチを入れ、録音開始。


「この噂のおかげで、危うく同僚に殺されるところでした」


「は、はぁ」


「誤解を何とか解いて原因を調べていたのですが……捜査線上にある妖使いが浮かび上がりました」


 妖使いと言った瞬間。おばさんがぎょっとした。


「あ、あああ、妖使いで、ででですか!?」


「ええ。その名を、【陰口】というそうです」


 妖の名を聞いた、当にその時、おばさんは腰が抜けたようにへなへなと座り込む。すでに顔は真っ青だ。


「陰口というのはかなり危険な妖使いなんですよ。見つけたら即抹殺なんて上層部から指令がくるくらいにですね」


 にやりと薄い笑みを浮かべる。


「ち、違う、ちが……」


「なにが違うんですか?」


「あ、あたしゃ知らない。なにも知らないんだよ」


「さて、この陰口という妖使いなのですが、前の抹殺対象に認定され、抹消された出雲美果にも関わりがあるようなのです」


「あ、あああ、あの憎たらしい娘がなんだって……」


「少し黙れよ」


 うわ、さっきまで笑いを堪えてた翼がまた恐くなった!?


「し、失礼。志倉刑事の言うことは気にしないでくださいね」


「は、はひ……」


「出雲美果さんB級認定の妖使いだったのです。一般には知られていませんが、グレネーダーでは上層部の判断する力の強さの度合いでランク付けされていて、ランクA未満は抹消対象外として保護観察処分になるんです。知ってました?」


 おばさんはさらに顔を青ざめさせ、後ずさりを始めた。


「ところが、陰口の能力ですか。そのせいで、本来無罪を証明できた出雲美果さんは抹消されてしまいました。これはつまり、間接的な殺害です」


「そ、それがなんなんだいッ。あ、あたしにゃあ何の関係もないじゃないかッ。そうだろう?」


「しらばっくれんじゃねぇぞババァッ! テメェが陰口だって言ってんだよこっちはよぉッ! さっさと吐きやがれッ!」


 うわ、翼暴走!?


「つ、翼、落ち着いて」


「ふざけんなッ! もう我慢の限界だッ! こいつの怯えよう見りゃわかんだろうがッ! 美果を陥れたんだよッ! このクソババァがッ!」


 だめだ、完全にキレてる……


「美果はよ、何も悪いこたぁしてねぇんだ。ただテメェに水かけられただけだろうがよ。そうだろ? あぁ? おい? 何とか言えよ。言えってんだよッ! オラァッ!」


 恐怖で怯えるおばさんの襟首を掴み上げ、翼はおばさんを睨みつける。


「ゆ、許しておくれぇ、あ、あたしじゃないんだよ。違うんだよぅ。小娘がガキの癖して生意気だからちょっとからかってやろうとしただけじゃないのよぅ」


 ちょっと……からかって?

 どうしよう、私もキレていいかな?

 ああ、もう、ムカムカしてきた。


 でも翼がさっきの言動にさらにキレちゃったから、歯止めかける役に徹しないと。

 もうちょっとで自白させられるんだから。


「からかってだぁ? それで美果をグレネーダーに殺させたのかテメェは?」


「こ、殺したのはあんたらの勝手じゃないか。あたしゃ殺せなんて言った覚えはないよ。影を使って落としめてやっただけなんだよぉ。あんただってそうさ、話の腰を折った罰に一日痛い目を見せてやろう程度だったのさ。なのにグレネーダーがこの近辺に支部を構えてたもんだから、そこまで噂が広がって、収拾付かなくなっちまった。私の方がいい迷惑だよッ!」


 ぎ、逆切れしだしたよこのおばさん。


「高梨……証拠は」


 翼の問いにレコーダーを取りだし、録音ボタンが押されてることを確認。


「ん。オッケイ」


「なら、ここからは俺が貰うぞ?」


 ここからはグレネーダーの仕事だ。

 私はまだ関係者じゃないので翼の言葉に反論する気はなかった。


「どうぞ。お好きにしちゃってくださいな」


 抹消って相手を殺すってことだよね。死んだらどんな風になるんだろ? 

 自分じゃないからちょっと好奇心湧いてみたり。


「な、なにする気だい、あんたらはッ」


「決まってるだろうがよ? 俺の仕事は危険な妖使いの抹消だ」


 憎悪に塗れた翼が哂う。こ、こわ……完全に悪役キャラ入ってるよ。


「そ、それって……」


「ああ、テメェだよ、金山幸代。いや、陰口」


「じ、冗談じゃないってのさッ! そんなに抹消したきゃ相方でも消しなクソ餓鬼ッ!」


 窮鼠猫を噛む。翼に精神的に追い込まれたおばさんが妖を発動させる。


「な、なんだっ!? 体が?」


 翼の影が私の方へと向き直る。

 翼自身もそれにつられて私に向き直った。


「つ、翼?」


 長く伸びた翼の影が、私の影の首に手をかける。

 え? 何? 苦し……

 首が圧迫される。

 翼はすんでのところで踏ん張っているのか、私の首筋に手が触れないくらいの位置で体を止めている。なのに……

 翼の影は私の影の首を絞めている。影なのに……苦しい?


「高梨っ、クソッ! テケテケ、金山幸代を狩れッ!」


 翼の声に発動するテケテケ。

 しかし、這いずりながら私たちの間を抜けていくおばさんの後ろに付くけれど、おばさんが後ろを見ようとしないので狩るに狩れない。

 やがてテケテケの範囲外にでたらしい。

 鎌を口に咥えた半透明の上半身少女は、戸惑いながらその場に留まり、翼と逃げ去っていくおばさんを交互に見る。


「冗談じゃないんだよッ! あたしゃ静かに面白おかしく生きれさえすりゃ、文句はないのさ。バカ娘なんかに生活を乱されてたまるかってんだッ」


 よろよろと起き上がり、走りだすおばさん。

 腰の抜けたままだろうに器用によろけながら走っていく。

 追いたいのに……体が動かない。


 首が絞まって意識が遠のく……

 私、死ぬの?

 翼に殺されちゃうの?


「高梨、俺を突き飛ばせッ!」


 酸素が少ない。

 呼吸しなきゃ。

 息できない……


 朦朧とした意識の中。

 翼を突き放そうと舌を伸ばす。

 舌が何かを触る。空気……酸素はどこ?


「や、やめ、そこは……ぎゃはははははは」


 誰かが笑う。笑い悶えて力が緩む。

 喉の圧迫が弱まり、新鮮な空気が入ってくる。

 咽る。

 体が崩れ落ちる。


「た、助かった……」


 マジに死ぬかと思った。


「俺は死んだ……」


 ぺたんと玄関口に座り込んだ私の前で、戸口に持たれかかり、ぜぇぜぇと息をする翼が妙に爽やかに脱力していた。


「な、何してんの翼」


「お前に殺されかけた。笑いながら死にかけたのは初めてだ」


 なんで笑ってんだか。


「やられたな。陰口にあんな能力があるなんてよ」


「洒落になんないね。あのおばさんが影操るなんて納得いかない」


「とにかく、追うぞ」


「当たり前よッ! この恨みは晴らさせてもらうからっ」


 休みたがってる体を奮い立たせ、私たちは立ち上がった。

 どちらからともなく走りだす。

 あの香水の臭いを追う。

 翼は何も言わなくても私の後を付いてくる。頼りにされてる証拠ってとこですかね?

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