押し寄せる後悔の解消法
作戦会議室に帰り着いた私は、椅子に座って盛大に長机に突っ伏した。
「もう、どこにいってたの有伽お姉ちゃんッ!」
先に戻っていた前田さんが頬をぷっくらと膨らませて怒ってきたが、私は反論する気力もなかった。
「あのお兄ちゃんの病室でぇぇぇ待ち合わせだぁあぁっていったよね有伽お姉ちゃ……お姉ちゃぁぁぁん? どしたの?」
「いっそ一想いに葬ってください……」
「え、ええッ!? そんな、約束破っただだだだけで!?」
「ボクみたいなダメ妖使いなんていなくなればいいんですよ……もうティッシュペーパーに包んでスリッパで四、五回踏みつけてから便所にポイしてください……ゴミ箱でもいいです……」
「有伽お姉ちゃんが壊れたぁあぁッ!?」
「今帰ったぞぉ……無事かぁ高梨ぃ?」
翼の声が聞こえた。外回り組みが帰ってきたのだろう。
真っ白に燃え尽きた私に気付き、翼たちが首を捻った。
「おや? 高梨君はどうしたんだい前田君?」
「有伽お姉ちゃん壊れちゃったぁあッ!?」
別に壊れてないですよ私は……ああ、もういっそのこと壊れたいよ。
「今度は何やらかしたんだ高梨?」
「人としてやっちゃいけないこと」
「ああ~、そりゃ落ち込むわな……って本気で何したんだお前はッ!?」
「ふふ……終わったんだよボクの人生は」
もう、半ば悟ったような諦めの表情で翼に顔を向けた。
私の顔を見た翼が呆れた顔をする。
どんなことをやらかしたのかとうんざりした顔だった。
「何時にも増してヘコんでるな……何したんだお前は」
「ボクの心にできた心の傷は伝説の闇医者も未来の青狸も治せりゃしないのさ」
欲望の後は必ずやってくる自己嫌悪。
今回のは獲物が強力だった分反動もでかかった。
何より稲穂を満足するまで舐め回してしまったという事実が重石となって圧し掛かる。
非常に美味しく頂きました。
じゃなくて、いや、でも物凄くおいし……
ああもう、なんで私はこんな妖に目覚めちゃったんだろう。
というか……稲穂ともう顔合わせられないっ。
また出会ってしまったら私、確実に殺されるよね? 絶対ヤバいことしたもんね。だって白眼剥いてたんだよ。絶対怨まれてるよ!
「ボクは百合じゃない……百合じゃあないんだよ……あははは……」
「……高梨君は疲れているみたいだね。しばらくそっとしておいてあげよう」
呆れた口調の小林さんに他の二人は頷き、各々退勤を始めて帰っていった。
魂の抜け切った体を引き摺って自宅に帰宅したのは、午後九時頃のこと。居間では何も食べれず腹の空かせていた親父が一升瓶抱えて寝入っていた。
食事は作る気力も無かったので、親父には悪いがそのまま今日は眠って貰おう。
どうしてもお腹空いたら勝手にコンビニで何か買うだろうし。
部屋に戻るとそのままベットに倒れこむ。
またやってしまった。
妖の欲による暴走。
テレビのテレフォンショッピングを見て無性に欲しくなるようなあの感覚。
いくら否定しても本能には逆らえない。
こんな能力要らないと思っても、引き剥がせるわけもなく……
何を考えても結局は自己嫌悪に陥ってしまう。
辛い。とても辛い。生きていることが嫌になってくるくらい。
体を仰向けて額に左手の甲を当てた。
疲れてるな……精神的に。
最近は妖使いと周囲にバレる事を気にしなくて良くなった反面、責任というストレスがのしかかってくるようになったし……
うつ病にも似た気分のまま、私は天井を見上げていた。
妖の欲を押さえられるっていう抗欲薬だっけ、あれ、買いに行こうかな……
そうだなぁ。次の休みがあったら買っとこう。
どうせグレネーダーなんだから妖使いだと店員さんにバレても問題無いし。
昔はバレるのが怖かったので怪しいくらいに厚着してサングラスにマスクなんかしてさ。
男子学生がエロ本買うようにビクつきながら買ってたっけ。
別に妖使いだとバレても抹消はされないと分かってればあんな笑える格好しなかったのにな。
わざわざ公衆トイレで服を脱いで鞄に詰め込んでいそいそと帰ったのはいい思い出だ。
小学校の修学旅行とか、体育祭とかの時はよくお世話になったモノだ。
といっても、薬が切れると今まで我慢していた欲が一気に噴き出てくる諸刃の剣ではあるけれど。
結構使い勝手はいいし、副作用も切れた後の欲望強化だけだから、なんとか自分の身体の垢で今まで乗り切ってたし。
こそこそ買わずに堂々買おう。
別に恥ずかしいモノ買う訳じゃないし。
ああ、でも、なんか今はこういう事考えても気分が沈んでくるなぁ……
こういうときはどうするんだっけ?
隊長が教えてくれた辛い気分を吹き飛ばす方法。
そう……無理でもいいから笑ってしまえばいい。
内に溜めたもの全部笑い声に替えて吐き出してしまえばいい。
それでまた前に進みだせるから。
だから……私は笑った。
私以外誰もいない小さな空間で、不器用な笑みで笑い続けた。
なぜだか涙が溢れ出し嗚咽も混じった。それでも笑いを絶やさなかった。
誰の邪魔もない私の部屋で、私だけの世界で、ただひたすらに、形もない何かを笑い続けた――




