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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第四節 餓奢髑髏
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稲穂への説得

 真奈香の部屋は一人部屋だった。

 一応グレネーダー員ということなのでVIP待遇らしい。

 治療費もグレネーダー本部が全負担。テレビカード10枚付き!


 しかも念入りに名前のところは別人の名前が書かれてあり、ネームプレート自体には上山麻奈と書かれている。誰だよこの人。

 ホントに別人が入っていないか、ドアを薄く開けて中を覗き見る。


 あ、真奈香発見。前田さんが言ってたとおりこの部屋で正解みたいだ。

 今は暇潰しなのか、漫画を読んでいるみたい。

 なんだろうか? 顔がにやけながら幸せそう。

 まるで私のことを話しているときみたいな……ま、いいや。入ろっと。


「見舞いに来たよ真奈ちゃ……」


 私が入った途端、慌てたように真奈香が本を布団の中に突っ込んだ。


「あ、ああああああ有伽ちゃんどうぞ~」


 まるでお客様用高級菓子を見つけて食べていた子供が親に見つかった時のような緊迫感溢れる顔で真奈香は言った。

 まぁ、気持ちは分からなくもないですよ。


 でもね真奈香さん。題名しっかり見えましたがな……

 っていうか、女子寮の百合園ってなんですか!?

 なに読んでますか真奈香さん!?


「ど、どどどどうしたの!? 見舞いに来てくれたんだよねっ」


「え? あ、そ、そうそう。傷の具合はどう?」


 一瞬止まっていた私は、少し前の記憶だけを綺麗に消し去って、何もなかったようにベットの横に向う。

 椅子を引っ張り出してきて、ベットの横に配置すると、そのままどかっと座りこんだ。


「大丈夫だよ。もうくっついたし。一応今日だけ様子見で入院して、明日は元通りかな」


「そっか、よかった」


「心配してくれるの?」


「当たり前じゃない。真奈ちゃんの傷はボクを守ろうとして負った傷なワケでもあるんだし」


 そう言った瞬間、真奈香の頬に朱が差した。


「有伽ちゃんが……有伽ちゃんが私のことを……はふぅ」


 いや、だからその悪寒が背中を走る妄想は止めて。


「私ね、あの時心臓が張り裂けちゃうかと思うくらいに不安感でいっぱいだったの。有伽ちゃんほっといたら死んじゃうんじゃないかって。だから、よっち~の妹さんに立ち向かったんだよ。負けちゃったけど……」


「そうなんだ……ありがと真奈ちゃん。勝ち負けじゃなく守ってくれただけで嬉しいよ」


 真奈香は可愛い。

 ついでに良く気が利くし、優しくて料理上手で困った時は必ず相談にも乗ってくれる理想的な女の子。

 彼女に持つならやっぱり真奈香はとってもいい。

 でもですね。やっぱり私も年頃の女の子。

 付き合うならば理想的な男の子がいいワケですよダンナ。


 とは言っても近くにいる男連中は真奈香に比べりゃ見劣りするし、唯一アリかなと思える人は幼馴染という黄金パターンが付いてるし。

 下手に言い寄ろうものなら拗れに拗れて幼馴染とくっつきかねない。

 はぁ、どっかにいい男いませんかねぇ……


「どうしたの有伽ちゃん?」


「ん? いやいや、真奈ちゃんは女の子だなぁとしみじみしとっただけですよ」


「うん。女の子だよ。ついでに有伽ちゃん募集中」


 彼氏彼女じゃなく私限定ですかッ!?


「なんならここで襲ってくれてもいいんだよ」


「襲いませんッ! 百合な世界は御免被る! というわけであまり長居してると真奈ちゃんに襲われそうなんでそろそろ行くね」


「ええっ!? そんなぁ~」


 不満そうな声を上げる真奈香をほっぽって、私はさっさと病室を後にする。

 ってか本当に襲われそうな気がしたので慌てるように逃げ出したのが正解。




 勝也ちゃんの病室に着くと、前田さんはまだ来ていないようだった。

 仕方がないので先に部屋に入る。

 勝也ちゃんは酸素マスクを付けられて、かろうじで生きているといった感じだった。


 定期的に上下している心電図の音だけが響く一人部屋には私を除き、勝也ちゃん以外の人はいない。

 私はベットに椅子を近づけて、座りこんだ。


「悪かったね勝也ちゃん。無理矢理巻き込む形で致命傷まで負わしちゃってさ……」


 ホントに、勝也ちゃんは今回の事件は部外者なんだ。

 ただ知人が巻き起こした事件を調べる私に利用されただけ。

 それで大怪我負って……


 ダメだな私。

 目に見える人だけでも救いたいとか言いながら、結局他人を不幸にしてばっかりだ。

 ううん。そもそもグレネーダーに入れたことに舞い上がっていたのかもしれない。


 初めての仕事だからって遊び感覚で行っていたのかも。

 足を引っ張ってばかりな気がしてきて、自分の無力さに嫌気がしてくる。

 私の目の前で陰口のおばさんが死んだ。のっぺらぼうが死んだ。勝也ちゃんが重傷を負って、真奈香だって死にかけた。

 常塚さんだって私のせいで死にかけたようなもんだ。


 それに、稲穂の言葉通りに彼女と話をしてれば……よっち~の覚醒を防げたのかもしれない。

 つくづく疫病神じゃん私。

 なんで垢舐めなんて妖能力持っちゃったんだろ?


 普通に人間でいられれば……ううん。もっと強い力があったなら……

 ぽたりと手の甲に落ちた雫に我に返る。

 私……泣いていた?


 目元を手の甲で拭っていると、不意にガラリとドアが開かれた。

 やっときたのか前田さん。遅かったね。

 私はとっさに振り返り、入ってきた人物に声をかける。


「遅かったね前田さ……」


 声は最後まで続かなかった。

 だって、そこにいた人物は……前田さんじゃなかったから。


「あら? 奇遇だね『あ』こんなところで会うなんて」


 ドアからやってきた死神は……そう言ってニヤリと微笑んだ。


「言ったとおりだったでしょ。手遅れになるって」


 心の底から恐怖感が湧きあがって来る。

 でもそれは恐怖という類のものじゃない。もっと深淵の。

 逃れられない絶望を目の前にしたときの……そう、畏怖だ。


「で、どうするの『あ』? そいつはまだ目覚めないみたいだし、お姉ちゃんが動き出した以上私が動く意味もなくなったわけだけど……殺り合う?」


 左腕を振るう斑目稲穂。

 一瞬後に左手に出現したカッターナイフをチキチキと伸ばしていた。

 どうする? どうすればいい? 最良の選択は?


 この場を切り抜ける方法は……いや違うでしょ高梨有伽!

 私は何のためにここにきた?

 斑目稲穂に出会ったら何をするか……分かってるはずだ。


「ね、ねぇ稲穂ちゃん……」


 震えて喉から殆ど出てこない声を絞り出し、私は斑目稲穂の説得を開始する。


「なに? 『あ』」


「よっち~……あなたのお姉さんを、止めるのを手伝って欲しい」


 斑目稲穂の瞳がきゅうっと細まった。


「もう遅いと思うよ。すでに目覚めちゃったもの。今さら過ぎるよ。言ったじゃない、あの時に。私なら助けられるって。それを無視したのは『あ』自身だよ」


「それは……」


 あの時は目の前で真奈香が傷を負って……

 稲穂は無造作に歩き出し、私の目の前にカッターナイフを突きつける。


「見せて。『あ』の覚悟ってヤツを。どれだけ役に立つかってものを」


 覚悟? 役に立つかどうか?

 どうやって見せればいい? 私はどんな役に立てる?

 凶器を突きつけられながら、私は自問自答する。


 恐怖は麻痺したかのように今は何も感じなかった。

 ガシャドクロに恐れを抱かないくらいに麻痺しきった思考のまま、私は自答を続けていく。


 私が役に立つこと。私に何ができる? 舌の絶技? 今はんなもん関係がない。

 病気の無い体? ズブリと刺されりゃそれで意味がなくなる。

 じゃあ、なんだ? 私に何ができる? 妖感知能力だって判別できなきゃ意味が……判別?


 そうだ……あるじゃない。

 私には私にしかできないことが……大倉道義を見つけられるとっときが!

 後は……覚悟。そんなものできるわけが無い。

 第一もっとも危険な人物に今協力を求めているのだ。

 これほどの危険な橋を渡っている覚悟くらい認めて欲しい。


「どうしたの? そろそろ応えないと左目がなくなるよ?」


「できる……」


「何が? 何ができる?」


「ボク……私なら大倉道義を見つけることができるっ!」


「なるほど、確かに役には立つね。その場所に行けば必然的にお姉ちゃんにも会えるわけだ。で? 覚悟はどう?」


「覚悟は……」


 左目のほんの五ミリ先くらいにまで近づいていた銀の穂先に視点を合わせながら、私は震える声で、半ば叫ぶように言っていた。


「覚悟なんか無いよッ! 死にたくないしよっち~を抹消なんてしたくないッ! でも、このままじゃよっち~は抹消されちゃう! 友達なんだものッ! できるだけ助けたいと思うのが当然じゃないッ!」


 目を瞑った。逃げ出したい。いっそ楽になりたい。

 そんな想いから瞑ったのかもしれない。

 でも、痛みも衝撃もやってこなかった。


 恐る恐る目を開く。

 無愛想な顔で斑目稲穂が目の前に立っていた。

 すでにカッターナイフは消え去っていた。


「傲慢、偽善者、あんたみたいなのは怨まれて当然だ」


「怨まれてって……」


「友達がなんだっていうの? あんたが妖使いと知った時、周りの反応は? 友達は助けてくれた? あんたみたいなヤツに限ってそういう場面で必ず大人数派に入るんだ。たまたま数の少ない方に入れられた奴らはそうやって訴えて、どうせ何もできやしないくせに言葉だけは飾り立てる偽善だらけの人間ども。お姉ちゃんは被害者なのに、私のは正当防衛なのに……何が殺戮者だ。証言まで勝手に変えて……許せない許せない許せないッ! 人間なんて大ッ嫌いだ」


 吐き捨てるように叫ぶ稲穂。

 途中辺りから良く分からないことを言ってはいたが、昔に体験した何かを思い出したのだろう。


「でも……お姉ちゃんは私だって助けたい。家族だからね。ふふ……恨めしいからこそ救ってやりたいの。こちら側は私の世界なんだから」


 ゾクリとするような笑みで笑う稲穂は、既に自分だけの世界に入り込んだのか、言っていることは全く理解できなかった。


「さて、『あ』、早速だけど案内して」


「え? でも、まだ前田さんが……」


「不要でしょ? あんたがいればそれでできることじゃない。無駄なものは必要ない。さっさとしないと殺すよ?」


 私に拒否権というものは存在していないらしい。

 前田さんの到着を待たないままに、私は稲穂と病院を後にした。

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