副指揮官現る
食事を終えた私たちは、病院から斑目邸へと向った。
まさか気が付いたらベットの上だとは夢にも思わなかったよ。
お日様また上がってきてたし。一日寝てたってどういうことですかッ!?
死神ラーメン、もう、二度と頼むまい……
誓いを胸に、私と翼は斑目家裏門へと到着する。
チュンチュンと鳥の囀りさえ聞こえる長閑そうな武家屋敷だった。
「こりゃすげぇ。豪邸じゃねぇか」
「凄いでしょよっち~の家」
「ああ。これなら庭でバーベキューできるじゃねぇか」
あんたの凄い家はバーべキュー出来るかどうかなのか?
軽口を叩きながら翼が門の前のインターホンを押そうとする。
私は慌てて翼から距離を取った。
「ああ、そういや俺一人で聞き出すんだっけ? お前がいちゃだめなんだよな」
「そうだよ、ボクは表に回るから」
引くついた笑みで答えて翼から遠ざかる。
先ほどまで打ち合わせをしながら来ていたというのに……もう忘れてんのかこのうすら馬鹿ッ!
なんてことは思っても言いませんよ。私、良い子ちゃんですから。
塀を迂回しながら数十分、ようやく斑目家の前門に辿り着く。
門脇から中を覗くと、相も変わらずお爺さんがタライに手を突っ込んで一心不乱に掻き混ぜていた。
早朝からよくもまぁがんばりなさる……
尋ねるべきことを頭の中で繰り返し、意を決して砂利が敷き詰められた屋敷内へと足を踏み入れた。
お爺さんの目の前まで近づく。
お爺さんは顔を上げることすらなく、熱心に小豆を研いでいた。
「あの……」
生唾を飲んで口を開く。
妙に萎縮して小さい声だったけど、お爺さんには聞こえていたらしい。
「なんじゃい。また来おったか」
視線も向けずに声だけをかけてくる。
「単刀直入にいいます。よっち~を助けるのに協力してください」
緊張で何も言えなくなる前に、一気に言葉を吐きだした。
「協力? 何かあったのかの?」
「よっち~、覚醒しました」
お爺さんの手が一瞬止まった。でも、すぐに動きだす。
「……だからなんじゃい?」
「妖の名は紫鏡。すでに一人犠牲者を出しました。それで……」
お爺さんがすぅっと息を吸い込んだ。
次の瞬間、私の言葉を吹き飛ばすように巨大な音量の怒声が響いた。
「喝――――ッ!」
「うひゃぁッ!?」
突然の大声に尻餅をついた。ついでに腰も抜けた。
洩らさなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
「さっさと帰れッ!」
再び襲ってきた怒声に追われるようにして四つんばいでみっともなく逃げる。
もう嫌だ。このお爺さんにはもう二度と近づきたくない。
前門までやっとの想いで逃げ帰った私は、お爺さんを一度も視界に入れることなく裏門へと逃げ帰った。
ファミレスに戻った私たちは、二人揃って溜息を吐いていた。
「結果はどうだった高梨?」
「翼こそ、裏門で大口開けながら呆然としてたけど、どうしたのよ」
二人して相手の失敗を悟る。
「どうしてかはわからねぇが、俺がグレネーダーだってこと知ってやがった」
つまり、出てきてすぐにグレネーダーだとバレて閉め出しをくらったらしい。
大口開けて呆然としていたので、一方的に捲くし立てられたのかもしれない。
「ボクは怒声で追い払われた……」
まだ腰の感覚がないような気がしてる。
洩らさなかったのは奇跡に近い。
初め、四つんばいの私を見た翼は、少し驚いた顔をしていたが、笑うことなく肩を貸してくれた。
で、そのままファミレスに直行したのだ。
頼んでいたジンジャーエールとアイスティーがやってきて、私たちの前に置かれる。
「これからどうする?」
「どうしよう? 何も考えてないよ……」
二人して溜息を付く。
すでに何度目か分からない溜息を吐いていると、突然翼の横に誰かが座ってきた。
顔を上げてちら見する。
メガネをかけたインテリ系のお兄さんが、翼のために持ってこられたジンジャーエールを飲んでいた。
髪は白とすら思えるくらいに色素が抜けていて、身体は痩せ型。
線が細く、少女漫画に出てくるような鋭い目と綺麗な顔を持っていた。
「お困りのようですね、お二人さん」
白のスーツとズボンでばっちり決めたお兄さんはジンジャーエールを飲み干すと、落ち着いた物腰で私たちに声をかけた。
「ど、どちらさまですか」
アイスティーに手を伸ばしてきた男の魔の手からアイスティーを守りながら、私は警戒した声で聞いてみる。
翼が横に居た男にようやく気付いた。
「ああ、先輩じゃないっすか」
「久しぶりだね志倉君」
メガネを上げながら男は翼に振り向いた。
「いろいろな揉め事がようやく片付いたんで昨日から現場復帰したんだ。苦労の連続で髪に白髪が混ざり始めたよ」
どれが白髪かわかんないですよ……もしかして全部白髪!? どんだけ苦労したの!?
「さっきまで前田君と事件の発端である三人を警護しようとしていたのだけどね……居場所が分からないんでさじ投げだして一服していたところさ。後ろの席に前田君もいる」
タイミングよく翼の後ろから身を晒しだす前田さん。
目が会うと、屈託の無い笑みを浮かべて震えてくれた。
「君とは初めましてだね、副指揮官の小林草次だ。よろしく」
メガネをクイッと上げて、小林さんは自己紹介を終えた。
って、副指揮官ッ!?
隊長の一個下のお偉いさんではございませんかッ!?
「あ、そ、その……初めまして、新人の高梨有伽ですッ」
慌てて席を立ち、深々と礼をした。
急に席を立ったせいでいつもはやらないミスが起こった。
私の呑み差しだったアイスティーを零してしまうという大失敗。
広がる染みは翼たちの方へと勢い良く広がった。
小林さんは即座に席を離れたものの、隅の席だった翼に避ける道はなく……
「つ、翼ごめんッ!?」
ドジってものは一度やったら立て続けに起こるもので、翼に駆け寄ってアイスティーを拭こうとして机の角に鳩尾を……
「うッ!?」
も、モロに鳩尾に……
ガクリとクズ折れる私に、みんなが唖然と視線を向けていた。
「だ、大丈夫?」
前田さんが恐る恐る聞いてくる。
でも今の私に返事を返す余裕なんて少しもなかった。
「これはまた、楽しい新人だね」
苦笑いの小林さん、引きつった笑いは止めて欲しかった。
「でも……なるほどね。隊長が推薦した理由が分かる気がするよ。雰囲気がとてもよく似ている」
雰囲気?
「さて、どうにもうやむやになってしまったが話を戻そう。どん詰まりで困っているようじゃないか」
「その通りっすよ先輩」
誰も拭こうともしてくれないので自分でおしぼりを使ってアイスティーの染み付いたズボンを拭いている翼が答えた。
「手伝おうか?」
翼のズボン拭きをですか?
「いいんすか?」
「僕も今は暇でね。追跡よりは説得の方が向いているんだ」
なるほど……インテリメガネは伊達じゃないってことですな。
「先輩が来てくれるならもう解決したも同然っすね! これでもう……」
翼が妙に浮かれた声で褒めたてる。
それだけこの小林さんを信頼してるってことか。
「ん? うお!? 俺のジンジャーエールがいつの間にか空にっ」
今まで気付かなかったのかおまいさんは?
「誰だ飲みやがっ……」
「おっと、すまないが志倉君、前田君、高梨君。少し注目されるが耐えてくれ」
突然、翼の言葉を遮るように手で制する。
「え!? ここでっスか!?」
「うわわ、わ、わわ私ぃぃぃ無関係ですぅぅぅ」
翼が脱力し、前田さんが慌てて顔を引っ込め他人のフリを始める中、唐突に小林さんが立ち上がった。
邪魔にならないように通路にでると、グッと両手を握り締め、真剣な表情の顔の前に持っていく。
背を前屈みにして、左手を顔の前に、右手は左手より少し引いて固定する。
スゥっと息を吸い込み、突然、左の拳を前に突き出した。
続けて体重の乗った右のストレート。
ワン・ツー、ワン・ツー、何度も何度も拳を突き出す。
……シャドーボクシング? なぜに?
「先輩の欲だ」
私の想いが顔に出ていたのだろう。
疲れたように机に臥せりながら、翼が疑問に答えてくれた。
「先輩の妖は金鬼。欲は人に力を見せ付けることだ」
な、なるほど、だからシャドーボクシング。
たぶん人の多いこのレストラン内で欲の制御が難しくなったんだろう。
しばらく続くシャドーボクシング。
ようやく満面の笑顔で小林さんがシャドーを終えた頃には、客席各地でヒソヒソ話が勃発していた。あ、店員さんもだ。
本人自身はいたって気にした風もなく座席に座り直す。前田さんが小林さんにタオルを渡してすぐまた引っ込んだ。
小林さんは汗を拭きつつ、私に視線を向けた。
「それでは、前田君と志倉君は引き続き斑目留々離、長女の方から情報を聞き出してください。高梨君は僕と斑目決雪からの情報、あるいは協力を得ましょうか」
手を組んで片方をメガネに掛けて、自信満々に小林さんは立ち上がる。
決雪って……お爺さんのことだよね多分。名前初めて知ったよ……
「じゃあ、そろそろ行くかい?」
私たちに声を掛けて出て行く小林さん。次いで前田さんと翼がファミレスを後にする……って、待った!? 勘定どうする気ですか!?
背後に気配を感じ、恐る恐る振り向くと、にこやかな笑顔で店員さんが立ってくれていた。
ああ、そうですね。残ったのは私ですよ。
ってか新人に払わせるってどういうことですか!? 普通逆じゃない?
脳内ブラックリストに新たに二人、副隊長と前田さんの名前を刻みながら、私はレジへと進むのだった。ついでに翼は最上位に上げとこう。
名前: 小林 草次
特性: エセインテリ
妖名: 金鬼
【欲】: 人に力を見せつける事
能力: 【物理耐性】
物理攻撃が殆ど効かない。
【身体強化】
鬼としての力を発揮できるよう身体が強化されている。
人の腕くらいなら千切り取れる。
【肉体言語】
熟練者どうしで殴り合う場合、
言葉にせずとも分かり合う事が出来る。
【従魔】
特定の妖使いに対して逆らう事が出来ない。
鬼属性として使役されることがある。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




