動きだす復讐者たち2
黄昏色の逢魔時……
走る、駆ける、男が一人。
全身斑に目を生やし……
道行く人など気にもせず。
転んで起きてまた走る。
幾つかの眼は傷ついて、
赤い涙を垂れ流し、
男が走る私の元へ……
痛い痛いと苦痛を洩らし、
振り返っては後ろを気にする哀れな獲物。
なぜ、後ろを気にしているの?
狩人は……間近に迫っているというのに。
私は静かにナイフを手にする。
すれ違いざま、そっと一振り。
雑多な人の歩みの中で、
静かに倒れる男が一人。
遅れて流れる男の命。
幾多の悲鳴が周囲を走る。
犯人すでに輪の外で、
誰がやったかわからない。
ああ……もしも、
壁に耳があったなら、
障子に目玉があったなら、
こうなる前に……救えたものを――
私たちは逃げた全身目玉男、日留里貴明を追って町を走っていた。
なのに追跡先で出会ったのは、日留里貴明でないばかりか、もっとも出会いたくない人物だった。
「あら? 『あ』、『ま』じゃない。遅かったね。もう殺しちゃったよ」
無垢な笑みを浮かべて対峙したのは斑目稲穂。
返り血も付いていなければ使用したはずの凶器も無い。
でも、それでも、彼女の言ったことは本当だと思えた。
「有伽ちゃん逃げて。私がなんとかするから」
微笑んだまま無防備に立つ斑目稲穂と私の間に立つように、真奈香が前に出た。
目の前に佇む危険人物を前にして、思い切り睨みつける。
しかし、斑目稲穂はどこ吹く風とニヤついた笑みを浮かべていた。
「真奈ちゃ……」
立ち向かっちゃダメ。そう言うより速く、
「行って、ジャッキーくんっ」
青い精神体が稲穂を襲う。
「あらら、私は話がしたかっただけなんだけど? いいや、死んじゃえ」
チキリと音を立ててカッターナイフが手に握られる。
いつ取りだしたか、どこから取りだしたのかすらわからない。
ただ、気付いたら彼女の手元にカッターナイフが存在していた。
走りだす稲穂に空中に出現したジャッカルが襲い掛かる。
カッターナイフで払おうとして慌てて飛び退いた。
稲穂が居なくなった場所に着地したジャッカルが稲穂を睨みつける。
「この獣、実体が無い?」
少し驚いた表情。でもすぐに笑みに戻った。
チキリとカッターナイフの刃を伸ばす。
「面白いね『ま』少し本気で相手したげる」
それは即ち真奈香に対する絶対的優位さを物語っていた。
少し本気。つまり全力は出さないということだ。
全力を出さずに真奈香に勝てる。そんなことできるはず……
グッと上体を倒した瞬間、稲穂が消えた。
咄嗟に真奈香が両手をクロスして顔を守る。
瞬きしたはずも無いのに、稲穂は真奈香を通り越して、私の目の前に迫っていた。
憎々しげに私を見つめる瞳が彼女の笑みとアンバランスで印象的だった。
そんな彼女は手にしたカッターナイフを私の喉元突きつけニタリと嗤う。
私に肉薄しながらも、背後の真奈香に対して声を出す。
「刃にガードは無意味だよ『ま』」
思い出したように全身から血を噴きだす真奈香。
想像を絶する飛沫に、全身の血が全て出てしまったんじゃないかと思える程の出血。一瞬噴き出ただけですぐに止まったようだけど、だからといって安全なはずがない。
突然気を失ったようにトサリとくず折れる。
「真奈ちゃんッ!?」
駆け寄ろうとする私に稲穂が立ちふさがる。
逃げられない脅威が目の前に居た。全身にえもいえない怖気が走る。
喉に触れるか触れないかといった場所にあるカッターナイフに知らず喉が鳴っていた。
「致命傷は避けたよ『あ』」
だから安心しろと稲穂は言う。
「ま、真奈香に何するのよッ! どいてッ」
けれどこのまま放置すれば真奈香は出血多量で死にかねない。
「ダメだよ。せっかく邪魔なのがいなくなったんだから」
「真奈香が先だッ! 病院にッ!」
「だから、話が先だって言ってるよ、私。死にたく無いでしょ? 時間がないの」
チャキリとカッターナイフを私に向ける。
膝ががくがくと震えていた。
泣き出してしまいたかった。
逃げ出してしまいたかった。
でも、やっぱり、自分を守ってくれた真奈香を失いたくない気持ちが一番だった。
「う、五月蠅いッ! 真奈香が先だッ!」
怯みかけた気持ちを奮い立たせ、私は稲穂を迂回して真奈香に向けて走りだす。
殺されるかも。とは思ったけれど、無我夢中で真奈香に駆け寄った。
他の事は一切考えなかった。
真奈香の元へ駆け付け安否を気に駆ける。
胸元がちゃんと上下して呼吸してると確認できた私は、なぜ私に攻撃をしてこなかったと稲穂に顔を向ける。
溜息を吐いた稲穂はナイフを下ろす。
「後悔するよ『あ』」
真奈香に駆け寄った私に、稲穂は顔だけを向けて言った。
その顔には、何故か失望が見えた。
信じた相手に裏切られた時のような、縋った相手に手を振り払われたような切ない顔。
なぜ? 彼女がそんな顔をする?
「覚醒するよ。私なら……止められるのに」
そう言い残し、彼女は去った。
何が覚醒? そんな思いが一瞬湧いたものの、身じろぎした真奈香に意識がいった。
「待ってて真奈ちゃん、すぐに病院に……」
携帯電話を取りだし救急車に連絡を入れる。
一瞬だけ稲穂が立ち止まり、悲しそうな顔を向けたけれど、私は無視することにした。
名前: 斑目 稲穂
特性: シスコン・我慢強い
妖名: 餓奢髑髏
【欲】: 全てに憎悪する
能力: 【得物召喚】
敵を切れる武器ならば何でも召喚できる。
ただし、使用者が認識したものであることが条件。
【身体強化】
恨みをぶつける相手を殺すため身体が強化されている。
人相手なら認識されずに切り殺す速度を誇る。
【死線感知】
熟練の人斬りにのみ覚醒するという死線が見える。
敵をどう切れば殺せるかが分かるようになる。
【呪詛】
傷を与えた相手に呪いを付加することができる。
呪われた相手は数日苦しんだ後に変死する。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。




