動きだす復讐者たち1
級友だと説明した母親に案内されて日留里貴明の部屋へと向う。
ドアを開くと、部屋の中は明かりが一つも無い場所だった。
照明も付いていなければ窓も黒いカーテンを引かれていて、完全に暗い闇の世界になっていた。
暗い、暗すぎる。
部屋は乱雑というほどではなかった。
私の部屋に比べると見劣りするものの、私の家より確実に綺麗な部屋だ。
ベットの上で何かが小刻みに震えていた。
目を凝らしてみる。布団に包まっていて分かりにくけど……人?
「日留里貴明……君?」
私は声をかけてみる。
すると、ピタリとベットの震えが止まった。
「だ、だだだだだ誰だ!?」
怯えたように震えた声で聞いてくる。私は答えた。
「警察のもので……」
私の言葉が終わるより速く、日留里貴明は私に飛び掛ってきた。
突然のことに対処なんてできず、かわすことも殴ることもできない私はそのまま押し倒されてしまう。
「有伽ちゃんッ!?」
とっさに真奈香が駆け寄ってくるものの、日留里貴明は私の足にへばりついたまま震えているだけだった。
「助けてくれッ、助けてくれ、助けて……」
震えて消え入りそうな声で繰り返し言葉を続ける男に、私も真奈香も警戒を解いた。
「あ、あのさ、落ち着こうよ。大丈夫だから……」
私は困った顔で彼を引き離す。
真奈香も手伝って、ようやく離れたのは一時間もした後のことだった。
「俺……本当はあんなことするつもり無かったんだ」
口切に彼が出した言葉はそんな言葉だった。
真っ暗だったので部屋の電気を付け、窓を開けて光を招きいれた私たちは、日留里貴明を中央にある机の前に座らせて話を聞くことにした。
正直許せるはずも無いけれど、私は我慢して彼の話を聞くことにする。
「高男と道義にあの娘いいよなって口にしただけなんだ。それがいつの間にかナンパすることになって……あの女……」
グッと忌々しそうに顔を歪めて私たちを見た。
「あの女、俺がブ男だのアレが豚の餌だの言いやがったんだッ! そんなこと言われなきゃ俺だって……俺だってあんなこと」
彼が言うことには、彼は高男と道義と一緒に斑目良知留をナンパしたらしい。
でも、返答はNO。そればかりか斑目良知留は彼を、
「五月蠅いブ男の癖に。アンタのなんてどうせ使用不能や。使えんもんは豚に食わせてしまえばいいんや。餌や餌。そんなんでウチに声かけるとかアホちゃうか。わかったら早よ消え!」
そう、罵倒した。その言葉で、貴明はキレて殴りかかったそうだ。
斑目良知留が本当にそんなことを言ったんだろうか?
でも、彼の怯えようは尋常じゃなかった。嘘がつける状態とも思えない。
それはつまり……本当のこと?
わなわなと震える貴明はさらに震えを増大させていく。
「俺は……違う。あんなことしたいと思ったわけじゃない。後になって後悔した。謝ろうって。謝って済む問題じゃないけど……」
だんだんとヒートアップしていく貴明の口調。
やがて薄れ始めていた恐怖が色濃く顔に出る。
「俺は殺されるッ! 斑目良知留に殺されるんだッ!」
半狂乱に陥って私に纏わり付こうとする。
真奈香の腕によって強制的に私から遠くに離された。
「斑目良知留に殺されるって……どういうこと?」
貴明は答えず右手を私たちの前にゆっくりと差し出した。
ずっと握られていた手を開いた。
ギョロリ。目が動いた。
私の目の前で、貴明の右手の平に生えた一つ目が。
「う、うわッ!? あんたも百眼鬼?」
「ち、違うッ! 生えてきたんだよッ! あの日の夜にッ!」
貴明が必死に訴えてくる。
なるほど、誰かの妖能力だというのなら、相手は悪い事をしたという彼の懺悔に反応する怒々目鬼という可能性があるのかも。
でも、斑目良知留はまだ意識が戻っていないはずだ。
果たして、こんな反撃ができるのだろうか?
「あいつだ。斑目の奴は妖使いだったんだっ。だから……」
もう、貴明の目は尋常じゃなかった。
恐怖がピークに達したのだろう。目が血走っている。
「痛むんだよッ! 道義のような痛みも視力も無い食った端から浮き出る他人の眼じゃないッ! 生きてんだよこの目はッ! 見えるんだよ、この目から見た景色がッ!」
貴明がそう叫んだ瞬間だった。
何の前触れも無く突然、私の目の前にあった壁に目が生えた。
「……え?」
突然意味不明な状況に陥ると、人間即座には反応できないらしい。
スピーカーに目が生えた。
テレビに目が生えた。
電球に机に床に。所狭しと開眼する。
何……これ。
部屋中に目が……
気持ち悪いなんて状況じゃなかった。恐怖。
意味不明の状況に対する恐怖しかない。
私達がそうなのだ。すでに恐慌状態の貴明に正気を保て言うのは酷だった。
「あ、き、来た。来やがったッ!? ひぃ、ひぃぃッ!?」
突然日留里貴明が立ち上がる。
机を蹴飛ばし、私を飛び越え、ドアから外へと走りだす。
そんな彼の後姿にも、次々に目が開いていく。
それはまるで大倉道義が百眼鬼の妖能力を使ったように全身に目が生えていた。
でも、彼と決定的に違うのは、日留里貴明が目玉を掻けば掻く程血が噴き出し、痛みが走ることだろう。
「有伽ちゃん、あの人目が増えていってるッ!」
真奈香に助けられて、私は机に埋もれた上体を起こす。
何がどうなっているのか分からないまま、私たちは二人して貴明の後を追った。




