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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第一節 百目鬼
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高梨有伽はモラトリアム?

「もう、お嫁にいけない……」


 常塚さんがバイトしているファミレスで席に着いた途端、崩れるように泣きだした。

 対面に座った真奈香が苦笑いを張り付かせ、どうフォローしたものかと考えあぐねているようだ。

 どうしてこう、恐怖から開放された瞬間っていうのは別のものまで開放してしまうんだろう。


 真奈香がコンビニで替えのパンツを買ってきてくれるまで、私はあの場で放心しっぱなしで、近くに倒れて赤い池を作り始めた勝也ちゃんに何もできず、むしろ失禁のショックに存在すら忘れていた。

 真奈香がコンビニ寄ったついでに救急車呼んでくれたから勝也ちゃんは一命取り留めたみたいだけど。


「あ、あのね有伽ちゃん、その……」


 言いにくそうにしながらも、懸命にフォローしようとしてくれる。

 でも、見られた。真奈香に。


「ああもう、消えてしまいたい……」


 もう泣く。泣くっきゃない。

 どうして私はこんな短期間に二度も人前で? 人生汚点だらけだよ。


「有伽ちゃぁん、洩らしても……洩らしても大好きだよ。いつでも有伽ちゃんお嫁さんに貰うからぁ」


 フォローのつもりか? つもりなのか? それとも本気? それはそれで複雑だ。

 私は気力を振り絞って顔を上げ、注文していたレモンティーを一気に吸った。


「ほ、ほら、見てたの私だけだし、秘密にするからぁ。ね?」


「ンだよ? また洩らしたのか高梨」


「ぶふぁッ!?」


 真奈香に向って盛大に噴出した。


「うわ、きったねぇ」


 この声はまさか!?


「う、うるさいッ! 何でアンタがここにいるのよッ!」


 背後で聞こえた声に振り向く。

 そこにいたのはパツ金に髪を染めた少年……っていうか私よりかなり年食ってるのにチビな男がいた。


 ツンツン頭と頬の絆創膏がチャームポイントらしいこの少年。

 その名も志倉翼。

 私と同じ抹殺対応種処理係の人間で、テケテケを妖に持つ私の先輩に当たってしまう熱血馬鹿だ。


「ここはファミレスだぜ? 俺がいちゃ悪いのか?」


「いや、悪くは無いけど……って真奈ちゃんごめん」


 悪びれた様子もなく答えてくる翼に反論しかけて気付いた。

 とっさに謝ったものの、恍惚とした表情の真奈香からは反応は返ってこなかった。


「真奈ちゃん?」


「有伽ちゃんの口に入ったレモンティ……幸せ……」


 遥か彼方に旅立っていた。


「トリプってやがる。アブねぇ奴」


「あんたが言うなあんたがッ! ええい、常塚さ~ん。お絞り~ッ!」


 私の声にやってきた常塚さん、任務の経過具合はどう? と口を開きかけて真奈香に気付き、慌てるようにカウンター内に連れて行ってしまった。


「なんていうかよ。暇って言葉がないよなお前等」


 翼は遠慮というものを知らず、真奈香の座っていたポジションに強引に身体をねじ込んだ。

 どさりと座って店員さんにお子様ランチとジンジャーエールを頼んでくる。




「お待たせ~」


 と真奈香がやってくる頃には翼はお子様ランチを平らげ、ジンジャーエールを追加注文していた。


「シャワー貸してもらってたぁ」


 着替えがなかったためウェイトレス服を着せてもらい、私の横に座りこむ真奈香。ちゃっかり右手をホールドされた。

 それはまるで、彼女が彼氏を自分のテリトリーに置いて、私だけのものだと誇示するような……いや、翼睨まなくていいから。ほら、そんな触れたら噛み付くぞみたいな顔しちゃダメですよ真奈香さん。


「で、そろそろ聞きたいんだけど、こんなとこで油売ってていいの?」


「しゃあねぇだろ。斑目稲穂の現在地がわからねぇ。どこにいるかわからねぇもんをヒントもなしでどう探せってんだよ? 師匠がさじ投げるくらいだぜ、偶然でもなきゃみつかんねぇって」


 やってらんねぇと溜息を吐く翼。

 そうか、隊長もさじ投げて帰ってきてるのか。

 それでいいのかグレネーダー。


「あれ? でも隊長一緒じゃないよね?」


「師匠ならもうすぐ来るぜ。上層部に経過報告してから追いつくって言ってたからな」


「そっか、なら待っとこう。常塚さん、オーダーお願いします。頼んではいけないもの定食で」


「私、アンキモ~、それから真奈香専用食で~」


「ジンジャーエール追加で」


 私の注文になぜか他の三つが加わった。

 ジンジャーエール……まだ飲むのか。ってかアンキモ!? 真奈香専用食って何ッ!?


 うああ、確かに単品でアンコウのキモあるけど、生だよこれ?

 しかもいつの間にか真奈香専用食が新メニューに加わってるし。支部長の差し金か!?


「で、高梨たちは?」


「ボクたち? 悔しいけどあんたと一緒。進展無いから休憩中」


「なんだそりゃ。人のこと言えねぇのかよ」


「仕方ないよ~知ってると思う人が重傷で入院しちゃったし、もう一人は逃げちゃうしね~」


 翼の文句に真奈香が答える。


「逃げられたのかよなっさけねぇ」


「しょーがないでしょ、斑目稲穂に出会ってそれどころじゃなくなったんだから」


 はぁと溜息を吐いた瞬間、翼が机を叩いて立ち上がった。


「どこだよそこッ! 斑目稲穂見たのかよッ!」


「え? あ、うん。ま、まぁ……ね」


「今教えろッ! すぐ教えろッ! さぁ教えろッ! ようやく手がかり見つけたぜッ!」


「そ、そうしたいとこなんだけど、隊長来るまで待ってよ。どうせ話す予定だし」


「何言ってやがる。さっさと教えろよ」


「教えたってどうにもなんないでしょ。言っとくけど翼ちゃん一人だけじゃどうにもなんない相手ですよ」


「お前が洩らすくらいにか?」


「言うなぁぁぁぁぁッ!」


 立ち上がると同時に怒りの鉄拳×2。

 翼のお腹にめり込む二つの拳。翼が一瞬空中に浮き上がった。

 声にもならない悲鳴を洩らし、秘密を知りすぎた男が沈黙した。

 ってか……なして真奈香も拳を突き出しているのだろう。


「有伽ちゃんの秘密を洩らさないでね~」


 気絶した翼の耳元に近づきそんなことを囁いている真奈香に恐怖を抱きつつ、私は再び席に着いた。


「相変わらず賑やかだな有伽」


 聞こえた声に後ろを振り向く。

 全身を黒色一色で統一した男の人が私たちの席に近づいてきた。

 髪の色はもちろんのこと、服もズボンも靴も黒。革の手袋も黒色で、翼曰く下着も黒……らしい。冗談だろうけどね、たぶん。

 まぁ、とにかく。隊長、白瀧柳宮の登場だった。


「翼を虐めるのもほどほどにしておけ。弱い者イジメはいかんぞ」


 翼って弱い者なんだ?


「違いますよ隊長、翼がボクの秘密を暴露しようとですね」


「ほう、秘密?」


 あ、あれ? 今微妙に目が輝きませんでした?

 真奈香が翼に警告していた隙に私の横に腰かけた隊長は、ミルクコーヒーを頼んだ。


「どういった秘密かな? 興味深い話だ」


「え? いや、あの……」


「実はですね師匠、高梨がもら……」


 せっかく復活した翼。そこまで言って真奈香の裏拳で崩れ落ちた。

 キレのあるいい一撃だったと言っておこう。


「もら?」


「あ、いや、その……」


 もら……『もら』から連想できる洩らす以外の言葉は……


「モラトリアムなんです~」


 ナイス真奈香ッ! って、私が徳政ってどういうこと?


「それは……秘密のことなのか?」


「え? さぁ?」


 もう、なにがなんだか分からなくなってきた。


「とにかく、もう、なんか話が変な方向に進んでるんで切実に翼なんかほっといて話題変えちゃいますけどいいですよね隊長」


「構わん。むしろそうしてくれ。途中からなので話が掴めん」


 むしろ掴まないでください。


「実はですね、ボクたちは支部長命令である事件を担当したんですけど、今日、その手がかりが見つかったんです。それで学校が昼休みに入ってからある場所に行ったんですけど……そこで斑目稲穂に出くわしました」


 斑目稲穂の名前が出た途端、隊長の目の色が変わった。

 私はできるだけ詳しく隊長に説明する。

 自分が受け持った仕事の内容も、斑目稲穂に出会ったいきさつも。

 洩らしたとこだけ永久欠番にして……

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