逃走者と追跡者
「つまり、俺らに復讐しようとしている奴がいるってことか?」
私たちが案内されたのは、コンクリート製の床がある校舎横駐輪スペースと職員用駐車場の間だった。
そこは駐輪所の際奥にあたり、駐車場からも死角となっているため、溜まり場としてはこの上なく良い場所だ。
決して広くは無いけれど、駐車場へのバリケードなのか、ドラム缶が二、三個置かれ、コンクリートブロックを椅子代わりにしてくつろげるようにリフォームされていた。
非常階段の下なんか、使い古しのソファが置いてあるし……親父の部屋より部屋らしいよここ。
そこに私たちが着いたとき、コンクリートブロックに腰掛け、コンビニ弁当を食べていた男子生徒が一人。
慌てるように顔を上げて私たちを凝視した。
それから、私がここへ来た理由を掻い摘んで話し、帰って来た言葉がさっきの言葉だった。
「ま、そういうことなんで警察に身柄を渡してもらえるとありがたいんだけど」
「はぁ? なんでポリ公の世話にならにゃならねぇんだよ? いいか、俺は他の奴らみたいに怯えて暮らす気はねぇ。警察の世話になる気はねぇんだよ。ってかなんでテメェらに指図されにゃならんかね」
コンビニ弁当を平らげながら面倒くさそうに言ってのけた。
「あんたでしょ、斑目良知留の目を取ったってのは」
沸々と煮立ち始めた怒りを抑え、冷めた声を絞るようにだした。
「あ? だったらなんだよ?」
「どうして……そんなことを?」
「決まってんだろう? 楽しいからさ」
楽……しい?
「目玉抉った時のあの声。たまんねぇな。アレだけでイッちまいそうになったぜ」
心底楽しそうに笑いだす。
この男は……あんな酷いことをして。それを楽しんで……
許せない。
斑目良知留の無残な姿が脳裏を掠めた。
許さない。
斑目良知留をあんな姿にしたこいつ等を……
許せるはずが無い。
こいつは、絶対にッ!
私はすぐに匂いを探り始めた。
こいつが目を抉った犯人なら、きっと……妖使い。
斑目良知留の体に残っていた妖使いの残滓は二つ。
目を生やす時に使われた妖使いの力の残滓と、抉られただろう時に付けられた能力を使われた痕跡。
だから、妖反応は無いけれど。こいつの臭いは……妖使い特有の臭い!
私は懐からソレを取りだす。
「そうか、楽しかったんだ……女性の苦痛の悲鳴を聞くことがッ!」
「お、おいアリアリ、いくら許せないからって道義は……」
私を止めようと肩に手を置きかけた勝也ちゃんの腕を掴む真奈香。
「あ、おい!?」
ぐいっと捻り挙げて動きを封じてしまう。
真奈香がウインクしてくるのを見て、私は道義に近づいた。
「んだよ? まだ何か用か? あんまうろちょろしてっと犯しちまうぞテメェ」
「悪いけど、ソレより先に……アンタ消すから。大丈夫」
「は? 消す? 誰が?」
噴出す道義に手にした手帳を突きつけた。中を見せて大声で言ってやる。
「妖専用特別対策殲滅課抹殺対応種処理係高梨有伽ッ! 抹消対象大倉道義を特別危険A級妖使いと判断し……抹消するからッ!」
手帳の意味に気付いた道義が一瞬にして青ざめた。
「な、なんでお前みたいなのが……クソッ」
慌ててコンビニ弁当を私に投げつけて立ち上がる道義。
飛んできたコンビニ弁当は空中に現れた半透明の犬によって叩き落され、犬は着地と同時に道義を睨みつけた。
「チッ、クソッ! 抹消なんかされて堪るかッ!」
逃げだす道義、何故か突然着ていた衣類を脱ぎ捨てる。
追いかける私は何してんのこいつ? とか思いながらも何とか追いつく。
道義の背中から肩に手をかけようとした途端だった。
「おおおおおおおッ!」
道義が吼え、上半身裸の彼の体からいっせいに……いっせいに……目が開いた。
それはもう、所狭しと目が生える。全身目玉人間。
突然の生理的嫌悪に思わず腰が抜けた。
ひえぇなんて悲鳴まで出ちまいましたよ。
恐怖から立ち直った時にはすでに道義は逃亡した後で、私は真奈香に助け起こされてなんとか立ち上がった。
「有伽ちゃん大丈夫?」
「こ、腰、腰が……」
「まぁ、実害なくてよかったよアリアリ。言うの忘れてたけど、あいつ百眼鬼の妖使いだから」
「言うの遅い勝也ちゃんッ! 腰抜けたよッ! 物凄い勢いでガクンッってなったよチクショーッ」
「いやぁ悪い悪い。まさかあいつが妖使う場面になるなんて全く想像してなくてさ」
まったく悪びれも無く謝る勝也ちゃん。
「まぁいいけどさ……これじゃ手がかりなくなったようなもんだよね」
「そうだねぇ」
はぁと溜息を洩らすと、横に居た女の子が相槌を打ってくれた。
「どうしてくれるの? お・ね・え・ちゃん?」
……え? あれ? 待って。この子誰?
今さっきまで私と真奈香と勝也ちゃんだけだったはずだ。
横に……いや、この場に女の子なんていなかったはず。
なのに……真奈香に支えられている私の横で、さも当然というようににこやかな笑みを浮かべている少女が一人。
散髪に何年も行っていなかったのか、地面に引きずるくらいに伸びた白い髪。
薄汚れ、擦り切れ、もはや元がどんな色だったのかすらわからなくなっているボロボロの服。
「ねぇ? どうしてくれるのかな? 手がかり無くなったじゃない」
笑顔が一転、猛禽類を思わせる鋭い目となり、私を睨みつけてきた。
一瞬にして恐怖が押し寄せる。
蛇に睨まれた蛙のように、微動だにすらできなくなってしまう。
少しでも動けば捕食されてしまうような……危険な視線だ。
「これは……お姉ちゃんにあいつの妖能力を言わなかった恨み」
すっと、少女の手が動く。
勝也ちゃんに向って振りきった手には、何時握られたのか、銀色に煌く刃を持ったカッターナイフが握られていた。
それは、ありえないほど唐突に起こった。
音も無ければソレに至る過程もない。
ただ、勝也ちゃんとは数メートル離れた場所で、少女が手を振っただけだ。
それだけだ。なのに……
「ごふ?」
勝也ちゃんのお腹がバクリと裂けた。
大量の血が服の上から滲み出す。崩れるように倒れる勝也ちゃん。
真奈香がぺたりとその場にお尻を付いた。
私も気の抜けたように地面にへたり込む。
少女はにこやかな笑みを浮かべて私の目の前にカッターナイフを向けてきた。
「初めましてだね。高足有亜、と……歌下真香奈だったっけ? 他の奴らはどこ? 百眼鬼の他に後二人いるはずよね?」
殺意は全く感じない。
でも、妖使いの反応だけはビシビシと自己主張してくる強力な妖使い。
一体何時から私のテリトリーにいたのこいつ。
「あ……あなた……は?」
恐かった。聞き方もつい丁寧になってしまうほどの絶望的な恐怖。
恐い、怖ろしい……目の前の少女が、少女に見える化け物が。
「私? 私は……稲穂。斑目稲穂。さぁ、そろそろ私の質問に答えてよ。じゃないと……死ぬよ?」
ニタリと微笑む斑目稲穂。
その醜悪な笑みに恐怖がさらに膨らんでいく。
「し、知らない、勝也ちゃんだったら、知ってたかもっ」
少し意外そうに、でも、残念そうに溜息を吐いて手を下げた。
「聞いてから殺せばよかったね」
てへっと愛らしく笑いながら手を振ってナイフを消す斑目稲穂。
大倉道義が逃げていった方角を見た。
「仕方ないから目玉男でも追うわ」
たっと駆け出し、ふと立ち止まる。
私たちを振り返ってまた笑みを見せた。
「邪魔したね、有伽、真奈……だっけ? 名前覚えるの面倒臭いから『あ』と『ま』でいいよね? うん、そうしよう。じゃまた。機会があれば会おうね、『あ』、『ま』」
こちらの意見など全く無視して少女は駆けていった。
緊張が解かれたように大きく息を吐く私と真奈香。
なんだろう……太股の辺りが嫌に生暖かかった。
名前: 大倉道義
特性: 目玉好き
妖名: 百眼鬼
【欲】: 目玉を集める (義眼でも可)
能力: 【体内眼生成】
自分の身体ならどこにでも義眼を生やせる。
義眼のため触られても痛みは無い。
【傷害無効・A】
身体の皮膚を裂く程度の傷なら、
義眼を生やし無かったことに出来る。
筋肉以上に深い傷には無効。
【同族感知】
妖使い同士を認識する感覚器。
個人によって範囲は異なる。
【認識妨害】
相手の同族感知に感知されない。




