探偵紳士と人魂ツバメ・エピローグ
「邪悪な妖使いです! こいつは……こいつは邪悪な妖使いですっ!」
涙を流しながら、志倉翼は大声を上げて叫んでいた。
嗚咽交じりに、流れる涙を拭くことも、ソレに駆け寄って泣き叫ぶこともなく、ただただ周りの人々に大声で呼びかける。
言葉を聞いた民衆がなんだ、妖使いか。と散っていく。
抹消された少女を避けるようにして、今まで通り歩き出す。
一瞬だけ悲鳴と怒号で停滞した人の流れは、少女の死を押し流すかのように緩やかに流れ始めた。
好きだった人を殺した。
その事実はきっと、彼を何十年にも渡って苦しめていくのだろう。
いつかは耐え切れなくなって自殺に走るかもしれない。
それとも、忘れてくれるかもしれない。
目を閉じて、そっと願う。
どうか、生きて……
そして……彼の傍らで消えた命に黙祷する。
ごめんなさい。
いくら言っても、あの女の子に届くことはないだろう。
恐怖のあまり地縛霊になったとしても、恐怖に取り付かれた彼女には届くことはないのだ。
もう、見守る必要などないと、わたし……は踵を返す。
「ん? もういいのかい」
背もたれていた伊吹さんが声を掛ける。
わたしは頷く。
「本当に……もういいんだな?」
再び頷く。それから、もう一度だけ翼お兄ちゃんを振り返り、わたしは伊吹さんに言った。
「これからは……きっと敵同士だから。出雲美果は志倉翼に殺された。わたしは……もう死んだの。ここにいるわたしはミカ。グレネーダーを倒す者だから。もう、冬を前にした死にゆくツバメなんかじゃない。わたしはわたしの物語を紡ぐの」
ホテルを出る時、伊吹さんと会ったのは運が良かった。
翼お兄ちゃんと会うと聞いた伊吹さんは、万一を考えわたしの後を付けて来ていた。
わたしを救ってくれた時、わたしと近くを歩いていた誰かの姿を幻覚で入れ替えたらしい。
だから、わたしは助かった。見知らぬ誰かを犠牲にして。
伊吹さんが歩き出す。
わたしの隣を歩き歩調を合わせ、背中に手を添えてきた。
それは、まるでわたしの視界から翼お兄ちゃんを隠しさるような位置取りだった。
「レディをエスコートするのは紳士の役目だ。仲間の元に帰ろう、ミカ。後始末はやっておくさ」
お母さんにも翼お兄ちゃんにももう会わない。
いや、次に会う時はきっと敵同士。
だからわたしはもう一度だけ、残滓を断ち切るように振り向いた。
翼お兄ちゃん、さようなら。
そして……
伊吹さんの能力で……わたしの身代わりになった名も知らない女の子に……
ごめんなさい。
伊吹さんとともに路地裏を進む。
やがて開けた街路に止まる、一台のワンボックス。
スライド式のドアから覗く鈴に手を振りながら、わたしは新しい居場所へ、身を投じていく。
と、いうわけで出雲美果生還です。
ちなみに、2章の最後の方で一人称不明の回がありまして、伊吹が後ろに手を振っていましたが、アレは一緒に隠れていたミカに振ったものでした。




