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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三節 煙々羅
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暴走する悪夢

 刹那、異物に進入され大きくバウンドする真奈香お姉ちゃん。

 本来一つの身体に入れるのは一つの魂。

 でも、これで真奈香お姉ちゃんの中には、真奈香お姉ちゃんと、入鹿お姉ちゃんの残滓、二人の魂が混同する。


 上手く混ざるか、互いに壊しあうか……真奈香お姉ちゃんが気絶している以上食い合いになれば負けるのは……

 真奈香お姉ちゃんがゆっくりと起き上がる。


 その光景に、いままでわたしたちに注意を向けていなかった安田が、ようやくこちらに視線を向けた。

 だけど、ハッと鼻で笑う。

 たかだか人間が起き上がった程度でなんになる? そういったニュアンスが込められていたのだろう。


 でも……次の瞬間、突如生まれたその感覚に鈴を手落とし青ざめた。

 鈴が地面に倒れることも気にならなくなるほどの戦慄。

 自分の感覚器に触れる、巨大な圧力を持つ妖の反応。


 目覚めた。茶吉尼天が……心臓喰らいの妖が……

 ゆっくりと起き上がる真奈香お姉ちゃんが不気味に映る。

 なまじ目元が髪に隠れている分、そしてふらりとよろけ、でも倒れない分、不気味さが増している。


 真奈香お姉ちゃんが地を蹴る。

 その速度は目で追うのもやっと。

 気付いた時には安田の目の前にすでに真奈香お姉ちゃんの顔があった。

 その恐ろしさはなんと表現すればよいのだろう?


 例え、安田がどれほど幽体にすぐれた力を持っていようとも、並みの実力を備えようとも……

 肉を貫く嫌な音が、決着を告げる音だった。


 安田の胸元を突きぬけ心臓を掴み取り、それでは足りぬと背骨を破壊して突き出た真奈香お姉ちゃんの右手。

 返り血を浴びたその顔は当に鬼女。

 わたしはその顔が恐ろしくて腰が抜けそうになる。


 真奈香お姉ちゃんは暴走してる。それはすぐに分かった。

 表に出てきた人格は真奈香お姉ちゃんでもなく入鹿お姉ちゃんでもない。

 心臓喰らいの妖そのままの欲望がにじみ出てしまったようだ。

 腕を引き抜き、とさりと崩れる安田には目もくれず、取り出した心臓を喰らおうと口元に持っていく真奈香お姉ちゃん。


 即座にわたしは我に返る。

 マズい。ダメだ。

 いくらなんでもそれをやってしまったら……


「ダメェェェェェ――――ッ!!」


 気が付けば、わたしは力いっぱい声を張り上げていた。

 わたしの声に真奈香お姉ちゃんの手が止まる。

 それは、わたし自身のピンチでもあった。


 暴走した真奈香お姉ちゃんはギロリとわたしを見る。

 血に塗れた顔は、人形のような真奈香お姉ちゃんの顔を不気味にし、見つめられたわたしの身体を拘束する。

 蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が頭に浮かんだ。


 声を出そうにも喉から先に出てこない。

 万一出たとしても、今の真奈香お姉ちゃんには届かないだろう。

 真奈香お姉ちゃんが地を蹴る。

 思わず後退さろうとして足が動かず尻から倒れる。


 痛みに目を閉じた瞬間に悪夢が目の前に来る。

 殺られると思うことすらなくわたしは……

 死を覚悟した一瞬、真奈香お姉ちゃんは空中を一蹴り。


 一気に進路を変えて後退する。

 一拍遅れ、わたしの目前を高速のなにかが通り過ぎた。

 地面にめり込み小さな穴を作り出す。


「いや、驚いた。まさか他人に妖能力を憑かせるとはね」


 声のする方に、真奈香お姉ちゃんは即座に跳んだ。


「うおっと!?」


 ようやく金縛りの解けたわたしも、そちらに視線を向けた。

 変な構えをとる角刈りの巨人が見えた。手には石を持っている。

 たぶん今のはあの人が投げた石だったんだろう。


 地面にめり込むってどれほどの威力……当たればまず即死だ。

 そんな投石を真奈香お姉ちゃん向かって躊躇いなく放つ。

 轟音響かせ超高速で飛んできた石に、真奈香お姉ちゃんはバックステップ。

 空中でくるりと一回転して四つんばいで着地すると、男の人目掛け地を蹴った。

 さらに空中を駆け一気に距離を詰めていく。


「さぁこい哀れな民間人君」


 あれって……三嘉凪さん? そうだ三嘉凪さんだ!

 墓場の入り口にジーパンにランニングシャツ一枚という裸の大将のような服装の危ない人がいた。


 とくに無駄に白い歯を見せているのが危なさを底上げしている。

 誰かと思ったけどよくよく気付けば三嘉凪さんだよあれ。

 宣言した三嘉凪さんに、真奈香お姉ちゃんが飛び掛る。


 あまりの速度でさすがに三嘉凪さんもうめきを上げる。

 それでも急所に向かい突き出された真奈香お姉ちゃんの腕を掴み、すぐさま引き寄せ左に受け流す。

 体が交差する瞬間を狙い、首筋に肘を一撃。それで戦いが終わった。


「み、三嘉凪さん!」


「うむ、よく耐え切ったぞミカ君。後始末は私に任せて休み給え」


 いい運動だったとでも言うような爽やかな笑みで返されると、もはや言いたいことも言えなくなる。

 本来なら、どうしてここにいいるのかとか、どうしてランニングシャツとジーパン姿なのかとかいろいろ聞きたいことはあったが、三嘉凪さんはわたしの質問を避けるように真奈香お姉ちゃんを見る。


「しかし、他人に妖能力の移植か。果たしてこれからこの娘がどうなるか……」


 今更ながら、自分がやったことの重大さに後悔した。

 わたしは確かに後悔しないと決めた。でも、今、わたしは真奈香お姉ちゃんの世界を変えてしまったのだ。


 いや、もしかすれば魂を殺してしまったのかもしれない。

 もう動きたくも無い体に鞭打って起き上がり、力ない足取りで三嘉凪さんと真奈香お姉ちゃんの元に向かう。


「どうしよう。わたし、大変なことして……」


「だな、もう後戻りは出来ん」


「真奈香お姉ちゃんにこんな、関係なかったのに、巻き込んでっ」


 真奈香お姉ちゃんの真横で力尽きたように座り込む。

 わたしだ。わたしが生き残るために出してしまった初めての一般の犠牲者だ。

 酷い奴だ。わたしは極悪人だ。なんてことをしてしまったのだろう。


 そう思うと……知らず泣けてきた。

 最低だ。わたし……最悪だ。

 人を踏み台にしてまで生き残ろうなんて浅ましくて、なんでこんなことをしてるんだろうと自己嫌悪する。


 後悔しないなんて出来るわけが無い。後悔だらけだ。

 真奈香お姉ちゃんにしたことだけじゃない。

 わたしが入鹿お姉ちゃんの死に興味を持ったりしなければ、死の真相を調べたりしなければ……


 翼お兄ちゃんや母さんと離れ離れになったりしなかっただろう。

 グレネーダーに追われる羽目にならなかっただろう。

 クラスメイトたちと打ち溶け合って楽しい学校生活を送れていただろう。

 鴇は……死ななかっただろう。


 後悔だらけだ。一度振り返ってしまえば後悔の山が背後から押し寄せてくる。

 悔やみと悲しみが重石となってりてわたしの心を押しつぶしてい……


 ポンと、肩に手が置かれた。


「え?」


 思わずそちらに振り向くと、三嘉凪さんの人差し指が頬に突き刺さる。


「うぐっ」


 思わず引っかかった三嘉凪さんの他人イジメに思考はぷっつりと途切れ、変わりに例えようの無い怒りが沸いてきた。

 わたしが後悔して苦しんでる時にこの人はっ!

 そんな思いを知ってか知らずか、三嘉凪さんは絞め殺したくなるくらい爽やかに笑い、歯を煌かせる。


「こいつはある女が言ってたことなんだがな」


 と、どこか懐かしいものを見るように虚空に視線を向ける。


「辛い時ほど笑えばいいらしい」


「笑……う?」


「うむ、なんでも【壊れてしまいそうなヒビ割れた自分自身を本当に壊してしまわないように】するためらしい。ほんとにそんなことで壊れずにいられるかはわからんが。少しは気分にゆとりが出るんじゃないか?」


 つらい時ほど笑う。

 そう言えば、入鹿お姉ちゃんはいっつも笑ってたような……


「……ん……」


 わたしの横で、真奈香お姉ちゃんが身じろぎする。

 思わず三嘉凪さんともども構えたものの、起き上がる気配は無いらしい。

 苦笑いを浮かべて三嘉凪さんと顔を見合った。


「ふむ。妖反応も消え、安定したようだな」


「そっか……じゃあ真奈香お姉ちゃんは無事なんだ」


「おそらくな。だが予断は許せん。いつまた暴走するとも限らんしな。斑鳩君の魂はもう取り出せないのか」


「魂自体がなんだかごちゃ混ぜに混ざっちゃってて無理みたい」


「ま、しばらくは安全だろう。これからは伊吹君に見張りをさせておくさ」


 また伊吹さんがいらん仕事が増えたとか泣きそうだ。

 わたしたちは一頻り笑い合い、鈴を起こして三嘉凪さんに全てを任し、鈴ともどもに帰路に着いた。


 わたしの目的は一応果たしたのだ。

 もう後は……あのツバメのように……

 いや、明日だ。明日、わたしは鈴に殺されることで表舞台から消える。

 その先は、きっとまだ生き続けられるはずだ。明日まで待てば……

 名前:  出雲いずも 美果みか

 特性:  猫を殺す好奇心

 妖名:  人魂

 【欲】: 怪談を聞かせ怖がらせる

 能力:  【霊体触手】

       身体から霊体で出来た触手を無数に出現させる。

       これで人の身体に触れると魂を取りだせる。

       また、地中や障害物をすり抜ける。

       精神体相手に戦うと精神ダメージを受ける。

      【幽霊交信】

       霊体と会話することができる。

      【霊魂挿入】

       他人に別の魂を入れることで妖能力を移譲させる。

      【同族感知】

       妖使い同士を認識する感覚器。

       個人によって範囲は異なる。


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