最初で最後のデート
今日は翼お兄ちゃんとのデート。
空はデート日和の快晴で、鳥が隊列組んで飛んでいくのが見える。
気分は昂揚。思いは暴走。
でも頭の中は何故か冷静で、敵が居ないか周囲に視線を走らせたり、不気味な気配はないかと探りを入れたり、妖認知感覚をフル回転させている自分にちょっとびっくり。
まぁ、あれですよ。デバガメ気味に横の植木から覗いてる鈴と伊吹さんがちょぴっと気になることはあるけれど、それ以外に不審者はいないようだ。
今日だけは……存分に楽しんじゃおう。
そうだなぁ~、まずは軽くジェットコースターでしょ? んでここの名物スプラッシュシーホース。
お化け屋敷にフォールダウンは外せないし、コーヒーカップとメリーゴーランドは翼お兄ちゃんが嫌がるから乗らないとして……
ラストはやっぱり観覧車じゃないとね!
夕日が見える最頂上で翼お兄ちゃんに最後の言葉を贈って、明日に備える。
「美果ぁ~、あれ乗るぞーっ」
と船のようなゴンドラを指差している翼お兄ちゃん。
わたしの計画台無しだ。
翼お兄ちゃんが薦めてきたのは両側が固定され左右に振れるゴンドラ。
2~30人乗りで最終的にはジェットコースターのツイスト部分のようにぐるぐる回転するやつだ。
怖さ楽しさは半々で、船酔い度は五重丸。
乗り終えた後の吐き気は堪えられる者が無いとまで言われるほど。
とりあえずデート初っ端からっていうかデートで乗る乗り物じゃないね。子供連れはその酔いも含めて楽しんでるみたいだけど。
ちなみに名前はオーシャンシックネス。シーからオーシャンに変えてあるけど船酔いという意味らしい。
うん、相手が翼お兄ちゃんじゃなけりゃ相手の頬張って即行帰るところだね。
でもま、覚悟決めて乗らないと。
今日は翼お兄ちゃんとデートなんだから!
たぶん、最後の……
「行くぞー美果ぁ」
「待ってよ翼お兄ちゃーんっ」
後々の後悔を先にして、わたしは列の最後尾へと並ぶ。
平日のためか人はあまり居なかったので殆ど待たずに乗ることが出来た。
コイツの恐ろしさなんて全くなにも知らずに何人か後ろの席に座った伊吹さんと鈴よ……ごめん。一緒に地獄に落ちてね(はぁと)。
……ふぅ。
やっとの思いでベンチに腰掛けたわたしは、後ろの茂みで力尽きている鈴たちをちらりとみる。
まさか最後で真ん中軸に回るとは思わなかった。
どうりであんまし人がいなくてすぐ乗れたはずだよ。あれはただの船酔いマシーンだ。
それにしても、なんで翼お兄ちゃんはあんなに元気なんだろう?
次はなにに乗るかとパンフレット見ながら考えてる翼お兄ちゃん。
来るまではあまり乗り気じゃなかったのに、いざ来たらむしろわたしよりはしゃいでる気がする。見てて可愛いからいいんだけどね。
「次はこのジェットコースターはどうだ美果?」
「えーっと、高速スライダー? うん、後チョット休憩してからなら……」
この時、わたしは安易に同意したことを後悔することになった。
休憩を終えて翼お兄ちゃんと二人コースター乗り場に着くと、係りの人からゴーグルを手渡される。
目に付けておかないと乗せませんなんてこと言われて仕方なくつける。
翼お兄ちゃんを見ると、面白い顔になっていてついつい噴出してしまった。
写メに取っとこう。
ついでに鈴にメールしてっと、伊吹さんの晴れ姿も写メに収めておく。
後で鈴と一緒に笑ってあげよう、本人の前で。
「おい、なにしてんだよ美果」
おっと、翼お兄ちゃんもう乗ってるよ。
……あれ? 椅子に座るだけ?
ジェットコースターみたいな乗り物じゃなく釣り椅子にベルト固定だけなんだ? すっごいヤな予感してきた。
予感はしたが逃げる事は出来ない。
わたしを乗せた高速スライダーが、まもなく発射す……
「うきゃあぁあぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁ……」
新幹線もビックリの超高速で突然出発したわたしの絶叫が木霊した。
「…………」
ベンチ周辺には、死屍累々のわたしと鈴、そして伊吹さんの姿があった。
相変わらず翼お兄ちゃんは元気だ。
今も美果はだらしねぇなとか言いながらソフトクリームを買いにいっている。
超特急並のスピードでかくかく曲がったり一回転する高速スライダーを終えたわたしたちに待ち構えていたのは、メテオとかいう名のフリーフォール。
隕石衝突のインパクトは後のスプラッシュシーホースにも影響が出るほどだった。
お化け屋敷はもはやどこのバイオハザード? ってくらいにリアルだし、珍しく翼お兄ちゃんが乗りたいと言ったメリーゴーランドは遠心力で伊吹さんが弾き飛ばされるくらいの速度で回るし……
もう閉園時間少し前だけど、もはや観覧車に乗る体力も気力も残ってなかった。
「どうする? もう帰るか?」
「う……うん。最後に観覧車乗りたかったけど乗ったら寝そうだし」
翼お兄ちゃんは意外そうにわたしを見た後どうしたもんかと天を仰ぎ頭を掻く。
「あー、じゃあま、帰るか」
「うん」
なんとなく尻切れトンボな気分を味わいながらのろのろと席を立つ。
うぅ……まだ吐きそう……
後ろを見れば、わたしが動き出したのを見計らって鈴と伊吹さんが互いに体を支えながら必死に立とうと頑張っていた。
生まれたての子馬のようで何度か立ち上がるのに失敗してたけど。
翼お兄ちゃんについて歩いて行く。
気力が底つきかけてるので時々歩いている場所がどこ歩いてるかわかんなくなるけど、気のせいじゃなければ一度も来たことのない道を通っている気がする。
ま、翼お兄ちゃんに付いていけば家には着くだろうからこのまま翼お兄ちゃん追っていこう。
と、思ったんだけど、気が付いたら見知らぬ場所に……
「どこ、ここ?」
そこは小高い丘だった。
柵があり、木で出来たベンチがあり、小さな噴水もある。
「高港市名物、高港公園。ここから高港市を一望できる」
夕焼け色に染まった町は綺麗だった。疲れが吹き飛ぶようだ。
柵に手を掛け身を乗り出す。
柵の外側はなだらかな草原なので身を乗り出しすぎて落ちても大した怪我はない。
さすがに草原といっても十メートルもないので草原に入って遊んだりすると丘を転がり落ちることになる。
ダンボールとか持ってきたりすると楽しそうだった。
「まぁ……なんだ。お前に見せてぇかなって……な」
少し照れたような翼お兄ちゃんが可愛かった。
でも、同時に少し現実を思い出す。
ここが、一番切り出しやすいと思う。
すると、口から勝手に言葉が漏れる。
「翼お兄ちゃん……もうすぐだよね」
高港市の町並みに眼をやりながら、わたしは自分でも驚くほど抑揚のない声を出していた。
「もうすぐ?」
先程のような声で返すとちょっと感じが悪いと思ったので、空元気をだして笑いながら私は応える。
「うん。もうすぐ。わたし、後三年で結婚できるよ」
今は十三、このまま普通に暮らしていれば、確かに三年で結婚できる。女の子は16歳からだからね。
「け……な、なに言ってんだよお前はっ」
「あはは。貰ってくれるかな~翼お兄ちゃんは?」
照れ笑いしながら伏し目がちに言ってみる。
「あ、いや……」
慌てる翼お兄ちゃんは、でも観念したようにそっぽ向いて呟く。
「あ、当たり前だろ」
そのしぐさが可愛くてついつい笑ってしまう。
翼お兄ちゃんが羞恥で怒り出さないことを祈る。
「ふふ、翼お兄ちゃん顔真っ赤だよ?」
翼お兄ちゃんの表情が面白いからもう少し一緒にいたいけど……
「っ~! ったく、からかってんじゃねぇよ」
えへへと笑い手を後ろで組んで、とんっと後ろに一歩踏み出しくるりと回転。
翼お兄ちゃんに振り向き、満面の笑みを浮かべる。
心の底に生まれた感情を思い切り吐き出すように言葉にする。
「ありがと、翼お兄ちゃんっ」
そして、ごめんなさい。わたしは翼お兄ちゃんとは……ううん。
もしも、もしもいつかまた出会えたら……
きっと。結婚、してください。




