わたしは秘密を知ってしまった
「しっかし、美果の母さんの飯はいつもうめーよな」
翼お兄ちゃんは昨日いつものように夕食をたかりに来たついでに泊っていった。
今日の朝ごはんをテーブル囲んで食べているのはそのためだ。
わたしの目の前で翼お兄ちゃんがご飯をかっ込んでいる。
鈴と二人でその食欲ぶりに胸焼けしていると、翼お兄ちゃんは突然手を止めてわたしを見つめてきた。
「なぁ美果」
「ん? なにかな翼お兄ちゃん」
「なんかな、師匠がお前に話があるんだと。今日時間空けておいてくんね?」
師匠……っていうと白滝さんのことだね。
そういえば、なんで翼お兄ちゃんは師匠だなんて呼んでるのかな?
考え込んでいると横から鈴がつっついてきた。
「いいんじゃない。行ってみれば?」
「え? で、でも……」
「ついてったげる。ミカは襲わせないよ♪」
鈴はとても楽しそうだった。
わたしが命の危険に曝されるかもしれないっていうのにどうしてそう楽しそうなんだろう。
「つーか師匠は美果襲ったりしねぇって」
「あんたじゃないから?」
「お、俺だって襲うかっ」
顔を赤らめ反論する翼お兄ちゃん。ちょっと可愛い反応だった。
別に襲ってくれてもいいのに。
にしても白滝さんがわざわざわたしに会いたいだなんて、なんだろう?
鈴にいじられむくれる翼お兄ちゃんに笑いを向けながら、果てしない不安が心に渦巻くわたしだった。
翼お兄ちゃんをグレネーダー支部に送り、わたしたちは学校へ向かった。
翼お兄ちゃんには放課後寄って白滝さんと会うことを伝えておいたのだけど、三嘉凪さんや伊吹さんにも一応言っておいた方が良いよね?
そういうわけでホテルに寄ってから行くことにしようと鈴と決め、わたしたちは教室に向かう。
教室に着くとわたしの席に集まってくる二人組み。
舞之木刈華と白珠鴇が揃ってやってきた。
わたしの傍がなんだか凄く賑やかになってしまった。
係わり合いにならないようにしてたんだけどなぁ。ほんとおかしいなぁ。
「おはよう美果」
「ごきげんよう出雲さん」
と、挨拶した途端互いに向き合い火花を散らすブルマー婦人とトキの幻影。もう、この二人の争いどうにかなんないかな。
鈴に助けを求めてみるけど綺麗に無視される。
さて……鈴は当てに出来ないみたいだし、三嘉凪さんの作戦とやらをやってみますかねぇ。
わたしとしては知り合いにスパイが居るなんて思いたくないんだけど。
「あのね……」
「出席取るぞ~」
……なんて間の悪い先生だ。
刈華たちが散っていく。仕方ないお昼にでも話そう。
「わたしは秘密を知ってしまったの。だからもうすぐいなくなるけど……探したりしないでね」
たった数日なのにお気に入りの場所になってしまったらしい丘の上で、弁当を食べ終わった後、わたしは二人にそう告げた。
学校でわたしの知り合いと呼べる人物はこの二人しか居ない。だから二人にまとめて言った。
これでスパイがいなければなんともならないだろうけど、もし居た場合は……
いないでほしいと願う。
そして、もう二度と会えなくなる友達に後ろ髪が引かれる思いがする。
そうだ。もう会えなくなるんだよね。
この二人とも、翼お兄ちゃんとも……
二人が呆気に取られてる間にわたしは教室に戻った。
ついでにこれ以降質問攻めに合わないように身の回りの物全てをカバンに詰め込み鈴と二人学校を後にする。
午後の授業はボイコットだ。
あ~あ、結局四日しか行かなかったな学校……
もう、きっとこの場所には戻れない。
でも、わたしはそれでもこの道を進むと決めたから。
「いい? 私たちの作戦はあの二人の中に敵が居た場合、捕獲または倒すこと、居なかった場合はひとまず先にあなたが死んだことにすること」
結局、わたしは沢山の人が見ている前で、鈴に殺されるように見せるらしい。
どうやるのかは三嘉凪さんたちが仕込んでくれるまで待つことになる。
当事者のわたしに知らされないとか、どうなの?
「うん、どっちみち学校は今日で最後。翼お兄ちゃんとも……ねぇ鈴」
ホテルへ向かう道すがら、わたしは足を止めて鈴を見る。
「なに?」
「一日だけ、待って欲しい。翼お兄ちゃんに、ちゃんとお別れ……ううん。翼お兄ちゃんとデートしたい」
「デート? うーん。ま、三嘉凪がいいって言えば私は別に構わないよ」
「ほんと?」
「最後の一日だしね。そのくらいはいいと思う。お姉様も……きっとそういう気持ちだっただろうし」
「やった。さすが鈴、ありが……!?」
ホテルに着き、二人揃って部屋のドアを開ける。
タバコの臭いと煙が充満した部屋にしばし会話を忘れて硬直した。
部屋の中には珍しく伊吹さん一人きり。
その伊吹さんは三嘉凪さんを待っていたらしく灰皿には山のように積まれた吸殻。
後一つでも置けば雪崩が起きて部屋中灰塗れ確実の微妙なバランスを保つその上に、今まさに吸殻を置こうとする伊吹さん。
「まっ……」
待って! そういうより先に、表面張力でかろうじて保っていたコップの水にバケツの水を零すような出来事は起こってしまっていた。
「うおおっ!?」
慌てて伊吹さんも反応してるけど全くもって後の祭りだ。
床一面に散らばった灰は粉を巻き上げ辺りの視界を奪い去る。
それだけならまだ許せるよわたしも。
でもね、吸殻ってものにはまだ消えきっていない煙上げながら赤く点滅してるのもあるわけで……
ソレから数分後。
風呂場にあった真ん中がへこんでいるイスに汲んだ水を思いっきりぶちまけ、すでにちょっぴし焦げ付いた床を拭いているわたしたちが居た。
伊吹さんめ、タバコ禁止令発動してやるっ。
「ところで伊吹さん、三嘉凪さんはいないんですか?」
「ああ、俺がこっちに来た時にはすでにいなかった。大方独自のルートで調べてるんだろうな」
「で、待ってる間に放火したわけね」
「お嬢、これは想定外の出来事だ。俺はただタバコを吸って待ってただけで……」
言い訳しようとする伊吹さんを鈴と二人で睨んで黙らせ、タオルを雑巾代わりに黙々と床の水気を拭きとっていく。
全く、いらない仕事増やしてくれちゃって。
あ、そうだ。三嘉凪さんに伝言頼んで今日は帰ろう。
数時間後にようやく掃除を終えたわたしたちは、伊吹さんに明日いっぱい自由時間を貰うことを伝えてホテルを後にした。
ついでにしっかり部屋を禁煙にする旨も伝えておく。
もし吸ってるの気付いたら怪談話千話ぐらい一気に聞かせてあげよう。
あ、結局白滝さんに会いに行くこと言ってないや。
まぁいいか。なんかもう戻って伝えるのも面倒だし。




