馬の合わない隣のおばさん
ホテルに帰ってきたわたしたちは、三嘉凪さんと鈴を交えて、今回の出来事について話し合っていた。
ピナちゃん捜索の賞金は500円。
命がけの戦いには割に合わない金額だ。
「しっかし、とんでもない宣戦布告だな」
事のあらましを聞いた三嘉凪さんは、両手を組んでうーんと唸り、わたしを見た。
「これは少々早めに君を隠す必要がありそうだ」
狙われているのはわたし。
だから早めにわたしを世の中的に殺す必要がある。
もともと三嘉凪さんたちは放置されてる敵対組織なので、ここに居る分ならわたしも狙われはしないだろうけど、翼お兄ちゃんや白滝さんと繋がりがある今の状態では彼らを引き込みかねない存在として危険視されているらしい。
もしも狙われたくないのなら、すっぱり手を切るか、翼お兄ちゃんたちとの繋がりを断つしかない。
できるならそれは御免被りたいものだけど、さすがに常時命の危険がある状態はごめんだ。
「やったのは総務課の沢木だったな」
「うん……」
「何度か会ったことがある。確か【土蜘蛛】の妖使いだ」
「三嘉凪、ラボとの繋がりは?」
「ああ。奴はラボ直属のはずだ。ラボ側のスパイとして目をつけていた。しかし、もしそうならかなりの重鎮が動いたな」
「重鎮?」
「うむ。高港市の幹部候補ラボ間者については知らんが、沢木はグレネーダー設立当初からいる古参の一人だ。そいつを警告するためだけに使いっ走りにするくらいだ。奴が……動いている可能性もあるか」
話についていけないわたしと伊吹さん、とりあえず真剣な顔で頷いておく。
「鈴も実際には僧栄には会っていなかったな」
「え? うん。会ってないけど……あ、でも遊園地で顔は見たかも」
「斑鳩入鹿。彼女を死に追いやった奴だよ。今はグレネーダー本部で働いている」
「お姉様を……」
「妖の名は【天狗】。風の流れから目的の人物を探ったり天狗の軟膏という薬を作ることが出来る。目の上のタンコブだった私をグレネーダーより追いやったあいつなら地位も今までとは比べ物になるまい。沢木を動かすのも容易だろう」
「僧栄……」
「しかし参ったな。まさか向こうからそういう接触をしてくるとはね」
再び悩みこむ三嘉凪さん。
それもそのはず。わたしが事件の真相に迫っていることを警告しに来たということは行動が筒抜けだということだ。
「場所……変えるんですか?」
「いや、その必要はない。襲撃されるならすでにされているはずだからな。今のところ僧栄まで連絡が行っていないのか、それとも泳がされているのか、まずは知っている奴がどこまで知っているのかを見極める必要がある」
わたしと鈴を交互に見て三嘉凪さんは真剣な表情で言葉を続けた。
「煙々羅を捕らえる」
「お、おいおい三嘉凪。煙を捕らえろってのか?」
「煙じゃないだろ。扱うのは人さ。私のカンだがおそらくミカ君の近くにいるはずだ。おびき出すために君に一芝居打ってもらう。いいねミカ君」
爽やかな笑みで微笑んでくる三嘉凪さん。無駄な爽やかさにノーと言えなくなるわたしだった。
鈴と二人で家への道のりを歩く。
鈴はいつもどおり済ました顔で、わたしが話しかけないと会話も成立しない。
けど、今日は珍しく鈴の方から話しかけてきた。
「あのさ、ミカ」
「なに?」
「分かってると思うけどさ、学校の友人とはもう会えなくなるんだよ? 本当に後悔しない?」
耳に痛い質問だった。決めるには時間の欲しい質問ではあるけれど、わたしの中では既に答えは出ている。
「大丈夫、お別れは明日にでも言うから」
「ふーん。ま、私には関係ないからいいけどさ」
心配してませんよといった装いで呟く鈴の優しさに嬉しくなった。
もう鈴かわい~って抱きしめたいくらい。
ほんと、鈴は良い子だよ。入鹿お姉ちゃんが守ろうとしたのも頷ける。
「おやおや、今頃お帰りかい」
嬉しさ楽しさ打ち消すような嫌味ったらしい声が聞こえてきた。
気が付けばもう家は目と鼻の先なのに、一番出会いたくない人に出会ってしまった。
隣の家のおばさんは、ホース片手に道路に水を撒いていた。
なにもわたしの帰り際にしなくてもいいだろうにと理不尽な怒りが募りだす。
単純に馬が合わないだけだろう。
このおばさんは苦手というだけでなく見るのも嫌な部類の人種だった。
「はぁ、今帰りですけど」
いい子を演じようと頑張ってはみるものの、どうしてもこの人相手だと突き放したような言い方になってしまう。
相手に悪い印象を与えてしまうな。と思っていてもどうしても言葉の棘が抜けない。
しかもこれで会話は終わり。
おばさんもただの社交辞令らしくこれ以上わたしに話しかけてくることはない。
おばさんを無視するようにわたしたちは家に帰る。
せっかくの楽しい雰囲気も台無し。
なんとなく居心地の悪い雰囲気を周囲に纏い、わたしたちは家に辿り着く。
母さんにただいますら言わず二人して無言で二階へ。
わたしの部屋についた瞬間、わたしと鈴は同時に息を吐き出していた。
重苦しい空気が薄らぐ。
互いの行為がおかしくて、どちらともなく吹き出し笑い合う。
「あはは、ミカ、あのオバサン苦手なんだ」
「うんっ、確かに苦手。なんだか馬が合わないんだよね、袁犬の仲ってやつ」
「そっかそっか、ミカも女の子してるねー」
笑いすぎてでてきた涙を人差し指で拭きながら鈴がわたしを笑う。
ぷくりと頬を膨らませてみると、さらにケタケタ笑い出す。
「だって、なんだかあの人の魂も妖も根暗なんだもんっ」
「あははははは……は?」
お腹を抱えて笑い出していた鈴の笑いが突然止まる。
わたしを見て驚いた表情をする。
「あのオバサン、妖使いなの?」
「うん。魂の形が普通の人と違うからなんとなく分かるの。なんの妖使いかまではわからないけど」
「へー……そうなんだ」
なんだろう。このなんか思いついちゃったよ。私って天才? みたいな鈴の顔は。




