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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二節 土蜘蛛
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初めての刺客・そして初めての……

 伊吹さんにおじさんからの目撃証言? を伝えると、すぐさま60階向けて階段を駆け上がっていってしまった。

 わたしについてはなんの指示も無かったので、仕方なくついていくことにした。


 でも60階分も走って階段を上がれるわけが無いのでゆっくりと歩いてあがることにする。

 なんでここは一階一階右から左に歩かないと階段が無い仕組みなのだろう。絶対悪意だよね。設計者の悪意がにじみ出てるよ。


 何度か休憩しつつ荒い息を吐きながら階段を昇る。

 明日は絶対筋肉痛だ。下手したら筋肉疲労で歩けないかもしれない。

 えっと、こういう苦しい時ってなんて言うんだっけ?

 ほらあれ、ひーこらひーこらばひんばひん……? なんか変な言葉思い浮かんだ。

 あ、ひっひっふーっだっけ? そう言いながら昇ると疲れないとか聞いたような? 違ったっけ。


 取り留めのない思考のおかげか、ようやく60階分の階段を上りきり屋上へついたわたしを待っていたのは、伊吹さんでもピナちゃんというワニでもなかった。


 屋上めいっぱいに広がる細く白い糸。

 貯水タンクやフェンスに伸びたそれは、屋上の中央付近で何十角形にもなる巨大な網を作っていた。


「これ……蜘蛛の巣?」


「嬢ちゃん来るなっ!」


 わたしに気づいたらしい伊吹さんの声、頭上から降ってきた。


「ほえぇっ!?」


 そこには白い糸にぐるぐる巻きにされた伊吹さんが吊るされていた。


「伊吹さん大丈夫!?」


「大丈夫、彼には邪魔されないよう退場してもらっただけさ」


 不意に横から聞こえた声に、慌ててそちらを警戒する。

 男の人が居た。

 見覚えの無い人だったけど、服装には見覚えがあった。


 グレネーダーの制服。

 翼お兄ちゃんがグレネーダー内で着ている服だ。

 殆ど私服で過ごしているので滅多に着てるのを見た記憶は無いんだけど。

 ちなみに白滝さんは全く着ているのを見たことが無いけど、まぁ今はそんなことどうでもいいか。


「出雲美果さんで合ってる?」


 黒髪の優しい感じの男の人は、わたしに確認し、頷くのを見ると満足そうに頷き返してきた。


「僕は沢木英明。妖専用特別対策殲滅課総務係の者さ」


 グレネーダーの総務係? 抹殺対応種処理係じゃなくて?


「警告してこいってさ」


「け、警告?」


「そ、これ以上調べるな。なにをかは言わなくてもわかるよね? キミはもう引き返せるぎりぎりの位置にいるんだよ。これ以上深入りするなら……」


 ゴクリと喉がなった。


「さぁ、どうする?」


 どうするって、ここで決めろってこと?

 下手に答えたらわたしはここで抹消対象に指定される。

 そうすればお母さんや翼お兄ちゃんに迷惑がかかる。

 でも、でもなんでこの人はわたしが調べてること気づいたの?


「ったく、なんでまたこんなややこしい呼び出しを僕がしなけりゃいけないんだか。ほらさっさと結論出してくれ」


 ……そうだ。わたしがなにを調べてるか分かる方がおかしいのだ。ここはとぼけてしまおう。


「泥棒さんの言うことなんて聞くもんかっ! ピナちゃんはどこっ!」


 わたしの声に。沢木は目を見開いて、笑い出す。


「あくまでとぼけるのか? あははっ、いいだろ。あのワニは返してやるさ、お前らをおびき寄せる餌でしかなかったからな。煙々羅の間抜けの策なんざやっぱ意味なかったな」


 でも……と、ギロリとわたしを睨みつける。


「つーこたぁ、強盗殺人。ここで泥棒に殺されちまっても仕方ないことだよなちびっこ探偵?」


 まるで狙い通りの展開になったとでも言いたそうな表情だった。


 シュッ


 口から吐き出されたそれを避けられたのは奇跡に近かった。

 一本のテラテラと光る糸がわたしがついさっき居たところを通り過ぎ、開かれたドアの取っ手にぴたりと引っ付く。


 口の糸を手で絡めた沢木は、グイとひっぱりドアを閉じてしまう。

 適当に伸びていた配水管に手にしていた糸を結びつけ、挑発的な視線で微笑んだ。


「よくかわしたなぁオイ?」


 蜘蛛だ。この人は蜘蛛の妖使い。

 それは分かるが女郎蜘蛛か鬼蜘蛛か、種類が分からない。

 しかし、別に種類が分かったところでやることは一緒だということに思い至る。


 糸をかわして、懐に入る。

 今の攻撃で、もうドアは開かないだろう。

 沢木という男の人を倒すことでしかわたしの生きる道は無い。


 シュッ


 二度目の糸吐きに慌てて身をよじる。

 目の前を白い糸が飛んでいった。

 リンボーダンスのように体を折り曲げ糸の下を転がり抜ける。


 地面を転がるのは初めてだったけど、思ったよりも痛かった。

 肘擦れちゃたよ。もう絶対地面に横たわっての横回りなんてしないんだからっ。

 でも、体勢を立て直す暇すら惜しいとそのままもう一回転。隣をかすめる糸の気配を感じながら、回転の勢いを使って起き上がり様にダッシュ。


「チッ、ちょこまかとっ」


 吐き出された糸がネットのように開く。

 慌てて進路を変えるが……


「あ……」


 糸の一部がわたしの足を捕らえていた。


「はい、鬼ごっこ終了」


 これでわたしは動けない。後はこいつに弄られて殺されるだけ。

 ……なんて、思ってくれただろうか?

 至近距離から一撃でという方法は失敗した。

 でも手が一つ失敗しただけだ。


 無防備に近づいてきた沢木。

 必死に演技してたんだけどわたしの目を見て怪訝な顔をする。


「テメェ、まだなにかする気だな? 妖でも使うのか? なんだっけテメェの妖? ええと……そうそう、確か……人魂!?」


 思い至った瞬間、沢木はわたしから遠ざかるべく地を蹴っていた。

 だけど、一瞬早くアスファルトから突き出た触手が沢木の足を捕らえる。


「マジか――――」


 完全に、完璧に沢木の判断ミスだった。

 わたしの力、人魂の能力がどういうものかを知らなかったこと。

 とはいえわたしも滅多に力は使っていないから、知っていることの方がすごいのだけど。


「貴方の魂……切り離すっ」


 足を捕らえたのとは別の腕で彼の魂を鷲掴む。

 躊躇うことなく一気に引き抜いた。

 とさりと力なく大地に倒れ付す沢木……だった肉の塊。

 呪力の切れた糸は普通の粘着力のある蜘蛛の糸となり、簡単に剥がれ落ちた。

 伊吹さんを蜘蛛の巣から下ろし、ピナちゃんを助け出す。


「グレネーダーか」


「殺し……ちゃった。翼お兄ちゃんに顔向けできないな……」


 殺したことに罪悪感はなかった。

 ただ、肉体から魂を抜いただけ。

 アニメのロボットからパイロットを抜いたのと全く変わらない。


 今ここには沢木英明という名のロボットがあって、操縦者となる魂がロボットに入れなくなっただけ。

 ただ……それだけのこと……


 改めて自分を見て驚いた。

 全身が震えていた。

 罪悪感はないし、人を殺した嫌悪感もない。

 だけど、体の震えはどんどん威力を増し、立っていられないほどになる。


「あ、あれ? わたし……」


「嬢ちゃん? ったく仕方ないな」


「ふわっ!?」


 伊吹さんにひょいと持ち上げられる。

 いきなりされたお嬢様抱っこにわたしは戸惑って暴れる。


「い、伊吹さんっ!?」


「初めて……なんだよな、こいつが」


「あ、……うん」


 片手を使うと言われたので、わたしは両手を伊吹さんの首に回す。

 ちょっと恥ずかしかったけど、なぜか安心できた。

 伊吹さんは空いた左手で、ピナちゃんの首輪についていた散歩用の紐を手にして歩き出す。

 ピナちゃんは人慣れしてるのか、自分から従うように付いてきた。


「グレネーダー、やっちまったな」


「うん。もう、後に引けないね」


「全力でお守りしますよお嬢様」


 おどけたような伊吹さんの言葉に、安堵感を覚える。

 翼お兄ちゃん以外の男の人で、初めて信頼できる人だと思った。


「バカ……」


 お礼の意味を込めて、笑顔で言っておく。

 伊吹さんには伝わったのかどうかわからないけど、伊吹さんは笑いで返してくれた。

 と、いうわけで、出現と同時に死亡した土蜘蛛さんでした。

 

 名前:  沢木さわき 英明ひであき

 特性:  ヒキコモリ

 妖名:  土蜘蛛

 【欲】: 土を掘る

 能力:  【蜘蛛糸】

       口から蜘蛛の糸を生成できる。

       手先が器用になるため編み物が得意になる。

      【土掘り】

       あらゆる土を掘ることができる。

       掘る速度は早く、モグラ並み。

       この能力でガシャドクロの幽閉に一役かった。

      【八足】

       足を四本増やすことができる。

       ただし、現れるのは蜘蛛の足。

      【同族感知】

       妖使い同士を認識する感覚器。

       個人によって範囲は異なる。


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