人魂少女とセーラー少女
「伊吹さんはどんな答えがお望み?」
質問を質問で返すことにした。
「それはどういう意味だい?」
なんでもない風を装いながら、伊吹さんはわたしの隣に座り、タバコを咥えた。
「わたしも……命がけですから」
二人して押し黙る。
わたしの身体から出ている触手はたぶん見えてるんだろう。
静寂の中、伊吹さんがライターを擦る音だけが響く。
「……一ついいかな」
突然掛けられた声にどきりとした。努めて冷静に声を出す。
「なんでしょう?」
スカートの上に置かれた拳に知らず力が入った。
「あれは、君の知り合いか?」
あれ?
目線だけ動かす。伊吹さんの視線の先は窓。
わたしがそちらに顔を向けた瞬間、窓ガラスは音を立てて弾け跳んだ。
しかも内側に向かって飛び散るガラス片。
伊吹さんの部屋がまた散らかった。
侵入者は見当たらない。
しかし白く濃い煙が外から中へと向かって流れ来る。
それは部屋に充満したタバコの煙と混ざり合い……
「ちぃっ」
伊吹さんの舌打ちが聞こえた。
タバコを投げ捨てわたしを引っつかむ。
捨てられたタバコは運良く灰皿の上に。
床に落ちてたらまず炎上は避けられなかっただろう。
罰として後で怪談話聞かせてあげよう。
「口閉じてろ。息止めろ! 舌かむぞっ」
「ふえぇ!?」
言うが早いかそのまま煙に向かってダッシュ。
煙よりも体制を低くして、窓に向かってジャンプ!
その結果、当然地球の重力に引かれるわたしたち。
「のひゃあぁあぁあぁあぁっ!?」
覚悟のできていなかったわたしの悲鳴が木霊する。
直後、伊吹さんが変化する。
アスファルトの地面が眼前に広がり、粗い粒一つ一つがくっきりと……
見えると思ったのも束の間で、急速に遠のいていくアスファルト。
巨大な鷹に変化した伊吹さんに首根っこをつかまれたまま、わたしは空を舞っていた。
「い、伊吹さーん!?」
「クケェ――――ッ」
いや、伊吹さん? もしかしてその状態だと話も出来ないとか?
風を切り空を走る感覚。
非常事態なのにちょっとわくわくしたわたしだった。
しばらく飛行した後、伊吹さんは昨日猫を捕まえるために登ったビルの屋上に降り立った。
「いや~驚いた」
わたしを放り投げるように屋上に落として元に戻った伊吹さん。
ちょっとムカつくほど格好よくすとんと着地すると、肩をならしながらその場に胡坐をかく。
「あの、なにか言うことは?」
落とされた拍子にお尻を打ったわたしは痛みをこらえて立ち上がると伊吹さんに近寄った。
「ふむ。窓の弁償は君持ちでいいのかな?」
「わたし関係ないでしょっ!? というかなんなんですかアレッ!? 下ろす時はもうちょっと優しくしてくださいよっ! 痛いじゃないですかっ!!」
食って掛かるように身を起こすわたしに、伊吹さんは目を瞑る。
「あれは煙々羅だ」
「えん……えんら?」
「煙を使う妖使いさ。おそらくあのまま留まればあの煙を吸い込んでいただろう。どうなっていたことか……」
わたしは押し黙る。
そんな妖使いがどうしてわたしたちを襲ってくるのだろうか?
「お嬢ちゃんはなにか襲われる可能性は?」
「う、う~ん、探してる二人の関係者だったのかな?」
「……それはあるまい」
伊吹さんは言い切った。まるで確信しているようだ。
「どうして言い切れるんですか?」
「簡単さ。俺ではなくお嬢ちゃんを狙っていたからだ」
目を開いてなんでもないように言う伊吹さん。意味が理解できません。
「ようするに、探偵としてその二人を探している俺ではなく、お嬢ちゃんをつけていた奴だからさ。警察署からね」
「!?」
警察署?
翼お兄ちゃんにお弁当を届けた時から?
いや、それよりも、なんでそれを伊吹さんが知って……
「君の事を少々調べさせて貰った」
ドキリとした。迂闊だった。
探偵に頼む以上相手の探査だけだと安心してしまっていたのだ。でも……
「契約違反じゃないですか」
それはタブーだ。
依頼人の身元を探るのは探偵として大きくイメージダウンに繋がる。
依頼をしに来たのにプライベートを暴かれるというのは、苦痛以外のなにものでもないのだ。それが周囲に伝わり探偵業に支障をきたすのは確実。
「だが、俺はそれをしなくちゃいけないのさ。君が何者で、なんのためにあんな依頼をして来たのかを知るためにな」
ポケットからタバコを取りだし、シュボッとライターの火をつける。
一服した後、わたしを真剣な目で射抜く。
「こっからはギブ&テイクだお嬢ちゃん。初めはグレネーダーからの回し者かと思ったんだが、あの妖使いに狙われてるってのァおかしな話だ。こっちも腹割って話したい。お嬢ちゃんの真実を聞かせちゃくれねぇか」
どうしよう? もう、話してしまったほうがいいのだろうか?
でも、実は伊吹さんのカマかけでさっきのも伊吹さんの幻術って線もある。
「伊吹さんは、もし次の日わたしが死んでたらどうします?」
「はぁ?」
やっぱり、真実をそのまま口にするのはちょっと抵抗だった。
だから、例え話で話すことにする。
「ここで別れて、次の日新聞にわたしが死んだってでるんです。どう思いますか?」
「う、うーむ? 知り合ってあんまし経ってないしなぁ……」
「わたしは、伊吹さんが死んだら、気になります。会おうとしていた時なら特に、どうして死ななければならなかったのか気になります」
おいおい勝手に殺すなよ。と苦笑いの伊吹さん。
空を見上げてタバコを吹かした。
「そうだな。俺も探偵だ。どうして死んだかは……調べたいかな」
「それが……理由です」
空を見上げたままだった伊吹さん。
わたしの言葉にキョトンとした目を降ろしてきた。
「いや、待て、それじゃ答えになってねぇぞ?」
「答えです。だから、教えてくれませんか、川辺鈴と、三嘉凪良太のこと」
「いや、教えるったって、それじゃ……」
「いいんじゃない?」
戸惑いを浮かべる伊吹さんを遮るように、冷たく凛とした声が聞こえた。
わたしはすぐさま周囲を確認する。
すると、目の前のラブホテルの窓が開け放たれていて、そこに座る一人の少女。
……って、ここ伊吹さんの事務所が横に建っているホテルの裏側だったんだ……
わざわざ遠回りして戻ってきてたのか。
まだ煙々羅がいたらどうする気だったんだろうか?
その少女に見覚えがあった。
セーラー服に身を包み、不気味な紫のお下げを揺らす……川辺鈴。
彼女は窓辺に腰掛け、足をぶらぶらとさせながらこちらを面白そうに見ていた。
両手は窓の桟を掴んでいたが、わたしが気付くとそこから腕を使って飛び降りる。
みごとにビルの屋上に着地(くっついてるし10センチもなかったけどそれでも飛び降りたのだから着地と言うべきだろう)した鈴は、威圧するようにこちらに近づいてくる。
「ほら、私に聞きたいことがあるんでしょ? なぁに、お嬢ちゃん?」
歳的にはそう変わらないと思う。だけど威圧的な態度が彼女を年上に見せている。
一瞬でも目を離せば殺されそうな圧迫感の中、震える足をなんとか保たせ、わたしは声を絞り出す。
「教えて……ほしいの。あの人が……なんで死んだのか、どうして殺されなきゃいけなかったのかっ! 入鹿お姉ちゃんはどうして殺されなきゃいけなかったのっ!」
言葉を吐き出す勢いに乗せて力を発動する。
わたしの背中から生まれる無数の腕。
それはまるであの世から生者を引き込もうとする死者の腕のようでもあった。
「知りたいの? 入鹿お姉さまの死の真相を? そのために私を探していたの?」
「白滝さんも翼お兄ちゃんも教えてくれなかった。後お姉ちゃんに関係するのは、わたしの知ってる中であなただけだからっ」
鈴はわたしの触手たちを見ながら考える。
戦うべきか? 逃げるべきか?
……そうじゃない。彼女の表情は、わたしと彼女じゃ戦いにすらならないといった余裕の顔。
その余裕の冷めた表情が、不意に笑みに崩れた。
わたしは怪訝な顔をしたと思う。
「いいわ伊吹。この子上げちゃって」
「なんだ? グレネーダーじゃないのか?」
「あいつらがお姉様の事件掘り返そうだなんて思わないわよ。あいつらにとっちゃもう過ぎ去った過去なんだもの。それに、顔を見て分かった。この子、引き込めるわ」
引き込める?
というか、伊吹さん、もしかして、もしかしなくとも川辺鈴の知り合いとか? むしろ仲間? 世間って狭いんだね……




