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妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第一節 化狸
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依頼の条件

 部屋はお世辞にも綺麗とはいえなかった。

 別に埃がたまっているわけじゃない。

 わりと小奇麗なオフィスと言ってもいいと思う。

 ただ、伊吹さん専用のデスクに載せられた幾束もの資料と、部屋に充満したタバコ臭が折角のオフィスを台無しにしていた。


「さて、用件は?」


 社長椅子とでも言えばいいのだろうか、黒皮の座り心地の良さそうな椅子に腰掛け、デスクを挟んだわたしと対応する伊吹さんは両手を組んでデスクに肘付き、わたしを見る。

 といっても資料の束が邪魔してわたしからも伊吹さんからも顔は全く見えなかった。


 ずい、とわたしは視線を後ろに向ける。

 おそらく来客用のソファだろう。

 簡素なテーブルを挟むように配置されたスペースがある。本来依頼の話をするのはこちらのスペースなのでは?


「探して欲しい人は二人です」


 突っ立っていてもしょうがないので、来客用ソファに座りこんで話しだす。


「一人は男、もう一人は女性。どちらか一人でもいいですし、両方見つけて貰っても構いません。ただ、接触は避けて居場所だけ教えてください」


「接触を避けて居場所だけ?」


「じゃないと、伊吹さんが危険ですから」


 書類のせいで見えないが、きっとキョトンとした顔をしているのだろう。

 すぐに笑い声が起き、伊吹さんが立ち上がる。

 わたしの座るソファの対面に座り、胸ポケットからタバコを取り出す。


「吸っても大丈夫かな?」


「構わないです」


 正直言えば余り好きではないけれど、ようやく聞く気になってくれたらしい伊吹さんの気分をぶち壊すのも躊躇われた。


「それで? 対象の特徴は?」


「はい。一人は三嘉凪良太。妖使いでグレネーダーに追われています」


 ライターを内ポケットから取り出したまま、伊吹さんは固まる。


「ち、ちょっと待て、み……グレネーダーに追われている奴を探せってのか!?」


 流石に驚く伊吹さんにわたしはコクリと頷く。


「そ、それで、もう一人は?」


「川辺……鈴。一度見かけたときはセーラー服を着てました」


 もう、伊吹さんは言葉もなかった。


「それで……なんでそいつらを調べる?」


 それは、と言いかけて、下手に説明するとグレネーダーに密告されるかもしれないと気付く。

 それはこちらが危険だ。

 だけど説明しないと、いくら仕事とはいえ危ない橋は渡ってはくれないだろう。無理そうだったら諦めるしかない。


「ふむ……」


 タバコに火をつけ一口。

 プハーと広がる煙たい空気。副流煙で癌にならないか心配です。


「一ヶ月30万。それ以上は負けられん」


「へ?」


「だから、調査一ヶ月で30万だ」


 物凄い高い。人探しってそんなに高いんだろうか? 相場を知らないのでなんともいえないけれど……


「で、でも最初はタダだって……」


「気が変わった。いくら俺でもグレネーダーに追われる危険人物を探すなんざ命に関わるだろうが」


 やっぱり、誰だって命は惜しいに決まっている。

 この人に話した意味はなかったな。と、わたしは無言で席を立った。


「ん? どこ行く気だよ?」


「帰るんです。なにか?」


「いや、まだ話の途中で……」


「いいです、話は聞かなかったことにしてください」


 玄関に向かい靴を履きだしたわたしを、またも伊吹さんは腕を掴んで必死に止める。


「まぁ待てまぁ待てまぁ待て! 誰もやらないとは言ってないだろうが!」


「……ですけど30万もわたしが持ってると思います?」


 すると伊吹さんは顔を近づけじぃっと見つめ、


「……思わんな。むしろ吹っかけたのは確かだ。そんな危険人物探すなんて止めて家で大人しく……」


 わたしは伊吹さんの腕を振り払って靴を履いた。

 立ち上がって玄関のドアノブを捻る。


「だぁぁぁから待て! プリーズウェェェイトッ! ドントイグノアーミィッ!」


「なんですか?」


「久々の仕事なんだよぉ。頼むから飯代だけでも出してくれよぉ」


 まさか泣き付かれるとは思わなかった。

 ダメな大人の見本を見せ付けられながら、溜息とともに再びソファへ。


「さっき忙しいとか言ってませんでした?」


 対面に座った伊吹さんがうっと呻いて項垂れる。


「いやな、ダチが急に匿って欲しいって言ってきてさ。貯金全部人質に取られてんだよ。食料あいつらの分だけパシリされてさぁ……」


 今までのワイルドさはドコへやら。

 へっぴり腰な撫で肩に思わず引き気味のわたし。

 それに気付かず、伊吹さんは語りだす。


「食事なんかここ一週間カップヌードルだぞ! しかも二分の一カップ! 昨日なんか何が付いてるか分からない道草煮て食べたんだぞっ!」


 もはや泣き言でしかないのだが、ソファに座ってしまった以上聞かないわけにもいかなかった。


「タダの予定だったんでお金はないですけど、食事でよかったら作りますよ? そのくらいはお金もあるし」


 がしりと腕を掴まれ引き寄せられた。


「女神様やぁぁぁぁっ」


 両手でわたしの手を握りながら拝んでくる伊吹さんに、わたしどういうリアクション取ればいいんだろ?

 しばらく拝んでいた伊吹さんは、我を取り戻したのか、わたしの手を離し、コホンと咳を一つ。


「失礼、ただこちらも命がけになるため、三食だけではつりあいにならない。なので、できれば助手として働いて貰いたいのだが」


 ようするにここに来て食事作って帰れ。ということらしい。

 もちろんわたしが子供すぎるため給料は出ない。という訳ではなく、金を出す余力もないらしい。

 わたしが入学する学校バイト禁止だから雇われても困るけどね。


「明日から学校なんだけどいいのかなぁ?」


「終わってからでいいさ」


 どうせヒマだとボソリと言って、一人で落ち込む伊吹さん。

 可哀相だったので出来るだけ顔を出してあげようと思った。

 きっと出会う人出会う人に名刺渡したけど、わたししか来なかったんで寂しかったんだね、可哀想に。

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