自称探偵紳士と少女の溜息
家に帰ると同時に、机にしまっていた名刺を取り出す。
携帯電話を掛けながら外に出る。
家から離れて近くの墓場まで行って、履ききれていなかった靴をしっかりと履き直しながら、通話するまで待つ。
ここを選んだのはあまり人が居ないという一点で、小さい声で話せば声も聞き取りづらいから。
家で話をしてもよかったのだけれど、お母さんにはなんとなく聞かれたくなかった。
他に一人になれそうな場所を知らなかったので、一番落ち着くここに来てしまっていた。
……んー。やっぱり人魂の能力のせいかな。
おかしいよね墓場に来ると落ち着く女の子って。
『あ~もしもし、伊吹探偵事務所です』
初めに聞こえたのはなんとも頼りがいのなさそうな声だった。
「あの、依頼したいんですけど」
言いながら、緊張してくるのが分かる。
じっとりと携帯電話を持つ手に汗が吹き出る。
電話をかけるというのはどうにも好きになれない。
そもそも電気を使う機械的なものが苦手なのだ。これも妖が関係しているらしい。
一昔前に幽霊はいません全てプラズマなのですとかある科学者が言っていたが、まさにそれなのかもしれない。
電気信号というものがちょくちょくわたしの頭をちくちくと刺激してくるのだ。
ノイズが走るとでも言えばいいのだろうか? 電話を使うと気分が悪くなりなぜかムカムカしてくる。
『ん、い、依頼? ……なんの依頼かな』
疑問符でちょっと途惑った後、急に低くしっかりとした声で聞いてきた。
なんとなく、頼って大丈夫かな? と後悔して溜息がでる。
「ええと、人を探して欲しいんです」
『人探し? ふむ、じゃあ詳しい話は事務所の方で……』
「あ、はい」
『ん。それじゃ待ってるよ』
なんだかそのまま切りそうだったので、わたしは慌てて待ったを掛ける。
「場所、伊吹さんの事務所の場所分かりません! 名刺にも書いてないですし」
電話番号とかはあるのに、肝心の住所はどこを見ても書かれていない。
『ん? そうだったかな? あ、ほんとだ』
なんだろう? やっぱりこの人に頼らず自分で調べた方が早いような気がする。
『ああ、じゃあ俺から迎えに行きますよお嬢さん』
妙に丁寧な言葉遣いだった。
なんとなく違和感を覚えながらも待ち合わせ場所を決める……というよりはここに来てくれるそうなので場所を伝えて待つことにした。
しばらく待つ。
暇が出来たので、周囲で無駄な雑談をしていた幽霊のおじいさんたちの会話に混ざる。
安楽死した人の魂は昇っていくことが多いが、稀にしばらく地上に残って孫を見守ったりしている幽霊もいる。
そういった幽霊は死んだという自覚があるのか、周りの幽霊たちとうち溶け合って近所の会合よろしく雑談をしている場合が多い。
大抵は数週間で自然に昇っていくが、コツを掴んだ幽霊は自分の意思で留まることが出来る。
まぁ、あまり留まりすぎると悪霊化しやすいのでオススメはできないけれど、そういった霊たちと話すのはとても楽しかった。
近所のお爺さん姿の霊と大昔の丁髷のお兄さんが談笑してる姿とか、シュールで面白かったよ。しかもお爺さんの方が敬語なの。
十数分はしただろうか?
先に伊吹さんを見つけたわたしは、人魂たちから離れて伊吹さんの元に向かった。
白いタキシード姿の伊吹さんはどう見ても周囲から浮いている。特に墓場で見る姿ではまずない。
「あの……」
「やあ、この度は探偵紳士と称される私めをご指名頂きありがとうございます。辺鄙な場所にずいぶんお待たせしてしまいましたマドモアゼ……」
格好つけて花束をわたしに差し出そうとして、伊吹さんは固まった。
わたしが一応貰っとこうと花束を受け取ると、姿勢を正しネクタイを直して、伊吹さんは咳を一つ。そして溜息を吐く。
「あ~、なんだ、お嬢ちゃんか」
どうにも年頃の女性だと思っていたらしい。眼に見えて落胆していた。
わたしだって年頃といえば年頃だ。
好みの範囲外だとしても、この態度の変化はあんまりではなかろうか?
「あーと、なんだっけ? 依頼? 人探しだっけ?」
初めの印象となんとなく違う気もしないではないけれど、おそらくこれが彼の地。
「ん? どうした? 依頼だろ? どうでもいいがこれでも結構忙しいんだよ俺。お嬢ちゃんの猫探しなんて手伝ってるヒマは……」
わたしの依頼はいつの間に猫探しになったのだろう?
腹が立ったので臑に蹴りを入れておいた。
「痛ェッ!?」
「あのねおじさん」
「おじさんじゃねぇ! カッコイイお兄さんだ!」
「わたしね、人探しって言ったんだけど。誰も猫探せなんて言ってないよ。もういいよ、やっぱり自分で探すから」
じゃあね。とわたしはすでに帰る気マンマン。
元々この人にはあまり期待はしてない。見つけてくれればいいかな。程度のものだから。
別に子供扱いされたことに腹が立ったわけじゃない。……ないんだから。
……いいもん、牛乳沢山飲むんだから。
「っと、待て待て待て!」
慌てたようにわたしの腕を掴む自称探偵。
わたしは、もう邪魔なんですけどといった表情で振り向く。
「無能呼ばわりされちゃこっちも退くわけにはいかねぇ! 言いな嬢ちゃん。この伊吹健二! その探し人、十倍にして連れて帰ってきてやるぜ!」
そんなにいりません。
果てしない不安に駆られながら、わたしはダメ元で話してみる事にする。
「よし、さっそく事務所にレッツゴーだ。付いて来な!」
不安だ、果てしなく不安だ。
まるでお化け屋敷に入る少年隊のリーダーを自称しながら、カラスの飛び立つ音にビビッて一番最初に逃げ帰るガキ大将のような伊吹さんの背中を見ながら、深い溜息を吐くわたしだった。




