持って来ちゃった
いつものように翼お兄ちゃんに弁当を届けに行く。
グレネーダー高港支部の前で待っていると、万年遅刻の白滝さんがやってきた。
今日も、青海の空とは非対称な黒コート、黒い皮手袋、黒の革靴といった全身黒色統一の出で立ちでやってきていた。
髪も黒髪で、男性にしてはかなり長い。
少し眠いのだろうか? いつもよりも目を細めて、まるで睨みつけているようだ。
まぁ、いつもよりちょっと目が細まってるだけでそこまで大差なかったんだけど。初対面でこの顔見たとしたら、私は多分視線を逸らして関わり合いにならないようにしていただろう。
「む、いつも大変だな」
わたしに気付いた白滝さんは目線だけ向けて挨拶してくる。
これが挨拶になるかどうかはわからないけど、彼からすれば立派な挨拶らしい。
「おはようございます。ご一緒、いいですか?」
グレネーダーの朝は早い。
わたしがお弁当作ってここに来るまでに、白滝さん以外は別部署の人さえも既に中に入った後。
この白滝さんは指揮官の立場にありながら、遅刻だけは毎日欠かすことはない。ちょっと可愛いと思わない?
この人も入鹿お姉ちゃんの影響を受けたのか、この高港支部に来てからは健康に気を使いだしていた、胸元にも入鹿お姉ちゃんのプリクラ入り銀色のロケットを下げている。
「構わん、入れ」
お許しが出たので二人揃ってグレネーダー内部へと向かう。
白滝さんの横をちょこちょこと歩きながら、館内のまだ足を踏み入れたことのない場所を探す。もうすでに大体は調べたはずだ。巧妙に隠されているか、ここには資料が置かれてないのか、はたまた資料自体がないだけなのか。
今のわたしではそんなことすら調べられない。
たった一人の小娘の無力さを痛感する。
作戦会議室に着くと、先に来ていた男の子が一人、やる気なさそうに窓辺まで椅子を倒して背もたれ、机に足を組んで乗せていた。
わたしの大好きな従兄妹、志倉翼である。
金色に染めた髪、やる気なさそうな顔。
頬に付けられた絆創膏……あれっていっつも取り替えてるのかな?
まさかずっと同じ奴とかじゃないよね? もしそうなら不衛生だよ翼お兄ちゃん。
「お、美果、今日も持って来てくれたのかよ」
「うん。翼お兄ちゃん頑張ってるからおすそ分け」
「頑張ってるつっても大したことやってないぞ? 捜索対象の二人はまだ見つかんねーしよ」
「捜索対象の二人?」
わたしの疑問に、翼お兄ちゃんはポケットにクシャクシャに入れられた門外不出のはずの、追跡対象者身元調査書なるものを見せてくれる。
紙は三枚つづりで、二種類あった。両方ともに一枚目には似顔絵又は顔写真と、名前とか生年月日とかが分かる範囲で記入されていた。
「おい翼。それはグレネーダー員以外は閲覧禁止だ」
自分専用の椅子に座りながら白滝さんが呆れた声を出すけど、当の翼お兄ちゃんは素知らぬ顔で、「まーいいじゃないっスか」と笑っていた。
翼お兄ちゃんはわたしに甘い。とっても優しくしてくれる。
利用しているようで嫌だけど。ごめんね翼お兄ちゃん。わたし、どうしても入鹿お姉ちゃんの死んでしまった理由が知りたいから。
とにかくグレネーダーの情報は出来るだけ知っておきたい。
いつかきっとあの入鹿お姉ちゃんと一緒に居た女の情報を……!?
「これ……」
思わず、似顔絵の顔に声を上げていた。
「ん? どうした?」
わたしの反応に目ざとく目を向けた白滝さんが聞いてくる。
「あ、その、ぐちゃぐちゃで破れてるところが、ある、かな?」
「ほう、新しく貰って日も経たんうちからもう破れているのか翼」
「あ、いや、なんででしょうかね……」
とっさのフォローとはいえごめん、翼お兄ちゃん。
白滝さんに小言を言われる翼お兄ちゃんに心の中で謝って、わたしは似顔絵の人物に視線を戻す。
そこに描かれたのは少女の自画像。
あ、自分で書いたわけじゃないから人物画になるのかな?
とにかく、冷めた目と束ねたお下げの髪は記憶と一致する。
服装も描かれているセーラー服だったはずだ。
紛れもなく入鹿お姉ちゃんと一緒に居たあの少女。
入鹿お姉ちゃんの妹と言われていた人物。
名前は? 川辺……鈴。妖の名は鵺。
S級抹消体として指定され、見かけ次第総力を持って抹消せよと書かれていた。
また、貴重種につき死体は妖能力研究所に移送せよ?
隣の紙を見る。そこにある写真には男の人が写っていた。
とても大柄そうな人で、肩幅が凄い。
角刈りで厳つい顔なので、この書類を見ず初めて面と向かったら、わたしはきっと泣き出すだろう。
名前は三嘉凪良太。妖はスサノオ。欲は部下イジメだそうだ。
元々は国原支部のグレネーダーに所属していて、国原市の支部長の地位についていたらしい。
そんな人が、斑鳩入鹿とともに逃走? 反逆罪で抹消対象?
どういう……こと?
この人と二人で逃走して、白滝さんとデートするために戻ってきた? それで殺されたってこと?
なんだか凄くマヌケな話だ。
デートしているところで犯罪がばれて抹消。
というのではなく、一度この高港市への逃走に成功しながらデートをするために国原支部に戻ったということになる。
殺される危険があるとわかっていながら戻ったということだろうか?
それではいくらなんでもマヌケすぎやしないだろうか?
閃いた!
きっとこの三嘉凪って人が入鹿お姉ちゃんを攫ったのだ。
それを白滝さんが救出したけれど、グレネーダーの上層部というのはお姉ちゃんも仲間だとして抹消命令を下し、結局入鹿お姉ちゃんは白滝さんの手によって……
なんて、なんて可哀相な入鹿お姉ちゃんと白滝さん。
「おーい、なに指名手配書見ながら涙ぐんでんだ美果?」
「ふぁっ!? あ、いや、なんでもないよ翼お兄ちゃんっ」
翼お兄ちゃんも白滝さんもジト目で睨んできたので、思わず逃げるように部屋を出ることにした。
「じゃ、じゃあまた明日ね、バイバイ翼お兄ちゃん」
自分でも不自然だなぁと思いつつ、わたしは部屋を出る。
そこで一度大きく深呼吸をして、これからの方針を決めた。
入鹿お姉ちゃんを調べるのはグレネーダーに狙われるかもしれない。
でも逆にあの鵺とスサノオの妖使いを探すなら、翼お兄ちゃんの手伝いだと思われるのじゃないだろうか?
それに、こっちなら探偵さんに頼んでも……
うん、この資料を見せれ……ば?
……あ。門外不出の手配書、持って来ちゃった。




