キャベツスペシャル
そして……またまたやってきました例のファミレス。
今日も常塚さんが元気に挨拶してくれました。
三日連続ともなると、私の顔を見るだけでウェイトレスの制服用意。
「って、すでにただ働き決定ですかっ!?」
「え?」
え? ってなんですか? え? って……
常塚さんは笑顔を崩すことなく私を見つめている。
「今日は奢ってもらうんです」
「昨日もそんなこといってたじゃない」
などと笑われながら席に案内され、私と隊長は対面に座った。
外が暗くなっているので窓ガラスに自分たちの姿が映る。
隊長みたいな格好良い男の人と一緒なせいで、私は思わず窓を鏡として髪を直す。
「なんだ? 馴染みの店か?」
「翼のせいで一日で常連さんになりました」
「そうか、それは災難だったな」
「あ、そういえば、ここツケ効かないんですけど大丈夫ですか?」
「……なに?」
あれ? まさか弟子と同じでツケで奢ろうとしてましたか? 同レベルですか隊長?
「あ、あの……大丈夫……ですよね?」
「…………」
隊長は答えない。
ああ、やっぱりそうなるんですね。
ここに来る時点でなんとなぁく予想はしちょりましたよ。
ええ、そりゃもう二度あることは三度あるってよくいいますし? お約束かなぁって諦めてましたから。
不意に隊長が懐を探り、私の前に財布を置いた。
「有伽、ここに私の財布がある」
「ありますね」
「現金、いくらあると思う?」
「ないんですか?」
「いや、あるにはある。引き出したまま持ってはいる。しかしだな、その……現金で払ったことがないのだ。お前の人の良さを信じて支払いを任せる」
はい? 現金で払ったことがない? 隊長、アンタ一体何時の人ですか? 原始時代からやってきたとか? 石の金すら使ったことない?
仕方なく財布を受け取り中身を拝見。瞬間、私は固まった。
初めて見た。見てしまった。
諭吉さんが、諭吉さんが白い紙で束ねられてる……それが五束。
ご、五十万を持ち歩いとるっ!?
「それで足りるかどうか不安だが……」
いえ、十分です。十分すぎます隊長。
つかもう総統閣下って呼ばせてください!
しかも、千円札も小銭もない。帯付きの万札が明らかに入れてから一度も崩してないと主張していた。
「いつもはやっぱりツケですか?」
「うむ。だいたい経費として請求しているな。グレネーダー支部から店に直接金が向かうシステムがあるのでな。だが高港支部に来てからは、カード払いだ。今日は買うものはないと思い家に置いてきた。買いたいものはマスターカードだ。便利だぞ」
どこの大富豪の息子さんですか?
「ちなみにそちらにはいくらくらい?」
「この前見た時は十二桁の数字が並んでいたが?」
「結婚してください隊長! 一生付いていきますっ」
突然の告白に隊長はピクリと眉を動かす。少し考え、
「いきなりだな。嬉しい申し出だが冗談はよせ。私を犯罪者にするつもりか? さすがに中学生と結婚は無理だ。十六になってから良く考えて告白しろ。親にも相談してな」
「い、いえいえ、冗談です。冗談ですよ。一兆円以上という響きにちょっと魔がさしただけですよ……」
ああ、あと一年半早く生まれていれば、玉の輿だったのに。
まんざらでもなさそうな顔も見れたし、年の差はありそうだけど彼氏候補としては断然翼なんかよりありだね。
「とにかく、支払いに支障はないな?」
「はい、ウェイトレスしなくても平気そうです」
「あらぁ、それは残念。でも、相変わらず金持ちねぇ柳ちゃんは」
メニューと水を運んできた常塚さんが横から口をだす。
「あれ? 隊長、知り合いですか?」
「うむ、翼と行った居酒屋で前にバイトしていた店員だ」
「あらあら、幼馴染だってちゃんと言ってくれればいいのに。まるで他人みたいに……っと、ああ、そうだわ、そんなことより店長があなたのこと結構気にいってるみたいだから本格的に働かない? 高梨さん」
「いやいやいやっ、ボクは中学生ですよ、普通は深夜バイトとして雇っちゃダメでしょ」
「あらやだ、そうだったかしら? 私は夜でもがんばっているわよ」
「警察の前でそういう話はしてもらいたくないのだが……お前の場合未成年ではないから深夜業に支障なかろう」
困った顔で隊長が呟く。確かに、未成年を深夜働かしたことが警察にバレたら、ここの店長捕まっちゃうな。もうバレてるけどさ。
「私は店長の気まぐれ定食。それとコーヒーを頼む。有伽はどうする?」
「そうですね。この前気になったキャベツスペシャルと、あとアイスティーで」
キャベツスペシャル。名前からなんとなく想像できるけど、試すべきでしょ? 私、チャレンジャーですから。
「飲み物にはブラックとミルクとレモンがありますが、いかがいたしますか?」
なんだかその言い方だとアイスティにもブラックがあるみたいなんですけど? コーヒーにレモンもちょっと……
「ミルクだ」
「ボクもミルクで」
常塚さんが確認にもう一度頼んだものを読みあげてカウンターに戻っていった。
「コーヒー、ミルク派なんですか?」
「それがどうかしたか?」
「いえ、隊長なら雰囲気的にブラックかなと思っただけですから」
「ああ、確かに少し前まではブラックだったがな。――――この前健康番組でブラックよりミルクの方がいいと言っていたので止めた。ミルクコーヒーは健康になった気分になれるぞ」
意外と健康マニアなんだろうか?
「あ、はは……機会があったら頼んでみますね」
取りあえずはその場限りの同意ってことで。
「キャベツスペシャルというのはやはりごはんとキャベツしかないという奴か?」
「さ、さぁ? 分からないから頼むんです。ボク、チャレンジャーですから」
「なるほど、どんなものが来るか楽しみというわけだな」
「はい、昨日はそこの、ほらビックバン定食を頼んだんです。とっても神秘的でした」
「ふむ、確かにここは気になるメニューが並んでいるな。頼んではいけないもの定食か……メニューにあるとつい頼んでしまいたくなるな」
「やっぱりそうですよね。さすが隊長。お子様ランチ頼んだ翼とは段違いです」
「お子様ランチ? あのバカはまだ頼んでいたのか」
「まだって……前も頼んでたんですか?」
「うむ。そのメニューが在る店であれば必ず頼んでいたな。従兄妹とこれを食べるのが日課だったと嬉しそうに話していたが」
従兄妹? そんなのがいたんだ。
「なんでも小さい頃によくファミリーレストランで一つのお子様ランチを仲良く分け合ったとか」
二つ頼もうよ翼ちゃん……
「そういえば、翼って、どういうふうにグレネーダーになったんですか? 抹消対象になってたって聞いたんですが」
「なんだ? 翼に興味でもあるのか?」
「ありません」
抑揚のない声で即答だった。
「でも、知れば楽にグレネーダーになれるかなって。一応上級妖使いですよね翼って」
「うむ。一応……な。ただ、あいつの正義感は直線的というべきか……」
一瞬、隊長の目が泳いだ。
「非常に扱いやすいのだ。あの生まれたてのヒヨコを思わせる真っ直ぐな目でわかるだろう?」
い、インプリンティング……いうなれば師匠って親みたいに慕われてるってこと?
「つまり妄信的に隊長に従ってるわけですか」
「私というよりグレネーダーだな。上層部の命令を一切裏切らない。それがあいつの入隊できた理由だ」
「なんていうか、言っちゃ悪いけどある意味直情バカですね」
「まぁ……な。試験官が丁度今の上層部に転勤した奴でな。いたく気に入られて……」
試験官? 何それ?
私がそこに突っ込んで話を聞こうとすると、
「お待たせ高梨さん、柳ちゃん」
と、私の前に置かれたキャベツスペシャル……何デスカコレ?
それは、質問なんて一気に吹っ飛ぶインパクト。
「キャベツ……だな」
隊長も現物を見て呆れ返る。
私の目の前には大皿に乗ったキャベツが一玉まるまる乗っていた。
ご飯? 汁物? 漬物? あるわけないじゃないですか。
「す、スペシャル? これが?」
なんか……泣けてきた。
あれか? キャベツばかりを食べていたとか言わせたいのか?
「中が凄いのよそれ。見た目普通のキャベツだけど」
涙ぐむ私を見かねた常塚さんがフォローを入れてくれる。
「こちらは店長の気まぐれ定食です」
こちらもかなり衝撃的だった。
何かの肉が二切れ、鮭の塩焼き、漬物二切れ、粟ご飯……戦時中の食べ物ですか?
「これはまた……凄いのがでてきたな」
「ウチのコンセプトは変化に富んだお品書きなんです」
富みすぎて逆にヤバいですね。こんなんでよく人が来るよ。
「鯨肉か、懐かしいな」
「え、それ鯨なんですか? 初めて見ました」
「そうか、では食べてみるか?」
「一切れいいですか? すいません隊長」
「気にするな」
コーヒーとアイスティーを置いた常塚さんが去ってゆく。
鯨肉というものを初めて味わいながら、ちょっと硬いと思う私だった。




