経過報告、進展なし
「ふぅ……」
自動ドアをくぐり抜け、ようやくわたし、出雲美果は息を吐いた。
従兄妹の志倉翼に弁当を届ける名目で、わたしはすでに何度目かの捜索を終えたばかりだった。
ここは、グレネーダー高港支部という建物であり、わたしの従兄妹の翼お兄ちゃんが務め始めた場所である。
そこで、わたしはあるお姉さんの情報を探っていた。
なぜこんなことをしているのか。
それは翼お兄ちゃんがこの高港支部のグレネーダーに入る前。
国原市にいた時のこと。
国原支部に勤めていた知り合いのお姉さんが突然居なくなった。
翼お兄ちゃんが国原支部からこの高港支部に移る時、わたしの家族をついでに移住させる計画を実行してくれた。
奇妙な縁とお礼を兼ねて、わたしは何度か知り合っていたお姉さんに会いに行ったのである。
だけど管理人さんの話では夜逃げしたということで、翼お兄ちゃんに聞いたらグレネーダーの抹消対象に指定されて抹消されたって。
お姉さんはとっても明るくて、優しくて、ちょっとおっちょこちょいだけど、とても仕事に一生懸命な人だった。
なのに、そんな人がグレネーダーを裏切り、あまつさえ犯罪者になっただなんて、わたしにはどうしても信じられなかった。
それに、翼お兄ちゃんは教えてくれなかった。
お姉さんの死について。なぜ死んだのか。どうして裏切ったのか。
だから……わたしは自分で調べることにした。
この時代、人の中に【妖使い】という不可思議な力が目覚めだした。
といっても人間となんら変わりなく、だけど人でありながら人ではない。
どうして妖使いと呼ばれているのかというと、昔いたという妖というものに似た【欲】を持ってるかららしい。
例えば【氷柱女】という妖使い。
お風呂に入ることを好み、四六時中風呂に入ってないと発狂するそうだ。ただの風呂依存症とも言われる。
【テケテケ】ならなにかの下半身を集めるのが趣味になる。
なんかね、わたしの従兄妹の翼お兄ちゃんはね、人形とかの下半身だけを集めてるの。
部屋でニタニタしてるの見たときはちょっと引いちゃった。
ちなみに、テケテケって妖怪じゃないんだけど、妖使いと呼ばれだしたのが、妖に似た能力者が確認され始めた初期であって、その後で学園七不思議の【花子さん】とか【ベットの下の斧男】とか都市伝説系能力と欲を持った能力者が現れた始めたの。
だから学者内では妖使いじゃなくて【原住民】と呼んだ方がいいんじゃないかって議論がでて、正式名称はそっちになっちゃったんだけど、一般人にはすでに妖使いとして広まってるんで、こっちの方が呼びやすいのである。
もちろん、普段は普通の人となんら変わりないのだけれど、妖使いの欲望は、普通の人と違って、凶悪なほどにその衝動が強まってしまう。三大欲求と同じくらいの衝動と思ってくれればいい。
一日くらいは食べることは我慢できるし寝ることだって一日二日はなんとかなるかもしれない。でもそれ以降はどうだろう?
一週間も飲まず食わずでいれる? 一週間以上寝ないで正気を保っていられる?
答えは否。
訓練すれば出来るかもしれないけれど、普通は気が狂うか衰弱して死んでしまう。
だからこそ、妖使いは欲には勝てない。
わたしの知っているお姉さんの妖は【茶吉尼天】。
欲は心臓喰いだったそうだ。
だけど、彼女の欲は大雑把なもので、心臓ならどんな生物でもいいらしい。
つまり、彼女が欲の為に人を殺したりすることはありえない。
だって世の中には焼肉屋という便利なものがあって、ハツやヤサキという名前で心臓が売られているから。
でも彼女はグレネーダーに危険な妖使いとして葬られた。
グレネーダーとは妖使いたちを管理するため、国家が作り出した警察の新しい課なのである。正式名称は妖専用特別対策殲滅課。言いにくいので、わたしはグレネーダーの方で呼んでる。
ついでにお姉さんの所属は抹殺対応種処理係。
高港警察署の後ろに後付けされた逆ドーナツ型の建物がグレネーダー高港支部。二重丸型の方が説明しやすいかな? 円柱の様な建物をワッカの様に囲った内周部と外周部に分かれている。
基本構成としては普通の刑事の課と同じで、いくつかの係があり、一つの係に大体十人くらい。
さらに係長、別名指揮官。その下に二人の副指揮官。副指揮官をトップとして五人くらいの二班に分かれる。
ただ、わたしの従兄妹、翼お兄ちゃんが配属される係に所属している係員の数はたった三人。
しかも副指揮官さんは病院にいる彼女さんだかの移送手続きに手間取っていて、実質的には指揮官の白滝柳宮という人と、翼お兄ちゃんのたった二人。
だから大した仕事はないらしい。
もっぱら新人募集が仕事なんだって。警察署で暇そうにゲームしながら言ってた。
ちなみに、他にも四つくらいの係があるらしいんだけど、護送係とか情報係とかで、連携はすれども他の係に配属されることはまずないそうだ。
わたしも入ろうかなって思ったけど、お姉さんの抹消理由がはっきりするまでは自分から入るのは止めることにした。
なんとなく、嫌だったから。
もしかしたらわたしもいつかお姉さんみたいに抹消されちゃうんじゃないかって思えたんだ。




