無実と師匠と莫迦弟子と
「わああああああああああぁぁぁぁっ!!」
辺りをつんざく自分の声で目が覚めた。
あつっ、わき腹が痛い……
痛みで意識がはっきりしてくる。
なんだか凄い悪夢を見た気がする。
翼みたいなナニかが後ろ振り向いた瞬間鎌振り上げて私の首を……
ああもう、寒気してきた。あんな悪夢忘れよう。
私はどうやら部屋にいるらしい。
周りにあるのは白いベットが三つ、薬品棚が一つ。
使われてないストーブも一つある。
ステンレス製だろうか? 妙に光沢のある三脚かなにかに、三脚と同じ素材のボールが置かれ、その中には紫色の液体が満ちていた。
手を洗う消毒液だろう。
人は……いないね。
窓もない。保健室に似てるけど違う。でもその類の施設だ。
あ、そうだ、わき腹はどうなってるんだろう。骨折れてないよね?
体操服を捲って地肌を目に通す。青紫色になっていた。
初めて見る症状。気絶したくなるほどズキズキするし大丈夫なんだろうか?
横に目をやると籠が一つ。
濡れた体操服が無造作に入れてある。真奈香のだ。
誰かが着たわけじゃないからまだ乾いてないらしい。
電子音がしてドアが開く、私はすぐに反応してドアを見た。
「よう高梨、生きて……」
無遠慮に入ってきた翼が急に押し黙って赤くなる。
「どこ見てんのよ変態」
服を戻して翼を睨む。濡れたままだった私の体操服はすでに生乾き状態だけど、やっぱり恥ずかしい。
「な、ち、わ、わき腹見たくらいで変態って呼ぶなよなっ」
「じゃぁなんで赤くなってんのよ?」
「……俺が悪かった」
素直でよろしい。
「ところで、ここどこ?」
「グレネーダーの妖専用医療施設だ」
なるほど、ちょっと安心した。
どっかの白い家や妖使い研究所とか言われたらどうしようかと思った。
「しっかし、お前すごいことやりやがったな。俺でもフォローできねぇぞ」
「え? なにが?」
「なにって、少女誘拐だろ? 拉致監禁はまだ何とかなったけどよ、レイプはなぁ。人として以前に変態としてもやっちゃダメだろ。殺人もだけどよ。俺の力じゃ助けられそうにないわこれ」
「あ、アホかぁぁぁぁっ!! あづぁっ!?」
あ、だめ、叫んだら意識飛びかけた。
「ど、どこから聞いたのその噂?」
わき腹を押さえながらもなんとか声を絞り出す。
元気な状態だったらまず真っ先に翼の喉元に歯形をつけてやったところだ。っていうかもう噛み千切ってやる。
「どこって、師匠に聞いたんだけど?」
「殴ろう。肘で殴ってしまおう」
そうだ。このバカは一度おもきし殴り飛ばしたほうがいい。
爽やかな顔で鼻血だしながらきりもみ回転で吹っ飛べ翼。
「なんでだよ。っつーか肘は殴るとは言わねぇぞ」
「被害者の名前聞いた?」
「出雲美果だ、心当たりはあったか?」
私の問いに、返答しながら白瀧柳宮が部屋に入ってきた。
「だ、そうだけどよ、心当たりないか高梨」
…………おいっ。
私、今、殺意芽生えたよ?
アンタの脳みそはトコロテンですかッ! お花畑咲いてますかッ! 熱帯雨林のジャングル地帯ですかッ!?
「出雲美果よ? アンタこそ覚えてないわけ? つ・ば・さ・ちゃんっ」
「ちゃん付けすんじゃねぇ! ……ん? って、ちょっと待て、出雲美果……あっ」
ようやく気づいたようだ。翼のバカっぷりに頭が痛くなる。
「なんで美果をお前が殺したことになってんだ? 俺が始末したじゃねぇか」
「だから言ってんじゃない。デマよデマ。そもそもその噂今日突然広まってたんだし」
「なんだ誤報か? それはすまなかったな高梨有伽」
すまなそうに見えないその顔で言われても全く
「いや、柳宮さんそれに関係なく狙ってましたよねボクを」
「気のせいだろう?」
ダメだ。認める気ゼロだよこの人。
「そういや、お前の妖じゃあんなこたぁできねぇな」
まだ噂に何かあるのか?
「え~となんだっけか。美果を拉致したお前が空を羽ばたきながら奇声を上げて飛んでったっんだったな」
誰よ? んな噂流したバカは?
しかも私のこと知ってながらこんな噂を信じきったおバカな奴がここに一人いるし。
「お前の妖は飛べないのか?」
「え? まぁ、【垢舐め】ですから、飛んだらびっくりですね」
「翼の阿呆はそれを知っていたんだな?」
やった、お師匠さんも呆れてる。
「知ってましたよ師匠」
「それなのに高梨が出雲美果を殺したと誤解したわけか?」
「そう言われてみりゃ……」
今頃気づきやがりましたよこの人。
「作為的だな。たった一日で広まる噂。対象を知っていながらも勘違いすること。通常ならば通報を受けた後は危険度調査だ。お前の場合、それをすっ飛ばしてグレネーダーである私が出動させられた。私もそれを不自然に思わなかった」
確かに、不自然だらけなのに噂をみんなが信じていた。真奈香くらいだ。
あんな訳の分からない噂を信じず……あ、いや、真奈香の場合は信じても変わってないだけだけどさ。
「待てよ。そういや美香の時もこんな……そうだ、あいつはっ」
「翼、どうかしたか?」
「あ、いえ、ちょっと調べることができまして……」
「ほう、お前が調べ物とは珍しい。明日は恐怖の大王でも降りそうだな」
どれだけ調べ物しないかが丸分かり。
頭使って調べ物くらいは普段からしようよ翼ちゃん。
じゃないと本当に世界が世紀末迎えちゃうよ。
「師匠、美果の――抹消対象体№13621の事件調べ直していいッスか」
「何を言っている。№13662の抹消が先だたわけ。追跡は二人一組が基本だろうが。特殊課とはいえ私たちは警察だ」
「そうなんスけどね。――あ、そうだ、俺より追跡にぴったりの奴がいるんスよ」
あれ? 翼? そこでなんで私を見る? すっごいヤな予感してきたんですけど。
「こいつ見かけによらず鼻が聞くんスよ。犬より使い勝手はいいっスよ」
犬っすか!? 私、警察犬扱い?
「ほう、そうなのか?」
「まぁ、人より五感が優れてますから、臭いにゃ敏感ですねボクは」
「なるほど、体臭で判別か……そこは盲点だったな。妖使いとて人間であることを忘れていた」
そこ基本中の基本でしょお師匠さん!?
「と、言うわけだ高梨」
「いや、全く理解できてないんだけど?」
「いや、な。今追ってる奴がのっぺっぽうとかいう奴でよ」
「のっぺらぼうだ、たわけっ」
「あ? そうでしたっけ? 細かいこたぁいいじゃないすか」
細かい間違いなんだ?
「阿呆が。のっぺらぼうは顔を自由に変えられる妖使い。のっぺっぽうは肉の塊だ。間違いにもほどがあるぞバカが」
確かに間違いすぎ。名前似てるけどぜんぜん違うじゃん。
でもなるほど、のっぺらぼうだから会う度に顔を変えられる。
犯罪を犯すにはうってつけの妖使いだ。でも……
「妖使いは認識しあえるはずですよね?」
そう、妖同士は認識しあえる。これは一般常識のはずだ。
「いつの常識だ、このたわけっ!」
たわけって言われた!? 翼と一緒……ショックだ。
「え、違うの翼?」
悔しいので翼も巻き添えにしてやる。
「あ? ……え?」
案の定、翼も知らなかったようだ。
「まったく、ここには阿呆しかおらんのか? それとも、報道管制を国が操作しているのか? いや、だが、翼はグレネーダーのはず……なぜこんな基本を知らんのだ」
呆れる翼のお師匠さん。
グレネーダー、先行きとっても不安ですね。同情します。
「いい機会だ。お前も完璧に覚えろ。莫迦と書いてバカ弟子がッ」
わざわざメモを取りだし莫迦と漢字を書いて破ってから、翼の額に破ったメモ用紙をペシンと貼り付けた。
丁寧にセロテープも忘れない。
や~い莫迦弟子ぃ~。
心の中でほくそえむ。
翼がけなされるとなんだか気分爽快だ。
「原住民、妖使いの方が聞き覚えはあるか? この妖使いの中で気配を辿れるものはごく一部だ。むしろ気配を絶つことができるものの方が多い。ショウケラ然り、ぬらりひょん然り、陰口然り、のっぺらぼうもその一種だ」
初めて知った。さすがグレネーダー。
一般人には知らされてない知識がありなさる。
「また水の中でのみ気配を絶つ河童や水龍、水虎。妖能力を使った時にのみ認識できる四次元婆や花子、十三階段。お前のテケテケもだな。特殊な条件でのみ認識可能な合わせ鏡や弥勒菩薩などというものもいる。逆に認識されないだけでなく認識もできない思兼などもいる」
へー。そうか、だから初めて会った時に翼を妖使いと認識できなかったりテケテケをだした時だけ認識できたりしたんだ。
「高梨、私も妖使いだが、分かるか?」
「はい、翼と似たような臭いしてますし。わかりますよ」
反射的に答えた私に、柳宮は難しい顔をした。
「そうではない、認識できるかと聞いているのだ」
ああ、そういうこと。
「反応は……今さらですけど全然しないですね」
「私の力も認識されないものの一種だ。ただし、こちらからは相手の妖を認識できる」
「なんかよくわかんねぇっスけど分かったっス」
翼の言葉に再び頭を抱えるお師匠さん。気苦労が絶えませんな。
「……高梨、お前はまだ救いがあるぞ」
「バカ弟子ほど莫迦じゃありませんから」
莫迦の部分だけ強調して答える。
「お前な……俺に恨みでもあるのか?」
「ありますよ? ありますとも。ありまくりですよっ!」
特にファミレスのこととかお漏……(以下都合により削除)
詳しくは言いませんよ? 言いませんとも。そんなネチッこい性格してませんから。
良い子ちゃんですよ私は。
「しかし、高梨の能力は確かに使えそうだな。いいだろう、お前の別行動を許可しよう」
「良かったわね翼」
と、言ってみたものの、私にとっていただけない事態になった気がするのは私だけ?
「あ、そうだ翼。12740え……」
「そ、そんじゃ師匠、いってきまっス」
私が言い切る前に足早に部屋をでて行く翼。……逃げやがった。
「さて、私たちも行くか高梨」
「どこに行くんですか?」
「まずは警察犬の基本として遺留品の臭いを覚えてもらう」
いいですよ、どうせ、私は犬ッコロと変わりませんですよ。
「冗談だ高梨。とはいえ、臭いを覚えてもらはなくてはこちらも動けんのでな」
「でも、ボク、捜査の協力をするとは……」
右手を私の口に当て言葉を遮って、柳宮さんが話しだす。
「一つ言っておく。今、お前は出雲美果殺害容疑で上から抹殺指令が下っている。いわば指名手配犯だ。上層部からA級判定を受けている」
な、なんですとっ!?
「生き残る方法は一つ。グレネーダーの一員になること。殺人犯を入れることはできないが、冤罪なら充分可能だ。今戦功を立て、のちのち入る約束を交わせば抹消されることはあるまい」
「う、うそでしょ?」
なんで? あれは噂だって分かったんでしょ?
「たとえ誤解だとしても今、世論がお前を敵視している。生き残るにはお前を陥れたモノを見つけだす他あるまい? その過程でグレネーダーとなることは今後の面でもプラスになる。入っておいて損はないぞ?」
「でも、ボク、戦いなんて……」
「補助専門で働く妖使いも多い。問題はグレネーダーに必要な功績を残せるかどうかということだけだ」
白瀧柳宮は私がいるベットの傍に歩み寄ってくる。
「蹴りによる打ち身はどうだ?」
「青紫色になってます」
「うむ……それでは動くのも無理か」
実は今も起き上がってるだけで汗でるくらい痛い。
遠慮なく蹴りやがりましたねこの人は。
アバラじゃ足りずに背骨まで折れてるんじゃないかと錯覚しそうな痛さです。
「だったら、ボクを連れてはいけないですよね」
連れて行くとか言われたらどうしよう? 私死にますよ多分。
「治ればやると?」
「え? あ、いや……し」
正直やりたくないです。
口を開こうとした瞬間、柳宮が言葉を被せる。
「グレネーダーの一員に加わるとき、一つだけ上層部に願い事を叶えてもらえる。例えば大金持ちになりたい。男が欲しい、女が欲しい、従兄妹を守りたい。別の労働に精をだしたいなど、余程のことでない限りどれでも叶えてくれるぞ」
なんだか後になるほど具体例が先輩の望んだものみたいに聞こえてくるのは気のせいだろうか?
「な、何でもですか?」
「そうだな。人を殺したいなどでなければ大体叶う」
「ちなみに何をお願いしたんです?」
「私か? 大したものではない。ただ、知り合いをグレネーダーに入れたというだけのことだ。もっとも、今では私より上の階級に行ってしまったがな」
それは、ショックというかなんというか……
「さて、今動けるとしたら、付いてくるか?」
「い、行くッ、一生付いていきますお師匠さん」
即答だった。
よく考えればこの世界に入れば風俗街道まっしぐらといったレールの敷かれた未来に行かなくて済む。
さらに何でも一つ願いが叶うオマケ付きというならば即決するしかなかった。
「隊長……と呼んでくれ」
なぜか頬を赤く染め、小さく呟く白瀧……いや、隊長。
そういうのが趣味なんですね。
「分っかりました。隊長、一生付いていきますっ!」
ついでに敬礼付きだ。
おおっ! クリティカルヒットっ! 隊長、ものすごく嬉しそう。
「蹴りは痛かっただろう有伽、待っていろ、すぐに直してやる」
……今、名前で呼ばれたませんでした?
気に入られちゃったみたいだけど良かったのだろうかこれで?
隊長は私の脇に背中から手を当てる。そして……
「發ッ!」
気合とともに衝撃が走った。
たった一瞬、全てがブレた。
体が、視界が、思考が、存在が……
まるで別の私になったみたいに、でもその違和感は一瞬だけ。
打ち身を押された強烈な痛みに、悲鳴を上げる暇すらなかった私は、すぐに気づく。
「あ、あれ? 痛くなくなった?」
「私の力の一種だ。有伽が私に蹴られたという過去を変えた」
これはまた凄い方法で……過去変えるとかなんでもありか妖使い……
「私の妖は【釣瓶火】。【チャブクロ】とも言うな。空から垂れた糸に付いた炎。触ったものは生気を吸われて一瞬で死ぬか、過去に戻り一度だけ過去を変えるか、二者択一を迫るモノだ。まぁ、自分に関することなら何度でも変えられるがな」
釣瓶を落としたような形状から名づけられた妖怪の名前。
過去をやり直せるなんて凄い妖だよね。私の垢舐めと取り替えて欲しいくらいだ。
「だが、条件もある。かなり負担が大きいしな。自分のこと以外に連発はできんし、私に関係しない出来事はそれに関係する者が一度しか過去を変えることはできない。今回は私自身に関係のある事象なのでサービスだな。通常は過去に戻る必要書類を揃えてもらう。治療には治療代を貰うことが上層部の決定で決められている。機関に所属している以上は規則に則らねばならんのでな。一生に一度なので滅多に呼ばれはせんがな」
「ありがとうございます隊長」
「さて、有伽の傷も治ったことだ。そろそろ行くか?」
「ええと、その前に、とりあえず今何時ですか隊長」
私の問いにふと右腕を見る隊長。
癖なのだろうか? 隊長の腕には腕時計など存在しない。
「八時三十五分だな。ゴールデンタイムも終わりかけといったところか」
見えないだけでそこにあるのか時計!? かなり正確だよっ!?
時間的には親父が腹すかせてる頃だ。作りに戻った方がいいだろう。
「何かあるのか?」
「いえ、親……父さんがお腹空かせてるかと思いまして」
さすがに人前で親父がどうとか、なんていうのは良い子ちゃんとしてどうかと思い、すでに数年来言ってなかったお父さんなんて言葉を言ってみる。
「有伽が作っているのか?」
「はい、家事は殆どボクがやってますよ」
「ふむ、今回は手配しておこう。有伽もそろそろ夕食がいるだろう?」
「そうですけど……」
「今日は奢ろう。ファミリーレストランでもよいか?」
う、うーん。なんだかファミレスにはいい記憶がないんだけどなぁ。
奢ってくれるなら行くしかないっしょ?




